第七章 青州観山寺(六)
「というか、妾はもう既に燕青どのの
「眷属ってい、いったいどういうこと
「お、おれは知らんぞ! 何もしとらん! 誤解を招くようなことをいうな! 」
「おや、あれほど
よよよ、と泣く振りまでしてみせる己五尾。
「も、
四娘の「
ところが、明らかに「淫気」で我を失っているはずの燕青を、狐の精の
「妾は負けを認め、降参した。我ら魔物は、一度負けを認めた相手には絶対服従せねばばならぬ。なんとしても燕青どのの精を得て魔力を回復したかったのじゃが、『接して漏らさず』にすっかり
ふうっとため息をつき、ちらりと流し目までしてみせた。それを見て四娘はますますおかんむりである。
「配下として、と言われても、なぁ? 」
「知らないっ! この
燕青は困って四娘の顔を伺うが、もうふくれっ面でそっぽを向いている。
「己五尾よ、俺はこの先も四娘の
「なぁに、こうすればよかろう」
己五尾はひょいと立ち上がり、なにやらぶつぶつ唱えたかと思うと、その場でとんぼをきった。すると己五尾は、尻尾が二股に分かれた子狐に変化したのである。
「妾とて妲己様の遠い眷属。そっちのちび道士に3本も尻尾を切られてしまったが、いずれ時がくればまた生えてきよる。そうなれば先ほど見たとおり、かなりの戦力になるぞえ。味方にしておいて損はないと思うがの?」
子狐の姿で、つぶらな瞳で小首をかしげて見上げられると、むかっ腹をたて頭から湯気を噴いていた四娘でもつい
(かわいい)
となってしまいそうになる。根っからの人たらしなのである。
「あんたを連れてったら、また青兄の精気を吸い取ろうとするんじゃないの、そんな危ない奴一緒につれて歩けるわけないじゃない!」
「いやいや、あれほどキツく
子狐が四娘のそばにすすっと寄ってきて、小声で耳打ちした。
(おぬしも実は主どのを憎からず想っておろう? 大人の女の手練手管など、
(それは……ううぅ)
四娘はまだまだ精神的には子供である。男性を
(やはり子供じゃ、チョロいのぉ)
とほくそ笑む己五尾、不審に思った燕青が
「どうした、小融? 」
「な、なんでもないわよ、このお堂ったら風通し悪くて蒸し暑いのよまったく! 」
手で顔を扇いでいるが、その袖がずたずたに裂けささらのようになっている。今更ながらに己五尾との戦いの激しさがうかがえる。
「ううむ、燕青どの、厚かましい話は重々承知じゃが、どうじゃろう? この者を連れていってもらうというのは」
常廉が実に申し訳なさそうな顔で燕青を見る。
「んー、一応聞くが
「ごめん。こいつは誰かが絵に封じたものじゃなくて、何百年もの間熟成して、つい先日この世に出現したものだから、退治するならともかく、絵に限定して封印する方法はちょっとわからない」
退治してしまえば絵が消えてしまう。かといって寺においておけば漏れ出る淫気で僧侶の
四娘の方を見ると、ふくれっ面かつ
ついには長いため息をついて
「仕方ないわね、あんたみたいのが一緒にいるといつ青兄が妙な気を起こすかわかったもんじゃないからすごく嫌なんだけど、好きにしなさいよ。ただ覚えときなよ。今度妙な気を起こしたら、その残った2本の尻尾、絶対に切ってやるからね!」
「ふふっ、
子狐の
その場にいる3人とも、先ほどまで死闘を繰り広げた相手ということをすっかり忘れてしまっている。ひょっとしたら己五尾には相手を魅了する魔力があるのかもしれない。
「燕青どの、四娘どの。遠くからおいでいただいたうえに、その日のうちに一応の決着をつけてもらったこと、またこの
四娘に尋ねると、この観山寺にも
思いのほか早く解決できたので、帰りはそれほど急ぐ必要もない。だが、少々山が恋しくなってきているし、今回の首尾も早く伝えたいので、できるだけ早く帰りたいという。
四娘の希望をいれ、常廉の申し出は有り難くも、翌日帰ることになった。
子狐姿の己五尾は、それを聞いてちょっとふもとの村へ出かけると言いだした。深夜独身の男の家に忍び込み、害にならない程度に精をもらってくるというのだ。
四娘は興味津々であるが、燕青が慌てて追い立てたので、子狐はにやっと笑ってから、草むらにひょいと姿を消した。
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