第67話 被害者の会(トリスタン子爵)

 女冒険者と言うか少女冒険者と呼んだ方がしっくりくる彼女だった、外見は幼いのにそれなりの歳の娘を相手にしている様な不思議な冒険者だ、

「お前達、下がって良いぞ」

 壁際に並んだ秘書官たちを下がらせる、これから献上品を検査しないとな。


「ベルナディッタとやら、こちらに来い」

 返事の代わりに綺麗なお辞儀をして極上美人が静かな足取りでやって来る、

白磁と見まがう雪肌が眩しいくらいだ、

 接する前からトリスタン子爵は大きく熱くなる、

 こんな極上品を目の前にして書類に目を通せるほど出来た人間ではない、午後の執務はとりやめだな。


 献上品は子爵の前で膝をつくと、物欲しげに見上げる奴隷ポジション、潤んだ瞳と、プリッとした唇、綺麗な鼻筋、抑え込むのにちょうど良いサラサラヘアー、


「あら、父上、素敵な献上品でございますね」

「なんだニコレシア、ノックも無しに」

「ここは領主の執務室でございましょう、領地の為に専心職務に励む公の場、家庭ならいざしらず、ノックなど必要無いと判断した次第ですが」

 この手の屁理屈の応酬では娘に一日の長がある、相手にするより流した方が得だと判断したトリスタン子爵、


「そんな公の場に何の用だ、家族としての話なら聞けんぞ」

「その様な事は致しませんわ“使用料”の支払いに来ただけですので」

 そう言いながら布袋を執務机に置くニコレシア、ズッシリとした金属の重みで袋は横に広がる、

「  ……  」

「貴族の森の使用料でございますわ」

「ニコレシア、もう充分であろう、手を引かぬか?」


 薄い唇でニヤリと笑う娘ニコレシア、

「わたくしの考えに賛同した方が、力を貸したいと仰られて来ているのですよ、どうして手など引けましょう」

「カレンベルグ殿にはわたしから言っておこう、それで手打ちにせんか?」

「父上は勘違いをなされておりますね、わたしの考えに賛同しているのはホーデリーフェ嬢でございますよ、他にもギジョルニーナ嬢もわたしに協力したいと申しております」


 ホーデリーフェ・カレンベルグ男爵令嬢、娘と同じ“被害者”だ、そしてわたしは自分の娘すら守れなかった情けない父親、

 氷の目をした娘が執務室を後にした時にはトリスタン子爵のたぎりはすっかり落ち着いていた。



 愛娘ニコレシア、蝶よ花よとまではいかないが、それなりに愛情を注ぎ育てた娘、教養もあるし貴族らしい立ち振る舞いも覚え、何よりも優しい性格の娘だと自負していたのだが、

 あの王子が目をつけて来たのが終わりの始まりだった“花嫁候補”として王宮に参内させられた、

 良い噂を聞かない王子だが、子爵が逆らえる相手ではないし、もしかしたら玉の輿に、と言う思いもあった。


 見目の良い下級貴族の娘を花嫁候補と称し弄び、飽いたら親元に突き返す、最低の王子。

 王宮から返された娘の目、光は消え、全ての希望を失い、生命力の炎が消えかかっていた、

“わたしは遊び飽いたからいらないそうですの”




 今更嫁には出せず、保養地で静かに静養させていたのだが、

“貴族の森を使いたい”

 そう言って来たのは王宮から帰って半年ほど過ぎてからだ、その後娘が裏社会の連中と図りごとをしているのは気が付いたが、娘を見捨てたわたしにそれを止める権利は無かった。


 ニコレシアの目に生気が戻り、無口だった娘が昔の様におしゃべりになったのはコカフィーナの製造販売ルートが確立した頃だった。

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