第13話 狙われたストーカー
病院へ来た静から話を聞いた一心は、「それ赤井川を尾行するだけじゃだめだな。その二つの事件を調べて犯人を特定しないと、まず丘頭警部に言って警察が何処まで分かっているのか聞いて来てくれ、その上で次ぎどうするのが良いのか指示するから」
そう言って静を帰した。
翌日調書を持った静に丘頭警部がついてきた。
一心一家と丘頭警部との間では一切隠し事は無いと言い切れるほど強い信頼関係で結ばれているので、管轄外の事件でも相談に乗ってもらえる。
「元気そうね。どうなの具合は?」警部が笑顔で言う。
「あぁもう退院しても良いんだが、医者が頑固でダメなんだよ」
「なに言わはってんどす。まだ立てへんちゅうのに」静が笑みを浮かべて言う。
調書を見ると大まかに当時の人の動きが頭に浮かんだ。
一心が読んでいる間、警部は静と何やら楽しそうに談笑している。
「この根田ってやつの十四日の朝は帯広で夕方は釧路にいたとなってるけどよ、一緒に泊まった沙希が先に釧路へ行ってるだろ、帯広の書店は十六日に行ってるから十四日は何してたんだ?」
丘頭警部は一心の質問をメモする。
「それと、遺体が大きな氷の中にいたってどうやったんだ? どうやったら窒息死にできるんだ?」
「その答えは、釧路署で過冷却による窒息死としているわよ」と警部。
「かれいらいす?」初めて聞く言葉にとんちんかんな言葉で一心が訊き返した。
「ははは、ばか、過冷却よ。マイナス十度以下に冷やした水の中に被害者を落とすと、瞬時に被害者の周りの水が凍って氷漬けにされて呼吸できなくなるって訳よ」警部が胸を張って説明する。
「ほう、どうやるんだ?」
「冷凍倉庫とか冷凍車と人間より大きな水槽でもあれば簡単よ」
「で、釧路にそう言った物を買ったりレンタルしたりした人いたの?」
「いや、釧路署では見つけられてないわ」
丘頭警部も疑問に思ったのか首を傾げながら答える。
「根田が帯広で空白の時間あるから帯広を捜査したらどうかな?」
「私もそう思うわ。釧路署に電話入れてみるわね」
「被害者の部屋にあったと言う《活き造り冷凍殺人事件》ってここで読んだけどそれを参考にしたか、赤井川創語の熱烈ファンという可能性もあるよな」
「えぇその辺捜査させてまた来るわね。やっぱり一心ねぇ頼りになるわ。じゃ」
丘頭警部はそう言って帰って行った。
「先生はんはぼちぼち立つ練習始めよかと言ってはったえ」静が言う。
「もうそろそろベッドから解放されたいよ。十和ちゃんとこのラーメン食いに行きてぇ」
*
丘頭警部は二つ目の事件の《ボウガン殺人事件》の捜査資料も置いて行った。
何も言わなかったが、見とけと言う事だろう。
静となんやかんやと話してて
「この桂と言う男、気が付いたら被害者がいなかったなんて嘘に決まってるだろう」一心が言った。
「せやなぁ、ちっと考えられへんもんなぁ」
「こっちはこいつで決まりだ。俺らが手を出す必要ないだろ」
「せやけどなぁ。……そんなあっさりでえぇんやろか? 警察も捜査してるんでっしゃろ?」
静は何か感じているのか疑問符をつける。
「まぁしばらく警察の様子見ということでどうだ?」
一心は自分の考えに間違いは無いと思ってはいるが、静はこれまでにも以外に鋭い感で難問を乗り越えてきたこともあるのであながち間違いとも言えないのだ。
「じゃ、根田と桂に会って来てくれないか?」
「せやかて、根田はんは北海道でっせ。えぇんかいな?」静は嬉しそうに言う。
「美紗でも連れて行ってこい。だが、一泊二日だぞ」
――静ひとりでは迷子になりそうだし、美紗を連れて行くと何しに行くのか分からなくなるから、五寸釘でもしっかり刺しとかんとな……
「へぇじゃ早速根田はんに連絡とってみますさかい。ふふふ」
一心の話は耳に届いたのか? 笑顔で帰った静を見て、「大丈夫かいな?」京都弁でひとりごちってみる。
*
一月三十一日午後四時、中野区の住宅街にあるアパートの二階突き当りの部屋で爆発があり性別不明の黒焦げ遺体が発見された。
現場に中野署の飯沼武雄(いいぬま・たけお)警部が急行した。
室内に入ると「越中悠(こしなか・ゆう)」と言う宛名の書かれた封書が数枚発見され、表札に「越中」とあったので住人の名前だと判明した。
「爆発の原因は?」飯沼が訊く。
「テーブルに置かれた段ボール箱のようですね」と鑑識。
見るとテーブルはもちろん辺りが一番激しく破壊されている。
そして鑑識が指差す段ボールに貼付されている紙切れに、微かに差出人の名が「……スポーツ競技会」と読めた。
住所などは分からないが恐らく偽名だろうと思ったが一応部下にその競技会を当たらせる。
ワンルームの壁と天井の過半は焼け焦げているが、焼け残った壁一杯に女性の写真が貼られている。
焼けてしまった写真の切れ端も多数床に散らばっている。
「警部、こいつ盗撮マニュアかストーカーだったんじゃないですか?」
部下の刑事に言われて写真をよく見ると、被写体はカメラを見ていないし、エスカレーターの下からスカートの中を写しているものがあったり、木陰からベンチに座って談笑する女性を捉えたものだとか相当数の女性を撮ったものだった。
「警部! これって浅草の書店の従業員ですよ」刑事が一枚の写真を指差して叫ぶ。
「どうしておまえ知ってんだ?」飯沼が問う。
「はい、自分は赤井川創語と言う作家が好きで、最近サイン会が浅草の書店で有ったんですよ。そこで赤井川の身の回りの世話をしてた可愛い娘がこの写真の娘です」刑事は自慢気に鼻を高くして言った。
「おまえ何しに行ったんだ。たくっ」言われた刑事が頭を掻いてにやける。
「じゃ被害者の免許証有ったよな? ……おう、それ持って浅草行って確認して来い」
……そうか、これらの写真を本庁へ送って各署に確認してもらうか……。
「鑑識さん、ここの写真剥がしても大丈夫か?」
鑑識が頷くのを待って、部下に写真を全部剥がして署に持ち帰ってパソコンに取込むよう指示する。
現場にパソコンがあるにはあるのだが焼けていて、運が良ければハードディスクを読み取ることは出来るのだが、無理そうだと思わせるほど焼けている。
本庁の万十川課長に電話を入れた。
事情を話して知ってる顔があったら知らせて欲しいと告げた。
飯沼が署に戻って間もなく浅草へ行かせた刑事が戻った。
「警部、この女性は桃川心美と言うんですが、越中をまったく知らない人だと言ってます。嘘は無いと思います」
「ふむ、おまえ相手が可愛いからって騙されてるんじゃないだろうな?」
飯沼はからかい半分で言った。
「まさか、警部、自分これでもデカです。公私はわきまえている積りです」口を尖らせ強く言うので「おうそうか、悪かったな」半分笑顔で返す。
そのすぐ後に浅草署の丘頭警部から「頭から十四枚目のすらっとしたベージュのミニスカートの女性は佐久間春奈という《日本文庫本出版》の社員よ、会社品川だからそっちの方が近いから行ってみたら?」
「そうですか。ありがとうございます。すぐ確認に行かせます」飯沼は電話の向こうに頭を下げる。
丘頭警部は女性だからか、性格なのか分からないが、こういう依頼には即調べて連絡をくれるので幾度となく助けられている。
そのふたりは偶々事件にも関係していて名前が分かったが、ほかは氏名等は分からなかった。
鑑識から段ボールに貼られたと思われる「のし」が発見されそこに「寸志」と書かれていたと報告があった。
事件とのかかわりはまったく分かっていない。
*
予定より一泊多く泊まってきた静が、一心の入院している病院へお土産と言って有名な某社のチョコを持って報告に来た。
「根田はんなぁ、おうた時からそわそわしはって、目はあっちゃこっちゃ飛びはって美紗も怪しい言うてましたわ」
「ほう、それで事件の前後の行動は喋ったか?」
「へぇ、警察の調査書に書いてある通りのこと言うてましたな。でな、前日、帯広で何してましたん? って訊いたらな、もごもご言うてよう分からんかった。ほしたらな、ふふふ、みさがな ’ハッキリ言わんと分からんだろうがっ!’ってな怒鳴りよってん、根田はんもびっくりしはって可笑しおしたわぁ」
「ははは、美紗らしいな。で?」
「結局、喋らへんのどす。間違いのう後ろめたい事がありますな」
「ふーん、で、何処に泊まったんだ?」
「へぇ、定山渓温泉にな一泊して、帰りに、以前行った丸駒温泉ちゅうとこに泊まりましてな。なんや、湖の中に浸かってるようでなえぇお湯でしたわぁ」静が思い出してうっとりとした表情をして言う。
一心は余計な泊まりしやがってと思っても、静には言えないから「そりゃ良かったな」とだけ言っておいた。
「へぇおおきにぃ。またなんぞ分からん事おましたら今度は釧路のほうへ行きたい思うとりますよって、ふふふ」
何を言ってるのか、遊びの積りのように思っている静が可愛くもあり、腹立たしくもある。
何も言えない一心は惚れた弱みだと、ひとりほくそ笑む。
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