第二部 第一章 二仙山~篭山炭鉱(一)
「たった1ヶ月ぶりなのに、何もかもみな懐かしい感じがするわね」
「そんなに懐かしいなら、もう旅に出なくてもいいんじゃないかい? 」
ニヤニヤして燕青が聞く。
「何言ってんのよ。ちょっと休んだらまたすぐ旅に出るわよ。この旅でずいぶん成長したでしょ? 」
「ああ、確かにな。背は全然伸びてないけど」
「むっ! 」
「あと胸もな」
「むむむっ! 」
歯ぎしりした四娘だが、何を思ったかすっと横を向き大声で
「そうよねぇ、旅のあいだちっとも胸とか
「ば、ばか何を」
慌てて四娘の口を手で塞いだ燕青だったが、後ろから強烈な殺気を感じ、恐る恐る振り返ると、青筋の立った
「2人ともおかえり、お疲れじゃったの……ところで燕青どの、胸とか揉むとか、どういうことかお聞かせ願えるかな、んん? 」
青ざめた燕青は必死に
「いえ違います誤解です
「ええ
と、四娘は狐姿の
「左様か、ならば良いが、ところでこの魔物は何じゃ一体? 」
怒りを静めたとおぼしき羅真人は、やっと表情を緩めて己五尾のことを聞いてきた。
!
「それねぇ、元々は
(だからその
燕青はひどく赤面した。
四娘が促すと、子狐はその場でひょいととんぼをきった、かと思うとあっという間に等身大の妖艶な美女姿に
「
殊勝な顔で頭を下げたはいいが、人の姿になるととたんに例の
非常に不服そうな表情で、己五尾はもう一度何やら
「おぬしらはつくづく困り事を持ち込んでくれよるのぉ」
羅真人は腕組みをしてはぁぁと長いため息をついた。
「申し訳ありません。ですがこの己五尾は狐の姿でしたらご迷惑はおかけしないかと」
「そやつだけの話ではないわ」
「おう燕青、無事に戻ったか」
また別の声がした。
「兄貴、ただいま戻りまし……た? えっ? 」
現れた一清道人の片腕に、しっかりと
「あ、あれ? 太夫お久しぶりです。で、これは? 」
「う、うむ」
一清道人が柄にもなく気まずい顔をして視線を外している。
「燕青さま、四娘さま。その節は大変お世話になりました。あなた方には何とお礼を言ってよいやら」
王扇太夫が深々と頭を下げる。暫くぶりに見る姿は以前にも増して健康そうで、身に付けている物は質素だが、何やら表情に幸福感が漂っている。
2人を見た羅真人が渋い顔で
「おぬしらが送ってきたこの
聞いて四娘が目を輝かせ
「えー! 素敵だわ、おめでとう王扇太夫……あ、もう太夫じゃないわね。
「お、おう。ありがとうな小融」
ぼりぼり頭を掻く一清道人。燕青も喜びながら
(一清の兄貴もなかなか隅に置けねぇなぁ)
と心中ニヤニヤしている。
「恩人であるおぬしらが戻ってくるのを待って、式を挙げることになっておったのじゃよ。では式は至近の吉日……6日後とする。左様心得よ」
羅真人が振り向いた先には、一清と王扇に続いて出迎えに来た面々。
「一休みしたらわしの部屋へ来なされ。旅の報告をしてもらおう。あ、そこの
きゃあきゃあ
「王扇さん、本当によかったですね。俺が言うのも何ですが、兄貴は信頼できる方です」
「はい、それはもう……
「ところで
「あの
道士である一清には、李承の霊が見えていたのだ。何にしてもこの世の気がかりがなくなって
安心できたのだろう。最後まで優しい
旅装を解いて
その後己五尾を
「そこから後はあたしよくわからないから
四娘がふくれっつらで振ってきたので燕青は途方にくれてしまった。
「あるじどの、
「おまえは余計なことを言わなくていいから! 」
慌てて己五尾を叱りつける燕青の動揺する様子で、何を悟ったか羅真人がにやにやしながら
「よいよい、なんとなくわかったわい。なるほど、それで
うなづきながら見てくる。四娘は四娘でますますむくれて己五尾をにらみつけている。
(勘弁してくれよまったく)
穴があったら入りたい、とはこのことか。身の置き所がない様子を見て羅真人が助け船を出してくれた。
「まぁよかろう。何にしても
「
四娘は背筋を伸ばし、しおらしく羅真人に尋ねた。
羅真人は
「ふむ、おぬしらの連れてきたこの己五尾とやら、わしと龍虎山の洟垂れ小僧の二人がかりで、
(うっし! )
卓の下で拳を握りしめた四娘。
「じゃあ、また祓いの旅に出てもいいでしょ? 師父」
「うむ、一清めの結婚式のあと、また依頼を果たしに行ってもらおう。但し次回は別の者にも経験を積ませたい。小融、玉林、紅苑のうち2人お願いしてよろしいかな、燕青どの? 」
「まぁ……乗りかかった船です。
(とはいえ、あの
引き受けはしたが少々頭の痛い燕青であった。
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