第59話 服従のポーズ

 馬車の扉が開くとうら若いメイド達が悲痛な表情で言う、

「無理です、このままでは全員殺されてしまいます」

 そう言って彼女達も盗賊の方に向かって行く、

「お前達、最後まで姫様をお守りしろ!」

 わたしは精一杯叫ぶ、盗賊達は信じられないくらい簡単に獲物が手に入りそこかしこで野卑な笑い声が響いている、

「もう良いです、こうなったのもわたしの“うんめー”と言うものでしょう」

「ナーディア様、なりませぬ」

 今一つ馴染まないドレスを着たナーディア、もっと馴染まない貴族っぽい言葉を話しながらシズシズと盗賊達に向かっていく。



「おい、姫様は俺が頂くぜ、お前達はメイドで我慢しろよ」

 盗賊の頭とおぼしき男が宣言するが、そのメイドも若くて粒ぞろいなので部下たちも文句なんて出る訳ない、

「どうかよしなにお願いしまいます」

 リーダー格の男の前で膝を落としたナーディア、女性の頭が下腹部に来て、男の征服欲を満たすポジション、

 メイド達も“姫”に習い次々と膝を落とす、盗賊達はにやけ笑いよ。


 他に隠れている者はいないし、潮時ね。

「セドラーチェクの誓いを最後まで守れ!」

 わたしの合言葉と同時に姫やメイド達の袖口に隠されたナイフがバカな男共のアキレス腱を切る、

 一瞬で動きを封じられた盗賊達はズリズリと這いつくばっている、

 森の中で突然開かれた饗宴は始まりと同じ位突然終わりを告げ、残りの盗賊は逃げようとするけど、戦闘奴隷にかなう訳もない、

 メイド達は隠し持っていたレイピアやエストックを血のりで汚して行く、

「2人は残しなさい」



 わたしと同じく騎乗していたアリアネは馬首を返し、後ろにいた盗賊達に襲いかかる、

 そうそう、わたし達の馬は特別に訓練されていて、騎手が合図すると前足を上げて人を踏みつぶして行くの、後ろの方から悲鳴が聞こえて来たけどあんまり見たくない光景だから聞こえなかった事にしておきましょうね。



 無傷で残した2人に死体を片づけさせ、道を塞いだ丸太を撤去させている、

 盗賊達は全部で16人もいたわ、

「あれ、この男、馬小屋にいましたよ」

「あっ、こいつも野菜を洗っていましたよ」

 顔を知っている人も何人か、


 わたし達が出発して程なくして待ち伏せをしていたからビスカスの住人で間違いないわね、やけに小奇麗な理由が分かったわ。


 久しぶりの“お姫様作戦”寂しい街道を女ばかりの馬車を走らせ盗賊を引き寄せる撒き餌みたいなもの、

 わたしの戦闘奴隷は優秀だから盗賊達に遅れを取る様な事はないけど、リスクはあるわよね、

 実はこう言った盗賊達には地元の有力者達がバックにいる事が多いのよ、街の顔役だったり、あこぎな商会だったり、領主自らって言うパターンもあったわよ。


 そんなバックは盗賊との関係を認める訳もなく最終的には切り捨てられるし、わたし達も追及はしないけど“貸し”を作る事が出来るわよね。

 さてイモムシの尋問よ。



 ▽▽



 野盗のリーダー格エドモン、リーダーと言ってもキッチリした組織ではなく、ビスカスの街のちょっと悪でケンカの強い連中が自然発生的に集まって出来ただけの集団、

 女ばかりの旅人を大勢で襲い、楽しんだらそのまま人買いに売って小づかい稼ぎ、楽しむには金が必要なんだよ、


 今は両脚の腱を切られ、手だけで這いつくばっている、道の際まで行くとメイド達に蹴られるので、ズリズリと這いつくばって逃げ回っている。

“ポコ、ポコ”と蹄の音、

 地べたを這いまわる自分からは馬はまるで巨人、奴ら踏み殺す気だ!



 ▽▽



 リーダー格とおぼしき男の目の前まで蹄を進める、

「さぁ、あなた申し開きの時間よ、まずは名前からね」

「……俺はエドモン、すまねぇ、殺す気はなかった、ちょっと金目の物があれば頂いて小遣いにしようと思っただけで……」

 わたしは愛馬に合図するとオーラフはいななきと共に両前足を持ち上げ、

“ズンッ”と言う音が石畳を揺らす、


 這いつくばっている人間には振り下ろされた蹄は天からの怒りの鉄槌に見えたのであろう、ズボンに染みが出来ている、

「さて、エドモンさん、他にお話しする事あるんじゃないですか?」

 丁寧な口調はこちらが圧倒的に有利な証左、だがエドモンからそれ以上の話は出て来なかった。



「ミヤビ様、よろしいですか?」

「なに?マルチナ」

「身体検査をしてみたら、ほぼ全員がこんな物を持っていましたが」

 差し出されたのは銀色の筒、

「何これ?」

 単なるパイプに見えるが端の形が変だ、そうそうこの世界では紅茶やコーヒーはあるの、タバコは栽培が難しいらしく流行っていない、

 

「タバコのキセルに見えなくもないけど、本人に訊くしかないかしら?」



 ズリズリと森に向かって這って行くエドモン達、彼らは夕刻までには魔物か森の生き物に喰い殺される運命、それでも生きようとしているとは、生に対する執着が凄いわね。

「エドモンさーん、今から馬車に乗せて街まで連れて行ってあげましょうか?」

「本当か?」

「わたくし、ウソはつきませんわ、

 ところでこれ何だか分かります、教えてくださいな」


 エドモンの前に銀色の筒を見せる、

「これは薬だ、こいつで薬を飲むんだよ」

「なーんのお薬?」

「コカフィーナって言う薬だ、飲むとスッゲー気持ち良くなるんだぜ」

 わたしの頭の中に転生前に良く見たキャッチコピーが浮かび上がる

“ダメ!絶対!”



 こいつらにバックはなく、薬代欲しさに盗賊のまねごとをした地元の若者達だった、今回は外れね、

 わたしは両手の平をエドモンに向ける、

「おい、助けてくれるっていっただろ」

「治癒魔法をかけて差し上げますわ」

 手の平からは電気が流れ出る、焼け焦げる程ではないけど心臓を止めるには充分よ、

 少し前までエドモンだった物体がビクリッと最後の痙攣を起こす。


 この世界ではわたしだけが使える電気魔法、魔法と言うのはイメージが大切なの、生まれて以来電気を知らない人には想像出来ないわよね、

 正確には“雷魔法”なんて物があるけど、何もかも倒してしまう破壊魔法で電気とはちょっと違う。



 身体が震えて動かなくなった盗賊を氷の目で見下ろすわたし、ゴメンねお姫様作戦は生き残りがいると面倒なのよ。




 お昼前には奴隷商会の馬車隊が追いついたので合流して進みだす、昨日と同じ車列、昨日と同じ蹄の音、昨日と同じ青空、

 ビスカスの人口が少し減ったけど、空の青さに変わりは無いのね。


 乗馬しての護衛はお休み、わたしは馬車に乗り込み、お姫様のナーディアと入れ替わり、

“重たいスカートを脱げるなら願ってもないっす”

 なんて喜んでいたナーディア、憧れのお姫様は半日でウンザリしたそうよ。


「……盗賊は重罪です、あのまま街の警邏に突きだしても苦しんだ末に死罪だったでしょう」

 向かいに座っている戦闘奴隷ヒセラがわたしの罪悪感を消そうと気を使った話を振って来るけど、そんなに気を使わなくても平気よ、

 わたしはこちらの世界に来て5年も経つの、常識の違いは慣れたし人命の軽さも覚えたわ、人権と言う言葉は有るけど貴族にのみ適用される言葉らしいの。

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