第4話 Wデート

「ところで、その娘……誰?」


 海斗と優子がじぃ〜っとチャコを見る。チャコは僕の背中にすがりつき、顔を半分出して彼らを伺っている。


「か、彼女は……と、友達……かな」


「ふぅ〜ん、そういう事ね。航平は女性に興味がないって噂だったけど、綺麗な彼女さんがいたからなのねぇ〜!」


 優子が妙に納得した顔をしたが、海斗は腑に落ちない顔をしている。


 そりゃあ〜、海斗には毎日チャコ愛を語っているのだから。それが突然、人間の女の子とデートしてれば、不思議に思うのも仕方がない。

 僕は意を決してチャコを紹介する。


「彼女はチャコ、今朝……いや、3年前に知り合ったんだ。ハハハ……」


 彼らの反応は凄かった。


「ええー! という事は学生時代からって事かぁ?」


「そうなのね、沢村さんは最初から目が無かったのね……チャコさん、優子です。よろしくね!」


 チャコが僕の目を見る。たぶん、どうすれば良いのか分からず、僕の指示を待っている様だ。


「チャコ、挨拶できるかな?」


 僕の何気ない言葉に二人の表情は固まり、チャコの返事で更にドン引きした。


「はぁい、ご主人さまぁ!」


 チャコは僕の横に出てきて、目を大きくして固まっている二人に挨拶を始める。


「チャコです。大好きなご主人様と一緒に暮らしています。よろしくだわん!」


「えええっ〜〜〜!?」


 ボンッ!!


 二人の頭は、常識的理解の範疇を超えて爆発してしまった。


「ご主人様、二人はどうしたのかなぁ〜?」


 チャコは不思議そうな顔で聞いてくる。


「チャコ、初対面の人に挨拶をする時はね、一緒に暮らしているなんて事は言ってはいけないんだよ!」


「でも、海斗は初対面じゃないよ」


「あぁそっかぁ、チャコの言う通りだね。ごめんねぇ」


 僕達が会話をしている間に、海斗と優子は後ろを向いてヒソヒソ話を始める。


「俺、頭が混乱してきた。二人はそっとしといてやろうぜ」


「ダメよ! 沢村さんに報告するのに、二人の事をもっと知る必要があるの。私に任せて!」


「わ、分かった」


 どうやら二人の密談が終わった様で、こちらに向き直ると、優子の口からとんでもない提案がされた。


「航平君、今からダブルデートしない?」


「えっ……はあぁぁぁ!?」


 突然の提案に驚き、僕は海斗の方を見る。海斗は、両手を開きお手上げという仕草をする。チャコはというと、いつの間にか芝生の遊歩道を駆け回っている。

 僕は観念する事にした。


「分かったよ。但し、こんな調子て構わないならOKだ!」


「構わないわ。遊歩道を散歩して、番屋街でランチっていう流れでどうかしら?」


「わ、分かった」


 チャコは楽しそうに芝生の上を走り回っている。僕達三人はチャコが走っているのを目で追い、話をしながら、ゆっくりと番屋街へ向かう。


「航平、聞きたい事が山程あるんだが、俺はチャコちゃんに会った事があるのか?」


 いきなり、なんて質問だ! 


 正しい答えは何回も会っている。但し、犬のチャコだけど……。

 僕は適当に誤魔化した。


「前に、遠くから見かけたのを覚えていたんだと思うよ!」


「ふ〜ん、そうなんだ……」


 渋々納得する海斗に代わって優子が質問をする。


「航平君、あんな可愛い彼女をどこで見つけてきたのよ〜?」


 これも手強い質問。どう答えようか?


 正しい答えは家の近くの裏山でとなるんだが、キツネやタヌキじゃあるまいし、ホイホイ拾える物じゃない。

 僕は頑張って誤魔化した。


「両親が入っている愛犬家同好会の人の娘さんなんだ。よく家族で家に遊びにくるもんだから、一緒に暮らしているみたいな表現をしたんだと思うよ!」


 うん、我ながら見事なウソだ。


「ふう〜ん、家族ぐるみの付き合いなんだぁ……それじゃぁ、なんで航平君の事をご主人様って呼んでいるのかなぁ? それとも、航平君が呼ばせているのかしら?」


 更に難しい質問がきた。


「それは……」


 その時、チャコが戻ってきた。


「ご主人様ぁ〜、チャコお腹が空いちゃったあ〜!」 


 ふぅ〜、危なかった。実際の所、なぜご主人様なのかは僕にも分からない。ましてや、秋葉のメイド喫茶なんて行った事もないのに、ご主人様の趣味なんか想像もできない。

 優子は答えを諦めた様で、チャコに向かってニッコリほほ笑む。


「チャコさん、番屋街へ行って、美味しい物でも食べましょうか?」


「わぁ〜い!」


・・・・・


 ここは、番屋街のオープンテラス。いつものチャコ散歩の休憩で使っており、僕はイスに座れるのだが、チャコは犬なのでイスに座る事ができなかった。

 しかし、今日は人間の姿。堂々とイスに腰掛けたチャコは上機嫌。


「さぁて、昼飯は何にしようか?」


「それじゃぁ、皆んなでつまめる物を、それぞれのお店で買ってくるのはどうかなあ?」


 氷見の番屋街。定食屋や回転寿司もあるのだが、海鮮系ファストフードのブースが沢山あり、色んな食べ物を少しずつ買える様になっている。

 僕達はそれぞれのカップルに分かれて、食べ物を買い集め、このテーブルに再集結する事になった。


 僕はチャコと一緒にファストフードのブースに入る。すると、チャコが建物の入口で足をとめて僕を見る。


「チャコ、入ってもいいの?」


 ズキューン!!


 普段は犬が入れないエリア。チャコが躊躇するのは無理もない。しかし、人間の姿になってまで、けなげにルールを守ろうとするチャコに、またもやハートを撃ち抜かれてしまった。


「チャコ、人間の姿の時は入ってもいいんだよ!」


「ホントぉ!」


 チャコは嬉しそうに、僕の後についてブースに入る。するとそこには、数々の美味しそうな食べ物が並んでいた。

 イカ焼きにタコ焼き、ブリ大根にアワビ、生ガキにカワハギの刺身、キスの塩焼にゲンゲの塩焼など。チャコが今まで口にした事のない食材ばかり。

 僕はいくつか見繕いトレイに乗せる。チャコには二人分のドリンクを持ってもらい、オープンテラスへ戻る。


 僕達が戻ってくると、既に海斗達はテーブルに食べ物を並べて待っており、僕達の食べ物も加わると、まるでお祭りの様に華やかなテーブルになった。

 僕達もテーブルに座ると、海斗がドリンクを持って乾杯の音頭を取る。


「それでは、航平にチャコちゃんという彼女が出来た事を祝しまして、かんぱーい!」


「カンパーイ!!」


 乾杯とは言ったものの、勝手に食べて良いのか分からず、テーブル上の食べ物を涎をたらして凝視しているチャコに、優子が優しく声をかける。


「チャコちゃん、好きなだけ食べてもいいからね!」


「うん!」


 返事をするやいなや、チャコがカワハギの刺身を手で掴み、そのまま口へ運ぶ。


「美味しい!」


「えッ…………!?」


 そうだよなぁ、人間の食べ方なんて知らないよなぁ〜! たぶん、箸も使えないと思う。

 何とかしないとっ!


「チャコ、これはねぇ、このフォークを使って、こうして食べるんだよ!」


 僕はペット用のウエットティッシュでチャコの手を拭きながら、チャコの手にフォークを持たせる。

 チャコは氷見牛コロッケにフォークを刺して口へ運ぶ。


 ムシャ、ムシャ、ムシャ。


「美味しい〜!」


「ふぅ〜、やれやれ」


「うッ…………!?」


 一仕事を終えた僕は、海斗達が固まっている事にようやく気付く。


「まるで、幼稚園児を世話してるお父さんみたい……」


 優子の口からポロっと本音が漏れる。


 僕は今更だが必死に取り繕う。


「か、海斗達も食べなよ。早く食べないと、食べ物が無くなっちゃうぞ!」


 チャコは食事の要領を得たのか、舌つつみを打ちながら、食べ物をどんどんと口へ運ぶ。


 ムシャ、ムシャ、ムシャ!


「美味しい〜!」


 海斗達も我に返って食べ始めはしたが、チャコの事が気になって、あまり喉を通らない様だ。


 やがて、食事を終えた僕らは、すぐ側にある無料の足湯に入る。散歩した後に入る足湯は気持ちが良く、疲れた足を癒してくれる。

 四人がお湯に足を浸けてまったりしていると、食事の騒動で質問のタイミングを逃した優子が聞いてくる。


「 え~と、結局二人は付き合っているの?」


 遂に究極の質問がやって来た。僕は緊張して唾を飲む。


 ゴクリッ。


「え〜と……」


 僕は答えに詰まりチャコを見る。すると、チャコはいつの間にか僕の肩に内掛かりスヤスヤと眠っていた。


 スー、スー、スー……。


 チャコは寝顔も可愛いなぁ! って、感嘆に浸っている場合ではない。


 取り敢えず、友達と答えようと口を開きかけた時、チャコが突然起き上がり、僕の首へ大胆に手を回しながら優子に答えた。


「妾は、航平の彼女じゃ! 昨夜も一緒のベッドで寝ていたぞよ! 他に聞きたい事はあるかえ?」


 ええっ、もしかして、その喋りはエルフさん!?


 優子は口をあんぐり開け、次の言葉を出せずに首を左右へ振っている。海斗も同様に大きな口を開けている。


 話も決着した所でエルフさんが言う。


「そろそろ足もふやけてきた。上がるとしょうかのう!」


 海斗も優子も従う様に頷いた。


 足湯から出た四人は、ここで解散する事になり、優子がエルフさんに握手を求める。


「チャコさん、あなたを航平君の彼女と認めるわ。これから仲良くしましょ!」


 すると、エルフさんも手を握り返す。


「うむ、そなたの気が強そうな所が気に入った。妾も仲良くしようぞ!」


 二人は不敵な笑みを浮かべながら、熱い握手を交わしたのだった。



【第4話 Wデート 完】

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