第二部 第三章 文昌千住院~二仙山紫虚観(一)
道すがら耕作する農民、すれ違う人々、開いている店と、手分けして「白馬に乗った美女と長剣をしょった子供」「茶色の馬に乗った小柄な色男」を見ていないか、という
何月何日の何時頃とまで特定できるのだが、なにせ明け方の話でもあり、かなり目立つ一行なのに目撃者はなかなか見つからなかった。さらに北上の途中で道が二股に分かれていたから厄介なのだ。
そこで、隊長の
「私と
部下たちは頷き、東西に分かれて駆けだした。
筋肉質の曹琢と比べかなりの痩身で、ぼさぼさの長い髪と顎髭のせいであまりよく見えないが、青白い顔に痩せて落ちくぼんだ目ばかりがぎょろぎょろとやけに目立つ。寒くもないのに両手に薄い羊皮の手袋を嵌めている。その薄茶色の手袋の指先が、なぜか紫色の染みで汚れたようになっていた。
次に
抜けるように白い肌、すっきりとした
そして蘇峻華ともに馬を駆る男、名を
馬征とは対照的に、色白で血色がよくかなり肥満気味の、ころころした体型である。顔は糸のように細い目で常ににこにこしていて、禿げ頭がてらてらと光っている。体型と相まって
それぞれの
2日後、文昌の町で落ち合い確認したところ、東の街道では一切情報がなく、西の街道および町中では、情報通り2頭の馬と3人の目撃例が2件あったことがわかった。この町には大きな街道は一本だけで、あとは馬で通るのは難しい獣道くらいしかない。となると、さらに北上した可能性が出てくる。4人はさらに1日かけて文昌の町より北側の街道で
すると有力な情報を得ることができた。小柄で色白の若い男と、長剣を背負った道服の少女が、文昌に向かって街道を徒歩で移動しているところを目撃した者がいたのだ。
日付から逆算すると、燕青らしき男らは北方から歩いて来て、文昌の周辺で白馬を手に入れ南に向かい、そして康永の町から王扇太夫を連れて文昌に向かって北上して逃げた、と考えられる。ところが、文昌から北側では、馬に乗った姿は一切目撃されていなかった。
では、燕青らしき男と、長剣を背負った道服の少女はどこで馬を手に入れたのか、康永から逃げてきた2頭の馬とそれに乗った3人はどこに消えてしまったのか。
門番の兵士の目撃証言によると、白馬には王扇太夫と少女が2人で乗っていて、なおかつ馬を
まずは白馬の入手先を探ることになった。とはいえ、文昌の町中には馬を売る店はない。誰かから盗んだか、譲ってらったか。また手分けして
「お
「道観……なるほど、道士ならば道観に寄ることは十分考えられるな。よかろう、但し我々のことを感づかれぬようにせよ」
「心得ております」
さて、この張天師の話に出ていた
先述の通り、時の皇帝である
そして、堕落した人物に有りがちな話だが、熱心に修行に励む陶凱を逆に冷笑しはじめたのだ。
「国家安寧を祈るための厳かな
当然陶凱は腹に据えかねる思いがある。修行に手を抜き、腐敗した道士たちから、下に見られる筋合いなどまるでないからだ。
やがて堪忍袋の緒が切れた陶凱は、密かに自分を貶めた道士たちに、それとは分からぬように仙術を仕掛け、死に至らしめたり、大けがをさせて再起不能にしたり、という悪事を繰り返し、それを楽しむようになってしまった。
こうして、元来龍虎山で最も修行に真面目で熱心だった男は、暗殺者に変貌を遂げたのだ。
仲間内で不審死が続き、やがてお互い疑心暗鬼にとらわれるようになったころ、陶凱は密かに龍虎山を降り、裏社会で暗殺者として生きるようになった。そしてある時偶然にも命令を受けた曹琢と標的が一致し、もめ事になったのだが、その戦いの中で腕前を認められ、黒猴軍の一員として引き抜かれたのである。
ちなみに、二仙山の羅真人は鷹揚で
陶凱は馬の鞍につけた振り分け荷物から変装用の衣装を取り出した。何種類か入っているうちの、最も馴染みの深い道服である。禿げ頭に帽子をかぶり、濃紺の道服、足元を
街道の
計算通り、千住院に着いた時には日も暮れ、一夜の宿を乞うのにちょうど良い時刻となった。取り次ぎの道士に心づけをたっぷりと渡し、
元来、修行の旅の道士を泊めてやることはよくある。また道士としての立ち居振る舞いや、いかにも旅人らしい装いに怪しいところは見受けられない。さらに柔和で温厚そうな外見も手伝い、院主は快く一室を貸してくれたのだ。
しめしめとほくそ笑みながら陶凱は、乗ってきた馬を裏の
「恐れ入ります、旅の者ですが今夜泊めていただくことになりました。私の馬にも水をやっていただけますか。これはほんのお気持ちで」
布袋様の笑顔でにこやかに話しかけ、さらに手間賃にしては過分な心づけを渡したので、思わぬ臨時収入を得て、周老人は相好を崩し一挙に警戒心を解き、一頭分空いていた仕切りに陶凱の馬をつないで飲み水を用意してやった。
「やれ、ちょうど一頭分空いていて助かりました。ええと、
すっかり陶凱を、気前のいい旅の道士だと思い込んだ周老人は、なんら警戒することもなく話し相手になった。
「うんにゃ、ついこないだまでもう一頭いたんだわ。老いぼれの白いのが。そいつがもらわれていったもんで、ちょっと楽になっただよ」
「へぇ、白いのが?」
陶凱の細い目が僅か見開かれた。
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