第65話 害虫駆除

 昨日の迷宮では身体よりも心が疲労困憊したけど、一晩寝たらスッキリ爽やかな目覚め、これが体力全盛期の力なのかしらね、それともベルナルディタさんの添い寝の力かな?

 戦闘奴隷達も息抜きですっかり元気になっていたので、6階層までジャンプよ、さよならーイモムシさん、もう二度と会わないと思うけどね。


「エリーカ、マチルダ、前衛よ」

 短い返事でフォーメーションを組む彼女達は頼りになる戦闘マシーン、6階層程度なら単騎でもこなせそうよ。

「来ました!」

「さっそくお出迎えっすね」

「ナーディア、あなたは直衛よ」

「分かっているっす」


「こいつ、すばしっこいわよ」

 6階層の魔物は黒くて油でテカテカしている、名を呼ぶのもはばかられるあの虫、

 ガイセ迷宮、悪意あり過ぎでしょ。


 あの虫はわたしが倒さないといけない、そう決心させたのは前世の記憶からだろうか、

「アリアネ、わたしが魔法で倒します」

「了解!」

「って、来ました」

 シャカシャカと六本の肢を使って這い寄る黒色の虫、サイズはクッション三枚分かしら、


「ファイヤー!」

 やったわね、フンッと鼻息を鳴らしたわたしだが、そいつは二本の触角をクルクル動かしながら向かってくる、

「ヤバイです」

 モレーナ短槍とエリーカの直剣でそいつは止まったけど、炎魔法が通じない相手なの? それとも魔法はダメで物理攻撃専門なの?



 程なくして次の黒い虫が現れる、こいつらどこにでも現れるのよ、

「フローズン!」

 炎がダメなら氷魔法で、一瞬で氷りつけになった黒虫、ナオミが短槍の石突きで叩くと粉々に割れて魔核が現れた、

 こいつには氷魔法が有効な訳ね、そうと分れば、


「フローズン!」

「フローズン!」

「フローズン!」

 昨日のイモムシ同様、いやもっと憎しみを込めて氷魔法を放つわたし、あの虫を殺すのは“国民の義務”って学校で習ったわ。


 ▽


 シャカシャカ動く巨大黒虫を凍らせながら進んで行くと、結構早い時間で10階層のボス部屋に到達出来た、

 重い扉が閉まるとボスの登場ね、わたし達の前に大きめの魔物が鎮座しているのがボス部屋だけど、いつまで経ってもボスは現れないわね、

「いました!」

「あっちにもいるっす!」

「注意して3体いるわよ」

 やつら壁際にそってこっそり移動している、習性まで一緒だなんて駆除するしかないわね、


 狭苦しい迷宮通路から広々としたボス部屋に来て距離感が掴めなかったけど、奴ら軽自動車くらいの大きさよ、高さは腰高くらいだけどね。

「フローズン!」

 青くキラキラする光が黒い虫に伸びて行き、一瞬でクリスタル害虫の出来あがり、


 まだ体の奥は凍っていないのかノソノソと脚を動かすと、ブルブルと身体を震わせ身にまとった薄氷を巻き散らかし、再びシャカシャカと這いだした、

「みんな、弓で攻撃して近寄らせたらダメよ!」

 アリアネが戦闘指揮を執るが、やつらはすばしっこくて矢の命中率が低い。


 いつものボス戦なら壁を背に戦うわたし達だが、今は部屋の真ん中に押しやれた、壁際は黒虫の縄張りよ、

「来たわ!」

 素早い突進は短槍で受け止める、特大サイズのそいつを近くで見ると目は車のヘッドライトくらいあるし、触角も太股くらいの太さ、そしてテカテカした気味の悪い肌艶感、

「後ろ!」

 三体の害虫はしっかり連携をとって、わたし達の手薄な場所に突進してくる。


“キャ”

 悲鳴と共にわたしの前に投げ出されたパトリッツア、黒虫はそのままこちらに向かって突進してくる、

 炎は効かない、氷もダメ、そうなると水ね、

「けるひ屋!」

 高圧洗浄機で壁が綺麗になるCM見たこと有るわよね、商品名を叫びながら両手を向けると害虫は壁際まで飛んで行く、水圧って凄いわね。


 壁に叩きつけられた黒い虫は動きが止まったが、再びシャカシャカ動き出す、凄い生命力ね、さすが人類の遥か前から栄えていただけの事はある、



「けるひ屋!」

「けるひ屋!」

 ドイツ製の高圧洗浄機をイメージすると、水の勢いで壁に叩きつけられた黒い物は次第に弱っていくのか、再びシャカシャカ動き出すまでの時間が長くなった、

「止まっているうちに矢を集中して!」

 返事の代わりに弓弦の音がビンッ、ビンッと響き、黒虫に矢が立って行く、

 それでも動き始めようとする虫にはわたしが高圧洗浄機魔法を放つ、

「あいつら集まって行きますよ」

 最後の力を振り絞って三体が一か所に集まろうとしているが、一番遠くにいる一体がサラサラした砂に変わっていく、やがて残り二体も砂になった。

「終わったわね、帰りの切符をお願いします」

「あんな気味の悪い魔物はもうたくさんよ」

「言えてる~」


「おかしいっす、どうして魔核を取っていないのに砂になったっすか?」

 ナーディアがもっともな事を言うが、その言葉の意味は数秒後に明らかになる。


「何あれ」

 モレーナの喉の奥から発せられた驚愕の先にはマイクロバスくらいの黒虫が鎮座して触角をクルクル動かしている、

 さっきの三体は前座って言う意味?

「どいて、綺麗になりなさい、けるひ屋!」

 水圧魔法を放ったが、先程の三体とは質量が違ってビクともしない、


「みんな矢を放ちなさい、目を狙うのよ、大きいから簡単よ!」

 わたしの魔法が通用しない事で動揺しかかった戦闘奴隷達の士気を高めるアリアネ。

 中央付近に密集しているわたし達に向かって突進してきた黒虫の親分をギリギリでかわすと、下腹に短槍を突き刺す彼女達。

“炎がダメ、氷も効かない、水も効果無し、残っているのは”

「みんな口と鼻を塞いで!」


 無敵の赤いニワトリ、ノズルをプッシュすると噴霧される白いエアロゾルを頭にイメージして商品名を叫ぶ、

「緊張・折る!」

 わたしの手の平から伸びた毒の霧は黒虫に直撃、ボス部屋全体に殺虫剤特有のあの匂いが立ちこめる、わたしはそのまま床を見ている、

 ガッシリと抱き寄せられると、口を無理やり開かされて苦い物を押し込まれる、

「ミヤビ様、ゴックンしてください!」


 頭がスッキリした時には戦闘奴隷達はひっくり返った黒虫の親分を寄ってたかっていたぶっている、次第に六本の肢の動きが止まる、

「ミヤビ様、魔核をお願いします」

「分かったわ」

 涙目になりながら帰りの切符を手にしたわたしだった。

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