第七章 青州観山寺(四)
四肢の一尺(30㎝)はあろうかという長い爪、鋭い牙の攻撃、背後に回り込めば自称の通り五股に分かれた太い尾の連撃。それらが次々に四娘を襲う。
それに対して四娘は、爪は「
あれが一撃でも当たったら、か細い四娘の体など
だが結界から出れば、また
何度か「
(おかしい、けものは
また腹に一撃が入った。が、一瞬すうと切れ目が入ったかに見えても、すぐに元に戻ってしまう。
必死に爪と牙の連撃をかわしているが、道服の袖や裾の何カ所かに切れ目が入っている。大きく跳びすさりながら、攻撃が効かない理由にやっと思いいたった。
(そうか!けものは『
対処に困った四娘に、己五尾の爪がますます勢いを増して襲いかかる。
(落ち着け、ならば土の気に対して『
紙一重で攻撃を避けながら、目まぐるしく頭を回転させる四娘の表情に焦りの色が見えてきた。
「どうした小融! なにを迷っている! 」
「こいつ獣の属性と人の属性が入り混じってて有効な手が打てないの! 」
「あははは、獣と人の入り混じりではないわ。妾はもうすでに二千年の時を経て神に近き存在でおじゃる。無駄じゃ無駄じゃ」
(くっ!)
大きく跳び退いた四娘に、燕青が叫んだ。
「尻尾だ! 尻尾を狙え! そこだけは純粋に
(そうだわ! )
その
四娘は懐から飛刀を引き抜き、ひと呼吸で顔面に1本、胸部に2本、腹部に1本と、4本を一度に放つと同時に身を屈めて走った。
己五尾は飛刀を爪ではね除ける。その瞬間走り寄った四娘は己五尾の足の間に滑り込み、くぐり抜けた瞬間尻尾の根元を切った。
「ぐわぁぁああ!」
ぼたり、と太い尻尾が2本、切れて床に落ちた。四娘は滑りながら足を踏ん張って止まり、もう一度背後から飛びかかり、「東王父」の「火剋金」で斬りかかった。
「やってくれたなこのちびが! よくも妾の尻尾を。ええい忌々しいがお前は退場してもらおうか! 」
天井の格子に、右手と両足でへばりついたまま、空いた左腕をさっと振った。
途端に固く閉ざされていた分厚い扉が開き、己五尾から四娘に向かって強烈な突風が吹き、何とか堪えていた四娘も、一歩下がり二歩下がり、とうとう堂内から吹き飛ばされてしまったのである。
経堂の外にいた常廉の弟子たちが、入り口から急に飛ばされてきた四娘を慌てて受け止めたが、同時にまたもや扉がひとりでに閉まった。弟子たちが慌てて扉をこじあけようとするもやはり歯が立たない。
さらに、燕青が蹴破った湿気抜きの窓から、堂内で濃度の増した己五尾の「
梯子を掛けて中に突入するなど思いもよらない。むしろ最初に取り囲んだ時以上に、経堂から離れることになってしまった。
(まずい!私が己五尾の結界の外に出されてしまったら、青兄に掛けた結界の効力を失ってしまう!)
なんとしても中に入って、もう一度己五尾と戦わなければ、燕青があの「淫気」にやられてしまう。最初に犠牲になった
中に入るには先ほど燕青が飛び込んできた窓から入るしかないだろう。だが三丈もの高窓にどうやって入ればいいのか。悩んでいるところへ僧侶たち数名が、長く重たそうな梯子を担いでやってきた。
僧侶たちはそのまま梯子を高窓下に立てかけようとした。ところが近づいた段階で、窓から漏れ出る「淫気」に当てられてしまい、皆股間を押さえて
(どうしよう! これじゃ中に入れない、このままじゃ
と、四娘が目に涙をにじませ、あたふたしはじめたその時、その高窓から、己五尾の
「うふふふ、やっとあの邪魔くさいちび道士がいなくなって妾と二人きりじゃのぉ、
「無理じゃ無理じゃ、もう人の身で
「そうじゃ、おお、
「なんと美しい
「よいよい、全て妾にまかせよ、そうじゃ上を向くのじゃ、おおお、なんと、よいぞ、よいぞ」
「次はここを、こう……そうじゃ、もっと強く、あぁ、ここを吸ってたもれ……」
聞くに堪えぬ
「これ止めるでない、もっと強く突くでおじゃる、あぁぁもうどうにでもしてたもれ、ううもっと早くぅ」
「そう、腰をもっと深く、ああなんと広い背中よ、たまらぬ、もういっそ殺しておくれぇぇ」
そしてとうとう、
「あぁぁもう黄河と長江が一つになりそうじゃぁ、うぎゃああぁ!」
最後の絶叫が響いたのち、辺りはしんと静まりかえった。耳を澄ませていた経堂の外の皆が、はっと我に返ったとたん、今度はすすり泣くような、苦しむような己五尾の声が聞こえてきた。
「はぁ、はぁ・・・・・・なぜじゃ、なぜそなたは精を漏らさぬのじゃ。
「これ、動いてはならぬ、ああ駄目じゃやめてたも、もう妾には無理じゃ、くうぅそうされるとたまらぬ」
「なぜそんなに激しく突けるのじゃ、もう十分じゃ、これ以上続けられては、ああまた気をやってしまう」
「やめてたも、妾が悪かったでおじゃる、もう勘弁してたもれ、お願いじゃ精を、精を放ってたもれ、終わってたもれ」
「もう頭がおかしくなりそうじゃ、ああもう許してたもれ妾の負けじゃ降参じゃ、ううう世界中が腹に寄ってくるぅうう!」
「うぎゃぁぁああ!」
……二度目の絶叫の後、またもや静寂が訪れた。だがこの絶叫は何を示しているのか、すかさず
どうやら己五尾の結界も、男を惑わす淫気も消え失せたようだ。
「大丈夫か燕青どの!」
中の様子を覗き込んだ常廉は、はっと息をのみ、振り向いてあとに続いた四娘の前に立ち塞がり
「お主は見てはならぬ! 下がっておれ! 」
両手を広げた。その
(まさか、
みるみる涙があふれ出してきた。気づいた常廉は慌てて
「違う違う、燕青どのは無事じゃ、ただその……おぬしにはちょっと見せられぬ格好というだけじゃ。他の者も少々外で待っていてくれ」
扉から差し込む日の光の中で、常廉の目に飛び込んできたのは、素裸のまま汗だくであぐらを組んで座っている燕青と、
その横で同じく一糸まとわぬ全裸で、息も絶え絶えに放心状態で横たわっている美女の姿であった。
常廉の姿に気づいた燕青は、頭を掻きながら
「燕青どの、この女はいったい?」
(そうか、常廉どのはこの女が己五尾の
「さて、わたしも知りたいですが……まずは服を着てもらいますか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます