第68話 お風呂場の魔物
トリスタン子爵との面会から20日以上が過ぎた今、わたしはまだガイセ迷宮に潜っている、王都から派遣された麻薬捜査官フーゴさんの“お願い”だ。
いつまでも保養地でダラダラ過ごすのも不自然なのでわたし達は害虫だらけの迷宮に潜り、ハエの魔物やムカデの魔物と戦っている。
「ミヤビ様、いよいよ今日は21階層ですね」
「そうだけどエステル、あなた魔物平気なの?」
「戦闘奴隷ですよ、わたし達は」
ニッコリ笑うとブンブンと腕を振り回す犬獣人、彼女達はどんな姿をしていても魔物は魔物、と言う認識なのだろうか、ねぇ台所に黒い虫がいても平気なの?
そうそう、ガイセ迷宮は長丁場になりそうだからダ・デーロから居残り組を呼んだわ、疲れが貯まらない様にローテーションを組んでいるの、下の層に行くとちょっとした油断が大怪我につながるからね。
「アニカ早くしなさい!転移するわよ」
小柄な10歳がかけ足で助走して全身を使って綺麗なジャンプ、転移陣の中にスットっと着地、
わたしは切符の魔核を魔法陣の中心に置くと、キラキラした光に包まれる。
「21階層ですね」
今まで通って来た20の階層と造りは殆ど変わっていないのに、何故か背筋にゾワゾワした物を感じる、
「えっとー、21階層からはバボサと言う魔物が出てきます、口から酸を吐くから注意してください」
「ねぇ、カタリーナ、バボサってどんな外見?」
「えっ、普通の魔物ですよ、あっ、ほらいました!」
通路の真ん中に居坐っているのはキャリーケースくらいのナメクジ、キャリーケースって言っても海外旅行に持って行くサイズよ、
ハエやイモムシが出て来たから何が来ても驚かないと思っていたけど、特大サイズのそれは威圧感抜群ね、全然震えてなんかいないわよ。
そうよ、あれはカタツムリよ、デンデンムシよ、童謡になる位可愛いものなのよ、今は住宅ローンが組めなくて持ち家が持てないだけなの、
そうやって自分を落ちつかせていると、
「やぁー!」
直剣を中段に構えたディアナとヘルディアが突進、二人がほぼ同時に剣を当てると言う連係プレーで軟体魔物はあっさり絶命、
その後も前のめりの戦闘奴隷達の積極的な攻撃で、わたしの出番なし、
「ねぇ、カタリーナ、みんな積極的な気がするけど気のせいかしら?」
「ああ、ミヤビ様、バボサは農家の天敵みたいな物ですからね、自然と力が入るのでしょう」
作物の葉を食い荒らすナメクジは農家の天敵、もと農家の娘達にとっては駆除しなければならない害虫なのであろう。
▽▽
娘達の剣技で魔物狩り、打ち漏らしたり手に負えない場合はわたしの炎魔法で倒していくのだけど、23層にまで降りて来ると急に相手のレベルが上がった、口から緑色の酸を吐き出すの、
もちろん全員酸除けの丸盾は持っているけど、ナメクジは意外に狡猾、例えばナメクジと戦闘奴隷が3対3の場合は一人に酸を集中させて来るのよ、それも上段、中段、下段と攻撃を分担してよ、
飽和攻撃で相手を戦闘不能に陥れる連係プレー。
「ミヤビ様、変ですね、急にバボサが出なくなりました」
「どこかに隠れているかもね……」
「危ない!」
獣人エステルが獣の反射神経でわたしを突き飛ばすと、わたしのいた場所に酸が降って来た、
「どうして上から来るのよ!」
ウサギ獣人のコンチータが魔力ボールを真上に放りあげると、小さいながらも人工の太陽が生まれ迷宮壁を照らす、レンガ塀の高い位置にはナメクジがビッシリ。
もはや隠ぺいの必要が無くなったと判断したのか、緑色の酸の雨がゲリラ豪雨のごとく降りしきる、
「撤退よ!」
カタリーナが大きな声で叫ぶと全員が方向転換、全速力で駆け抜ける、わたしの頭の上はナーディアが丸盾でガードしてくれているけど、みんな大丈夫?
「キャァァァ」
誰かが酸の直撃を受けたの?
「誰?」
「分からないっす」
戦闘奴隷が死亡する事を“消耗”と言う言葉で片付ける冒険者がいるけど、わたしはまだ一人も死者を出していないし、消耗なんて言葉を使うつもりもないわ、必ず全員で帰るのよ。
酸の雨のキルゾーンから撤退したわたし達、急いで治癒魔法よ、左肩を押さえて真っ青な顔をしている少女アニカ、
「アニカ、治癒魔法をかけますよ、腕を出して」
「はい、ミヤビ様」
「ダメでーす、やめてくださいミヤビ様」
カタリーナが大きな声で叫びながらやって来る、
「その状態で治癒魔法をかけると服の繊維まで皮膚と一体化してしまいます」
そう言いながらテキパキとアニカの服を破り、酸で焦げた繊維を取り出し最後は水で洗う、
「大丈夫です」
「ヒール!」
醜くただれた皮膚が光りに包まれ、やがて元の薄暗い世界に戻って来るとツルンとした玉の肌が白く光っている、周りの服がボロボロなのとミスマッチね、
「次は誰?」
迷宮通路は同僚の焦げた服をナイフで切りだしている少女達と痛さを堪えて待っている娘達で溢れだし、野戦病院みたいよ、
わたしは次々と治癒魔法をかけていく。
「ミヤビ様、パティの準備が出来ました」
一番重傷な娘パトリッツア、肩口から背中、お尻の上までやけどの痕、
「今治してあげるからねパトリッツア」
「ミヤビ様、ゴメンなさい……」
「ほら、良い子だから泣かないの、ヒール!」
最後の一人を治したと言う安心感からか、それとも単なる魔力切れか、わたしはその場で意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます