第二章 二仙山紫虚観(四)
昼下がりの
食べながら(はて、道士って肉を食べていいのか)と思いつつも、どれもこれも非常に美味い。満腹になるまで食べてから、また
入室の頃合いを見計らったように、羅真人がやってきて、その後ろから少年の道士が
少年は三人の前に杯を置いて、お辞儀をし部屋を出ていった。
だが、少年が扉を閉める瞬間。なぜか憎しみのこもった
(はて、見覚えのない少年だが、一体なんだろうか?
訝しがる燕青に一清が
「何か考えごとか?」
「いえ、ちょっと……あ、今酒を持ってきてくれた少年はいったい?」
「ああ、
「いえ、なんだが
「いや、それはないだろう。あやつは
「そうですか。それならば良いのですが」
「ほっほっ、それくらい用心深ければ、
羅真人が笑う。そこから話が目的地の観山寺のことに移った。
「
「どうしてですかね?」
「詳しくはわからぬ。ただ地元の
「その和尚様は、御自分では祓いをなさらないので?」
「常廉は、
燕青は昼間の小融の戦いぶりを思い出した。最初に小融が薄暗い廟内を祓ってくれなければ、魔物はほとんど見えず、気づかぬうちに噛みつかれ、命を落としていたかもしれない。敵が見えるか見えないかは、戦う上での文字通り死活問題である。
「鬼や魔物は大体、『
「なるほど、そこで小融の『
「あやつの浄眼は、
「確かに、最初わたしにはなにも見えませんでした。小融がなにやらもやもやしたものを祓ってくれて、それで少し黒っぽいものが見えただけです。きちんと見えない敵とは戦いようがありません」
「そういうことじゃ。常廉の奴も言っとった。気配は感じるがどこが頭やら腹やら分からなければ、殴るも蹴るもままならぬ、とな」
「その和尚さまはお強いのでしょうね」
「うむ、強い。以前やつの寺に遊びに行ったことがあるのだが、ちょうどその時、どこぞの山賊らしき者どもが三十人ほど、略奪しに押しかけてきた。ところがあやつめ、喜び勇んでひとりで棍棒を担いで向かっていきよっての。まぁちぎっては投げちぎっては投げ、半分以上ぶちのめしたおかげで、みんな逃げていきよった。まぁもちろん、わしも幻術など目くらましで協力したが、あやつの拳法はすごかったぞ。変わり者じゃが気のいいやつじゃて、教わってみるのも面白かろう」
「お弟子さんはいるのですか?」
「かなりの数いるのじゃが、弟子どもが駆け付けた時にはもうすっかり終わっとっての。みなポカーンと口を口を開けておったわ」
「それはぜひ教えていただきたいと思います」
「では、わしはあの暴れ坊主めに紹介状を書いて送るとするか。祓いが済んだら一度戻ってきていただきたい。帰りは小融に
「燕青よ、この二仙山には温泉が出る。休む前に入ってみてはどうか?」
「や、それは有難い」
「では案内しよう。真人様、本日のところはこれにて」
日本人ほどではないが、中国人も風呂好きである。ただし風呂とは言わず「
唐代までは水を汲み、頭や顔を洗うのが基本であったが、その後王族貴族の間で温泉が流行した。有名な楊貴妃のために「
連れだって
「燕青よ、ちと気をつけてくれ」
「なんでしょう?」
「いや、この山の女道士たちは、お前のような若くて見目良い男が珍しいのだ。山にいるのは、真人様とわしのようなおっさんが数人、あるいは先ほどの張嶺のような少年が二人だけだから、お前を見て浮き足立ってるのだよ」
「あはは、ご心配なく。兄貴や羅真人様のお弟子さんに手を出したりしませんよ」
「いや、お前の方にその気がなくとも、女どもの方がなぁ……」
張嶺の運んできた酒は、コクがあり相当
(うーん、いろいろなことが起きた日だったな。温泉に入ったあとなら、ぐっすりと眠れそうだ)
などと考えながらややしばし、中央の
中に入ってみると、周りを塀で囲んだだけの、大岩を組み合わせた露天風呂であった。頭巾と帯を解き、旅で埃まみれになっていた衣を脱ぐと、真っ白な肌が酒の酔いでほのかに赤く上気していて、半身いっぱいに彫られた極彩色の花の
六百も数えるほど経った頃、
(ああ、久しぶりに旨い酒を飲んだなぁ。結構酔った。そろそろあがるか)
手のひらで湯をすくい、顔を数回洗ったとき、入口の方から人声が聞こえてきた。
(む!あの声は……いかん!)
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