第70話 高いところから
わたし達はガイセ迷宮を切り上げて、ダールマイアー領にやって来た、戦闘奴隷達は剣や槍を縫い針に持ち替えてお裁縫、戦闘奴隷達と言うかこちらの娘達は生活力のレベルが高い、まだ10歳前でも簡単な料理をするし、自分の服くらいは自分で繕う。
そんな彼女達が10日程かけて気球が出来あがったわよ、実際は縫いあげよりもガスの漏れない生地を探すのに時間がかかったのだけど、ダールマイアーさんにはずいぶん助けてもらったわ。
そして中に入れるのはヘリウムガス、コッキーの父親から買い上げた土地から吹き上げて来る謎のガス、アヒルみたいな声になるからきっとヘリウムよね。
試験飛行は上手く行ったわ、面白い事に気球造りでリーダーシップを発揮したのはウサギ獣人のコンチータ、胸の球の色だけでは分からない事もあるのね、
最初は球形をイメージしていたのだけど、葉巻型が良いと言うのも彼女の提案。
「それでは出発します」
わたしとコンチータ、カタリーナがゴンドラに乗り込むと、係留索を解除するグランドクルー、
数十日前までは迷宮で魔物と死闘を繰り返していた彼女達、今はお針子になり、優秀なフライトクルーよ。
「今フライホルツの街を抜けました!」
「凄いわね、馬で一日の距離を一刻もかからないなんて」
「丁度風向きに恵まれたからでしょう」
眼下には緑の森が流れるように過ぎて行く、
「あっ、光りました、アレじゃないですか?」
コンチータが霞みの向こうを指さす、そうそうわたしは身体強化魔法のおかげで視力も信じられないくらい良くなっているのよ、数十キロ先に有る湖もハッキリ見える。
グイグイと景色が引き寄せられていくように目的地に向かって行く気球、
湖の上空からトリスタン子爵の別邸前に降り立つと、警護の兵や館の使用人達が集まって来る、
ゴンドラから降りたわたしは大きな声で言う。
「わたくしダ・デーロの街の冒険者ミヤビと申す者、ニコレシア様と話がしたい!」
「わたしがニコレシアだ、ミヤビとやら如何な理由があって我が屋敷に降り立ったのだ」
20代前半の女性と言う情報だったが、ニコレシアは歳に似合わない貫禄と言うか、動じない姿勢を感じる、そして貴族の娘らしからぬはすっ葉な雰囲気。
「ニコレシア様、なりませぬ、あの様な無法者達は護衛の兵にお任せを」
初老の執事らしき人が身体をもってして止めようとする。
「良いのだ、ヨーナス、いつかこの日が来るのは分かっていた」
「ですが……」
「皆の者、私はもう帰って来る事はないだろう、これまで仕えてくれた事、感謝する!」
麻薬密売の元凶な彼女だが、別荘では良い主人だったようだ、メイドや料理人、庭師達まで悲痛な面持ちで旅立つ主人を見守っている。
「突然の訪問をお許しいただきたい、ニコレシア様」
「そなたがミヤビか、フーゴの下で働いているとは聞いていたが、まだまだ若い娘ではないか」
わたしが間諜だった事はとっくにバレていたみたいだ、フーゴさんも。
「わたくし、空飛ぶ馬車を用意致しました、お乗り頂けますか」
「これは奇天烈だな、わたしの最後に相応しい」
「ニコレシア様、空の上はお寒むうございます、風邪を召さない様にこちらを」
わたしは革のジャンパーをニコレシアに渡す、
「余命いくばくも無い者に風邪の心配とは、ミヤビとやらはなかなか諧謔を弄する娘よ」
ジャンパーを羽織りながら、執事を呼びよせ耳打ちするニコレシア、
「ヨーナス、全員の紹介状は用意してある、達者で暮らせよ」
使用人達の涙に見送られ再び空に向かう気球、ある程度の高度に上がると貴族の森はハッキリと分かる、本来は領主が狩りをする為のプライベートな森だが、中ほどには不自然な畑が広がっている、
「ニコレシア様、あれがコカフィーナの畑で間違いないですね」
「さて、どうだろうな、まずは降りてみないか?」
「コンチータ、あそこに降りられる?」
「やってみましょう」
ウサギ耳が答える。
地上に降りたわたし達の目の前には石垣の列、上から見ると畑の連続に見えたけど、意外に高低差があるわよ、そして石垣の隙間からは清らかな水が流れている。
数軒の作業小屋からは女性達が出て来て、不安な目で突然の訪問者を見守っている、
「作業者は女性が多いですね」
「行くあての無い寡婦達だ、彼女達が生きて行くには我が領はまだ貧しいのでな」
“だからって麻薬密造が正当化される訳ではない”
「未亡人に仕事を与えるとは優れた為政者でございましょう、されど作っている物が問題では?」
ニヤリと口角を上げたニコレシア、
「パスパ! こちらに」
いかにも現場を仕切っていそうな頭の回りそうな女性が駆け足でやって来た、
「こちらのお嬢様に、自慢の作物を見せてやってくれんか」
「かしこまりました、ニコレシア様」
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