虐殺令嬢、追放される
ガタリ、ガタリと馬車が揺れる。
より正確に言うなれば馬車ではない。地属性の魔力によって作られたゴーレムに牽かれる魔導馬車である。
通常の馬車と何が違うかと言えば、何よりも「馬力」が違う。
これは、ミラカという高貴な少女一人を運ぶ馬車ではなく、その配下や資金、資源なども含めて移動させるためのものだ。
貴族の転封とは、国が動くに等しい。
その後ろに続く車列のみならず、ミラカの乗る魔導馬車のみでも、小さな家1軒ほどの容積を有するだろう。
その大きな馬車に、主が一人きりと言うわけもない。
この馬車には彼女のほかに数人の影がある。それらすべてが一流の配下であり、臣下。
……そして、殺人鬼である。
ミラカという女にとって、人を支配することなど容易い。
それは「恐怖」によるものだ。
自分が殺される恐怖、親を、家族を、故郷を虐殺される恐怖。そうした恐怖を与えられた人間は、すぐに服従する。
人は恐怖に耐えられない。
だが。「恐怖する」者は乱心する。恐怖から逃れるためにミラカに毒を盛ったり、恐怖から逃れるために自害することもある。
……その抵抗が無意味であったとしても、不愉快ではある。
頼んだ紅茶に毒を入れられて飲めない。命令を遂行する前に自害して命令を終えられない。そのようなものに配下など務まらぬ。務まるのは玩具か楽器がいいところだ。
故にミラカは、「恐怖しない」者だけを従える。
「王子様も酷いことを。民衆を殺すなど、どこの貴族でもやっていることでしょう。その程度でミラカ様を死地に追いやるなんて」
コットン・ハイルブロン。ハイルブロン男爵家の娘であり、ミラカに仕えるメイドだ。
愛嬌のある女性で、特技は裁縫。
「逆にこちらから王子を殺すというのはどうでしょう!?」
……それと暗殺。
自分の利益のためなら親兄弟も殺した
「駄目よコットン。王族殺しは大罪だし……何よりリスクとリターンが釣り合わないわ。あの愚鈍な王子を殺した程度で私が王になるなら考えなくもないけども」
もっとも、ミラカという公爵令嬢の大魔術師を暗殺することは、それこそ王子を暗殺するよりもリスクとリターンが釣り合わない。
なんせ、狂人であるコットンを恐れず、殺しさえ揉み消してくれる。待遇も給金もよい。これ以上の待遇はないだろう。
それ故に、コットンは忠実な配下で居られる。
「まあ、魔界であることも悪い事ではありません。魔物が多いですからね。人体はカロリーも低く歩留まりも悪いですが、魔物や魔族はその装甲や皮、体躯が故に、収益化のめどが立ちやすいかと」
元は豪商であり、ヴァーニー家で資産管理を担っていた男だ。これから先は、カルンスタイン辺境伯領の宰相となる。名をカルルという。
眼鏡をかけスーツを着た長身の男だった。
合理的な男だった。合理的すぎた。
公爵家の資産を高めるにはどうすればいいか。公爵領の治安を高めるにはどうすればいいか。公爵領の民が飢えないようにするためにはどうしたらいいか。
その全てに対し「浮浪者を食肉加工する」という最適解の結論を出せてしまった男だった。
弁明しておくならば、彼は決して殺しに快感を感じない。ただ、純粋に目的に邁進した結果なのだ。
「魔族の侵攻は他領、ひいては王国そのものの存亡にも関わります。王家や周辺貴族から補助金を引き出しながら積極的に狩り、骨から肉まですべて有効活用すべきでしょう」
「それは良いわね。問題は、そもそも私たちが住める場所とか、それを加工して売る領民が居るかくらい」
ミラカは、決して後先考えなく領民を殺す虐殺者ではない。
『安定して殖える土壌があるか』という点には非常に気を配っている。
民とは、資源だ。
比較的豊かな公爵領においては、民を減らそうともすぐに増える。民とは、食糧供給に合わせて増え、減るものなのだ。野生動物のそれと全く同じだ。
……だが、これから赴く魔界、辺境伯領においてはそうではない。絶滅に瀕した民は狩らず、代わりに害獣である魔物を狩らなければならない。
「仕方がないから血浴は領民じゃなくて魔族を使うわ。」
「露払いと『人集め』は拙者が務めまする。魔族についてはいつも通り、主どもの所には女性型を……」
「ええ。男性型は好きにしていいわ。ただし、魔物と併せて新鮮なうちにカルルに引き渡しなさい」
辻斬り結兵衛。
東方からやってきた男だ。サムライ、と言うらしい。
倫理観が未発達な蛮族の殺戮心と、聖職者をも上回る高潔さを、理解不能な配合で混合したような男だ。
その見目は女よりも麗しく、身長は150かそこらだろう。黒髪に童顔、少女のような愛嬌も含めれば、絶世の美少女と呼んで差し支えない。
……そして、「辻斬り」と称される通り魔である。
さらに言えば、斬殺した男の死体の尻を狙う、同性愛者であり強姦殺人犯でもある。彼の国では「シュードー」と呼び普通の事らしいが、どんなイカレた国なのだろう。
ただし、強い。そして、主君に絶対忠誠だ。
彼らが、この馬車に乗る側近にして護衛。殺人鬼であることを除けば、天下一の配下であった。
「早速ですが、辺境伯領に着いた後の動きについて……」
二の句は継げなかった。
ドォン、と響く爆発音は、あるいは王都の大鐘楼かのように響いた。
「地雷」だ。地属性の魔力を使い大地を操作すればそれができる。
魔導馬車を牽く馬型ゴーレムは4頭中3頭が撃破され、その牽く車両も片側の車輪が吹き飛んだ。後方の車列にもコボルトの軍が、あるいは上空から紫色のハーピーの群れが襲い掛かる。
森の中で伏兵を隠し、谷状の地形で逃げ道を塞ぎ、過剰なまでの戦力で、対応する間もなく飽和攻撃を仕掛ける。
惚れ惚れするかのような、教本通りの理想的な奇襲だった。
魔王軍にとって、それは当然のことだった。
元より領主不在のこのカルンスタイン辺境伯領において、人間の領主の存在は非常に目障りだ。
領主が存在する以上、「人」が動く。「物資」が動く。
何よりも、貴族とは例外なく「兵力」を有する。
ノブレス・オブリージュ、と言う。貴族の責務。それは、平民、あるいは後世の歴史に誤解されるような、貧しきものを支えることではない。
古代から伝わるその意味は「一所懸命」。土地を守る。貴族は、(民衆からいくら搾取してでも)強靭な軍を養い、命を懸けて自領、あるいは王に従い自国を守る義務を持つ。
故に新規の貴族が魔王軍の支配地域に侵入、定着することは、莫大な兵力がその地に根付き、自軍に絶えず攻撃してくることを意味する。
……そんなもの、止めないほうがバカだ。戦略のド素人であろうとも、当然この時点で討ち取るべきだとわかる。
奇襲は成功した。魔術によって徹底的に臭いや気配、音を隠蔽したのもそうだが、外で見張る人員が少なく、彼らも魔界の地理に不慣れだったことが功を奏した。
……ひとつ致命的な誤算があったとするならば。転覆する馬車の中から飛び出す4つの影を撃墜できなかったことだろうか。
「気に食わないですね。曲がりなりにも優雅な旅でしたのに」
「魔物が多いですな。この規模ですと捌くのは大変です。お二方の力も借りても?」
「魔族は男性型が2、女性型が1。屈強で、穴が楽しみだ」
3人の配下は、それぞれ武器を構える。
メイドは、五指に挟んだ紫の綿棒を。
毒糸を編みこんで作り上げられたそれは、その小ささからどこにでも持ち込め、かつ、いつでも解ける究極の暗殺武器である。
今も、その綿棒は半ばから解れ、毒糸として彼女の制御下にある。
宰相は、巨大な肉切り包丁を。
それは、生物を解体するための調理具である。
サムライの持つ剣は、宰相のそれをも上回る。当人の身の丈150すら上回る片刃の重剣だ。どうやら「大太刀」と呼ばれ、刀と呼ばれる武器の一種らしい。
……東洋の刀は重さではなく鋭さで斬る、と言うのは貴族社会で嘯かれる言説だが、どうやら異国に夢を見た嘘だったようだ。
なんせ、その剣は、この国のどの剣よりも重いのだ。それを扱える剛剣の戦士など、どれほどいるだろうか?
だが。
「私が殺るわ。」
本当の意味で武器を構えていたのは、ミラカと言う令嬢だった。
その白い手には、何も握られていない。それでも、その王気によって空気が歪む。
血の中を魔力が循環する。大魔術師である彼女にとっては、「杖」さえも必須のものではない。
「罪とも言えない難癖でこんな野蛮な土地まで連れてこられて、気が立っているの。この際獣でもいいから悲鳴が聞きたいわ」
そしてその最大の武器は、この異常性だ。
通常、人間は他者を傷つけることに抵抗を覚えるし、覚悟を極めねばならない生き物だ。熟練の兵士騎士であっても、殺しの記憶はトラウマとして背後から命をむしばみ続ける。
貴族令嬢であれば、普通は当然それ以上だ。
……ただし彼女は虐殺令嬢。虐げ殺すことに愉悦を覚える生まれながらのシリアルキラー。
人間は、戦闘態勢に入るために、磨き上げられた戦士であろうとも一瞬覚悟を決める時間を要する。殺人鬼にはそれがない。
掌の中で水の魔力を波打たせながら、少女は謝罪する。
敵を皆殺しにする覚悟?初めから勝つ気でいる傲慢さ?
……そんな殊勝なものではない。
それは味方、3人の部下たちへの謝罪。
死体を使う者たちが故の倫理観。
本来は獣に向ける、人型の生物に向けてはいけない視点。
「貴方たち程『綺麗に』殺せないのだけれど、ごめんなさいね」
死体を
ミラカの血浴~虐殺令嬢、勇者になる~ はむらび @hamurabi
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