第14話 脅迫
二月十四日午後四時、赤井川先生が黙って外出した。
山笠は外出するとは聞いていなかったし、大抵行先や用件は話していくので無言で行くのは可笑しい、そう思って尾行することにした。
浅草の駅から電車に乗った。
車中ではぼんやり外の景色を眺めているように見える。ところが、品川駅に着いた途端、先生はいきなり駆けだした。
慌てて追う。多くの人々が先生との間を右往左往しているみたいで先生の姿が見え隠れする。
見失ってしまい駅を出てしばらくの間商店街を探していると、ひょこっと目の前の本屋から出てきた。慌てて物陰に隠れる。
先生は気付かなかったようだ。また何事も無かったかのようにすたすたと歩き出した。
この辺に先生の知っているような先は無いはずだが……。
商店街から住宅街へ、公園の中を通ってどんどん歩く……目的があるのだろうか? 不安を抱えたまま尾行を続けた。
狭い路地を折れて広い道に出た時、先を歩いていたはずの先生の姿が消えた。
時計は午後五時十五分。完全に見失ってしまった。《滋賀整形外科医院》という看板の前だった。
時系列的に先生の行動をメモしておく。
……
それから一時間以上付近を歩き回ったが見つからず。諦めて先生の家へ向かった。
家に着いてみると先生はリビングでコーヒーを啜っていた。時計は午後六時四十分を示している。
服装が乱れ、汚れていた。
「先生、品川までなにしに行ったんですか? それに服どうしたんです?」山笠は我慢できずに訊いてみた。
「えっ、品川? 俺そんなとこ行ってないぜ」そう言いながら服を叩いて汚れを落としている。
山笠はドキリとした。認知症でも発症したのか?
「奥さん、先生はいつ帰ってきました?」
「えぇついさっきですけど、どうしたの?」奥さんが不思議そうに訊いた。
山笠は、四時頃からの先生の行動を簡単に説明した。
「でも、先生が帰っていたんでほっとしたとこなんですけど……」
山笠がそう説明しても先生はぼーっとしていて返事がない。何か変な事件でも起していなければ良いんだけど。
……
*
二月十四日バレンタインデー当日の午後五時半、品川の《滋賀整形外科医院》に一本の電話が入った。
事務員が院長を出せと怒鳴る相手に臆して電話を回す。
「はい、院長の滋賀です。どちら……」滋賀魁人(しが・かいと)院長がそこまで言った時、「良く聞けっ!……」と滋賀の言葉を遮って受話器の向こうで男が怒鳴る。
「良く聞けっ! 一度しか言わんからなっ! 娘の果歩を誘拐した。十六日午後五時半に品川公園入口右のベンチに五千万円を置けっ! 警察に通報したら娘は殺すからなっ! わかったかっ!」それだけ言って切れた。
滋賀は冗談かとも思ったが、妻の蒼衣(あおい)を呼んで「果歩を誘拐したって電話があった。果歩に電話してみてくれ」叫ぶように言った。
「えーっ、本当なの?」夫を疑う様な言い方をする。
「だから、確認しろって!」イラっとして滋賀が怒鳴りつける。
その様子を見て慌てて蒼衣はダイヤルする……呼び出しはするが誰もでない。「あなた、果歩出ないわ……どうしよう……」手を震わせ真っ青な顔をして滋賀を見詰める。
滋賀はすぐ警察へ通報した。
……
十分後、受付から内線電話で警察が来たと知らせが入った。そして色んな恰好をした男女六人が受付係りに案内され二階のリビングにやってきて夫々警察手帳を広げた。
指揮は品川署の大磯拓也(おおいそ・たくや)という警部が執ると言う。
滋賀が、大磯警部に要求内容を説明すると「要求の五千万円を用意できますか?」
滋賀はすぐに取引銀行に電話を入れて支店長に事情を話して五千万円を用意してくれるよう頼んだ。
「大磯警部さん、お金は大丈夫です。明日持って来てくれることになりました」
「そうですか。現金を入れる大きめのバッグありますか?」
「はい、スポーツ用のバッグがあるので……蒼衣! 俺のスポーツクラブへ行くとき用のバッグを持って来てくれ」
蒼衣は涙を拭いながらリビングを出て、すぐにバッグを持って戻ってくる。
「これでどうでしょう」滋賀がバッグをテーブルに置く。
大磯警部が手に取って見て「じゃ明日、現金をここに入れて行きましょう」
滋賀が娘の果歩の写真を見せ、大磯警部から指示された果歩の友人や親戚へ電話を入れるが何処にもいなかった。
「果歩さんの部屋を見せて下さい」大磯警部にそう言われて、蒼衣に案内をさせる。
何枚かの写真を持って戻って来た大磯警部が「これは誰でしょう?」
見せられたのは、高校のセーラー服や制服を着た同じ学校の生徒のようだ。
「娘の通っていた学校の生徒さんのようですが、家には遊びに来たことは無い子達ですね。おまえは知ってるか?」
滋賀が蒼衣に見せる。
ちょっと驚いたような表情を浮かべた後、困惑したように「この子ら果歩が虐めた子達じゃないかしら」と弱々しく言った。
「どういうことです?」大磯警部が食いつく。
「何人かに虐めをしていたと先生から言われて、そのお宅に果歩と謝って回ったことがあったんです。その時のお子さんのように見えますが……」ハンカチで涙を拭いながら言った。
「えっ俺そんな話聞いてないぞ」滋賀は驚き、怒り、恥ずかしくて怒鳴った。
「まあまあ、ご主人、落ち着いて。昔話をしてる場合じゃないので……おう、署に写真転送して学校へ行って所在を確認してくれ! 万一誘拐犯の可能性もあるから、分かってると思うが慎重になっ!」
……
しばらくして、蒼衣がお茶やコーヒーのほかおにぎりを作ってテーブルに置いて「どうぞ」と刑事らに勧めた。
*
豊島区大塚署の有村陽子警部は警視庁の六日市警部と合同で遺体が冷凍されていたという謎の解明のため、都内の業者が使用している冷凍庫や冷凍車だけでなくレンタルのそれらについても部下に命じて関係者が利用していないかを捜査させていた。
一方、若井の自宅から遺体を運び出したと仮定して付近の監視カメラなどに不審車両が写っていないかを調べさせていた。
二週間が過ぎてやっと有村に朗報がもたらされた。
アパートから二百メートルほど離れたマンションの駐車場の出入り口に設置されていた監視カメラに、一瞬だが冷凍車が写っていてその運転手が桂の服装と一致していたのだった。
顔ははっきり見えてはいなかったが、車番からレンタカーと判明し、その業者を有村が訪れた。
身分を明かしたうえで監視カメラの写真を見せて「この車、お宅の会社のものよね」
応対した女性が写真を見、ファイルを開いてその車番をチェックする。
「あっありました。うちの車ですね」
「じゃ、一月二十七日の貸出先教えてくださる」有村はこれで犯人が分かると確信した。
女性は別のファイルを開いて……「あっありました。えーと、桂慎一郎と言う方ですね」そう言って記録簿を有村に差し出した。
そこには免許証の写しも貼付されていて間違いなく桂だった。返却は二十八日午後三時となっていた。
「あの、この時の担当者はここに書いているお名前の方で良いのかしら?」
「はい、呼んできますか?」
「えぇお願いします」
少し待たされて、若い女性がおどおどしながら奥から出てきた。
「あのー私に何か?」女性は自分が逮捕でもされると思っているのか怯えている。
有村はファイルを示して、「この貸出を受けたのはあなたなんですね」と確認する。
女性はそこに自分の名前を確認してから「はい、私ですが……」さらに怯えが増して泣き出しそうな顔をして言った。
「この写真の方が店に来たということで間違いないですね」有村は最後に念を押した積りだったのだが、
「いえ、分かりません」
か細い声で言った女性の答えに有村は驚いた。「えっ分からないってどういうことよ?」
「はい、免許証を確認して運転資格があったら貸し出すので、写真と店に来た方とが同じかは分からないんです」女性は有村が強い口調で行ったので済まなそうにさらに声を細めて言った。
「えっでも貸す時に本人確認しないということなのかしら?」
「えぇ、以前、全然違う方が来て、免許証の方でないと貸せませんと言ったんです。そしたらその方がとても怒って、 ’これ私っ! 洗面所貸して’と言って三十分くらいして戻って来たら写真と同じ人だったんです。私、本当に済まないことをしたと思って謝ったんですけど、この化粧に幾ら金かかってると思ってんのっ! って怒鳴られて、店長も奥から出てきて事情をきいて只管謝ったんです。それで一万二千円払って許して貰って、車を貸したことがあったので、以来、写真と来られた方を確かめるの止めようってことになったんです」
女性が汗を掻きながら一生懸命弁明するので、有村も可愛そうになって「わかったわ」そう言って店を出た。
その話を本庁の六日市警部にもして「取り敢えず。桂へ ’借りた記録がある’と言って反応をみましょう」と言って了解を得たんだけど、でも世の中変わったと言う事なのかしらねぇ写真で本人確認できないなんて……。
夕刻、出版社を訪れ応接室で桂にその写真とレンタルの申し込書を見せて反応を窺ったのよ。
「えっ俺冷凍車なんて借りてません。知りませんよ……本当です!」
桂は大きくかぶりを振って訴える。
「でもねぇ、あなたの免許証が冷凍車のレンタル申込書に貼付されてたのよ。あなた免許証持ってるでしょう?」
桂はそう言われてバッグから免許証を取り出して有村の方へ……。
有村が間違いなく同じ写真だと確認する。
「その前に、あなたが桃川さんにやったことは犯罪よ! 分かってる?」
「いやぁ、俺を振向かないから、腹立って……それだって、山笠っていう赤井川創語の助手がやれって、そして若井がそう言う商売してるからって、俺はその通りにしただけなのに……」
この男、自分のやったことを他人のせいにしやがって腹立つ……。
「自分がやったことを人に押し付けんじゃないわよっ! 確かにボウガンを持ち出したのは若井みたいだけど、揉めて若井をあんたが撃ったんなら認めなさいよ」有村は厳しく問い詰める。
「だから、矢があいつの腹に刺さったのは揉めててなったって言ってるじゃん。その後冷凍は知らないって、俺あいつが死んだと思ってDVD出して逃げようとしたら、あいつに足首掴まれて転んで頭打っちゃって、気が付いたらもう夕方だったんだって、でぇ、若井がいないから大したことなかったのか、病院へでも行ったのかと思って家に帰ったんだって、DVDも無かったからやつが持ってったんだろうって思ったんだ。それがすべてだ」
桂はやけを起しているのか強気の言い様で同じことを繰り返した。
「あんたの頭になんかそんな大きな傷はないのよ。争ったのが夜でしょう、気付いたのが夕方だとすると十二時間以上気を失ってたことになるけど、それは医師にも確認してるけどあり得ないのよ。あんたが嘘を言ってる証拠よ」
「だって、それが事実だからしょうがないじゃないか」桂がこれだけ証拠を並べられても抵抗するので、有村は任意で署で話を聞くことにした。
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