ミラカの血浴~虐殺令嬢、勇者になる~
はむらび
虐殺令嬢、婚約破棄される
「ヴァーニー公爵家皇女、ミラカ・ヴァーニー。君との婚約を解消する」
絢爛豪華な王国の宮廷において、多くの貴族が見守る中立っているのは、この国を継ぐ王子と、この国最大の貴族の娘だ。
そして、王子の横には平民の娘が一人。
婚約破棄。
……王国始まって以来一度たりともなかった事態である。
「あきれた物言いですわね。ジャン第三王子。貴方が王位継承権第一位となったのも、我がヴァーニー公爵家の権威と財力による後押しあってのもの。私の愛を失えば次の王は貴方ではありませんわ。」
それは、貴族の婚姻が、『恋愛』ではなく『政略結婚』であるが故。
家の都合であるがゆえに破棄などできるはずもない。
それでも恋愛がしたい?どうぞそれなら妾か愛人を抱えましょう。というのが成立する時代が故に、婚約破棄へのインセンティブ自体も非常に少ない。
「それでもだ」
「その貧相な平民に現を抜かして?」
「違う」
「では我がヴァーニー公爵家を陥れてその資産を奪おうと?」
「そう考える者はいるだろうな。だが、私は違う。」
その上で、ジャン第三王子のそれはこれ以上ない不可解なものだった。
ミラカという少女は、絶世の美少女だ。
純白の髪を縦ロールという新進気鋭の髪型に結い、肌も傷ひとつ、染みひとつない白だ。赤い瞳は全ての男を魅了するだろう。狂暴な笑みと鋭利な歯だけが容姿の瑕だ。
有する魔力量は膨大。五大元素の「水」に特化した魔術においては国内最強の魔術師と言える。
家格は王家を除き最高の公爵家。その筆頭。嫁入りのため継承者こそ弟になる予定だったが、そうでなければいつでも公爵家を継承できる。
公爵家が有する資産は王家すら上回るとされる。彼女のみで動かせる資産でも、一回の貴族を大幅に上回る。
知性も一級品だ。王立魔術学園において、ペーパーテストにおいても一二を争う才媛と言えよう。
そんな才色兼備を体現した女を棄てる。
王位継承権すら投げ捨ててまで。
まだ、恋のためならかろうじて理解できた。愛人や妾でなく、身分違いでも正妻にしたいという理屈は、考えづらいがあり得なくはない。
有力だったのは金か権力の問題だった。公爵家を追い落としその金を接収すれば、王家はより盤石になるだろう。だが、短絡的すぎる。
公爵その者ならまだしも、ミラカを追い落としてなんとなるのだ?
そも、その公爵家をお受けに引き入れるための縁談だったはずでは?
「勘違いしないでほしいのだが。彼女は証人だ。君が犯した悪行についてのね」
その理由は、「悪行」だと言うが。ミラカには見当もつかなかった。
「お前の……お前のせいで!!!!」
「はて?」
ミラカは、このような少女に心当たりはない。いや、王国魔術学園の平民特待枠に居た気もする。
だが、高貴なるものが、このような下民に心を遣うことなどない。
苛めや無視すらもない。ただひたすらの無関心のみがあった。
それでも、少女、ラウラにとってはそうではない。
「お前の「血浴」のせいで、お母さんも、お姉ちゃんもいなくなった。そして、1週間もしたら帰ってきたよ。全身の血を搾り取られたミイラになって!!!!」
血浴。あるいは、ブラッドバス。ミラカが行う「美容法」だ。
領民の娘を攫い、その血を抜いて浴槽に溜める。そして、高貴な薔薇の花びらと心臓のミンチを混ぜたもので身体を洗うのだ。
「逆らったお兄ちゃんは、拷問の後、馬に四肢を引かれて八つ裂きだ」
領主に逆らうのは大罪だ。正確にはミラカは領主ではなく領主の長女だが、罪の軽重には関わらない。
此処で言う「大罪」とは、死罪という意味ではない。
より、重い。
拷問死、虐殺死、あるいは、当人ではなくその家族への刑罰。そうしたものも含んだ、「どんな刑罰を下してもよい」罪だ。
ラウラ一人だけが血浴に使われず、一族郎党皆殺しにされなかったのは。単に少女の運が良かっただけなのだ。
「それを見たお父さんは、酒浸りになって狂って死んだよ」
いや、もしかしたら運はやはり悪かったのかもしれない。あの時血を抜かれていた方が、苦痛の未来を知らず、楽に死ねたかもしれないのだ。
「そして、一人残された私は復讐のために生きてきた!!!お前への、復讐のために!!!!」
そして、彼女はここに立っている。
圧倒的な復讐心と努力により王立魔術学園の平民特待枠を勝ち取り、持ち前の知性とコミュニケーション能力により多くの有力者と協力し、正義心に満ちた王子を引き入れ、今、この場に立っているのだ。
「はて」
ミラカには、心当たりがなかった。
確かに血浴はしているし、その過程で死ぬ者の顔など覚えていない。だからそういったこともあるのだろうとは思っていた。
だが、疑問が一つ。
「……それの、何がいけないんですの?」
「……ッッッ!!!」
人の家族を無残に殺しておいて、この女はどうしてこうも無垢な顔ができるのだ。
ラウラという少女は、罪を悔いることを希望していたし、そうでなくとも自分への罰に狼狽することを想定していた。
だがしかし、ミラカには狼狽はない。保身すらもない。ただあるがままに余裕を崩さぬ、王子よりも王の態度であった。それがラウラには気に食わず、そして恐ろしかった。人殺しなんて悪いことに決まっているはずなのに。
「君は、どこまで愚かなのだ……!!!」
「恐れながら、愚かなのは貴方です。王子様。
大量殺人鬼の公爵令嬢と、善性の王子。そう、見えるだろう。
実態はそうではない。後世の目ではなく、この時代の法に則った場合。
「臣民はすべてその領の領主家に帰属する。大憲章第38条ですわ。当然、他人の物をどう扱うかについては40~46条に定めがありますけれども、自分の物をどう扱おうとも法には触れませんわよね?」
それは、この国の、そしてこの世界の大前提。
貴族にあらずんば人にあらず。人権という概念が生まれるまでは、もう200年を待つこととなる。
つまり、人殺しが悪いことだと決まっていないのだ。
「法に触れずともやっていいことと悪いことがあるだろう!!」
「ありません。我が国は、少なくとも王家と貴族、および貴族間での罪には罪刑法定主義を採用しておりますので。文句があるならば法を変えるべきですわね」
そして、王でさえも、ミラカを裁けるよう法を変えるのは不可能だ。
「貴族から平民への搾取」は、貴族の特権だ。ミラカほどのそれは珍しいとはいえ、横暴をしない貴族などいない。
……そして、そうした貴族が反発すれば、それだけで王国は滅ぶ。王家の力が強い国ではないのだ。
……もっとも、ジャン王子は既に王にもなれぬ身だが。
「いくら王族と言えども、罪も犯していない貴族を処罰はできませんわ。馬鹿馬鹿しい」
「ああ。単純な私事に過ぎない婚約であれば私の一存で決められるが、君を処罰することはできない」
婚約は実質的には公儀であり、複雑な権力争いが絡むが。しかし名目上は個人間の契約に過ぎぬ。故に、解消することは可能だ。
だが、処罰は実質的にも名目的にも公的な機構であり、王子どころか王であろうとも一存で決めることはできない。
平民の処罰であれば貴族の好き勝手にできると言え、貴族への処罰の方法は法で厳密に定められているのだ。
「だが。逆ならできる」
「…………は?」
だが。憲章には、ある記述がある。
「ヴァーニー公爵家皇女、ミラカ・ヴァーニー。君をカルンスタイン辺境伯として叙爵する。」
「カルンスタインって……魔界じゃありませんの!?!?」
「ここ30年間魔族に支配されているだけだ。未だ我が王国はあの地域の主権を手放してはいない。」
カルンスタイン辺境伯領。太古の昔から、暗黒の魔界と接する「折衝地帯」として設けられていた土地だ。
そして、現在においては魔王軍によって実効支配された土地でもある。
そしてこの「治める義務」というのは、一年の大部分の居住義務をも意味する。
更に言うなれば、逃げ出したり、領地を治められなかった場合は「大罪」だ。本来貴族は処されない拷問や処刑どころか、平民どころか被差別民に落ちることすら前例がある。
逃げなければ死に、逃げれば死ぬ。断っても当然大罪だ。
「元は君の叔父が治めていた土地だ。ヴァーニー公爵家とも縁深い。ヴァーニー公爵家は君の弟に継がせる予定だったのだろうし、王国最大の領土が君に与えられるのだ。光栄だろう?」
故にこれは、栄転の皮を被った追放、あるいは処刑。
「こ、光栄でございますわ、王子様」
そうして、白の縦ロールの少女は、肩を震わせながら王宮を去っていった。
ただし。ここで確認しておこう。
この物語は、罪深い悪役令嬢が悲惨な目に合う、因果応報の物語ではない。
この物語は、無知にして罪を犯した少女が改心する、脚下照顧の物語でもない。
これは、一切己の罪を反省することのない虐殺令嬢が、魔王を虐殺し勇者になるまでの英雄譚である。
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