第二部 第二章 康永金夢楼・金軍陣幕内・西岳華山(一)
「ふ、ふた月前とおっしゃいますと?」
「この廓で、小柄で色白な男が騒ぎを起こしたと聞いたが」
「ああ、あの……」
忘れもしない、この金夢楼を没落させた奴らのことだ。目の前の男の恐ろしい雰囲気も忘れ、
「忘れようったって忘れるもんじゃない! あの忌々しい畜生どもめ、何でもお話しますのでどうぞお入りくだされ」
孟婆は4人を門の中に招き入れ、裏庭の
「ところで、皆様はお上のお調べでいらしたんで? 」
「まぁそんなところだ、ときに先ほど、やつら、と申したが? 」
「へぇ、その小柄で色白の男には連れがいましてね」
孟婆は、金夢楼の御職だった王扇太夫の部屋に
「おまけにそいつら、王扇太夫をさらっただけでなく、ここから馬を1頭盗んで逃げたんですよ!」
「ん? 3人で1頭とは? 」
「そいつらが自分たちで乗ってきた、真っ白な馬もいましたからね。分乗したんでしょう」
孟婆はさらに、男は小柄で色白、はっとするような色男だったこと。少女は男よりさらに頭ひとつ小さく、かわいらしい顔をしていて10歳くらいの子供に見えたこと。前髪を下ろし左目が隠れていて、背中に長剣を背負っていたこと、などを興奮気味に話した。
「実際に大けがさせられた若い
「ええ、あっしらが旦那に命じられて、
(ふうむ、かなりの数の男たちを、簡単に無力化しやがったのか。相当の
「あと何かわかることは?」
「へぇ、男は
(む、牡丹の彫り物は聞いていた情報と一致するし、ますます怪しい。少女と
「いや、いろいろ話を聞けて助かった。ところでそいつらはどっちに逃げたかわかるか?」
「すいやせん、そこまでは。逃げたのは夜明けで、ちょうど城門が開く時間でしたから、門番に聞けばわかるかもしれやせん」
「左様か、手間をかけたな。これは駄賃だ、ふたりで分けるがよい。ただしわしらのことは他言無用。よしか? 」
ぺこぺこ頭を下げる婆に銀1両を渡し、4人は金夢楼を後にした。
次に4人は城門担当の兵士たちを訪ねた。4方の城門のうち、運良く最初の北門で情報を得ることができた。とは言っても、白馬に少女と妙齢の美人が乗り、その後を小柄な男が茶色の馬で続き、北方へ走り去ったことがわかっただけであったが。
「その
「
4人は馬にまたがり、康永の町の北門から走り出した。一方そのころ……
1頭の白い馬にふたりの少女道士が乗っていた。馬を引くのは小柄で色白な好男子。そして道ばたの草むらを追従する、三つ股の尾を持つ狐。
言うまでもなく、篭山炭鉱での祓いを終えた
「ねぇ
「ああ、あの辺りって炭鉱を掘ったせいで、龍脈がところどころ切れていて、うまく術が使えるかどうかわからなかったんだよね。」
「そっか、まぁそれほど
馬上のふたりの、のんきな会話を聞きながら、燕青も久々にのんびりした気分を味わっていたところに、
「あるじどの、ご機嫌でおじゃるな」
「まぁな、あの気のいい親方に損をさせずに済んだし、腹の立つ
当時の下級官僚の月給が8
逆に、
「百両もあれば、3ヶ月は食い扶持に困らないと思うよ」
聞きつけた玉林が馬上から話しかけてきた。
二仙山の住人およそ20人、さらに通いの使用人も入れると、食べるだけでもかなりの費用がかかる。
そもそも予定では、50両の仕事のはずだったのが、倍の収入になったのだからほくほく顔にもなろう。
浮かれ気分で帰途につく一行だったが、彼らの帰るべき二仙山では、羅真人のもとに意外な知らせが届いていた。
「真人さま、お呼びで? 」
「おお来たか一清、龍虎山の洟垂れから知らせが来ての。また厄介なことになりよったぞい」
そういって羅真人は、一清道人に手紙を差し出した。受け取った一清道人は、さっと目を通すなり眉を
(……
「真人さま、いったい誰がこのようなことを?」
「わからぬ、だが五岳に
「狙いも下手人もよくわかりませんな」
「まぁ、少なくとも宋国の道士ならばそんなことをせんじゃろうが」
この羅真人の推測は常識的な考えだが間違っていた。
西岳崋山の魔物「
では、いったいなぜ、そのような行動に出たのか。
話は2ヶ月ほど前、遥か北方、金国軍の軍幕内での密談にさかのぼる。
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