第三部 五年後
第52話 どうしてこうなった?
身体がかゆくてたまらない、爪でかくけど、次から次に羽虫が現れ肌にまとわりつく、追い払っても追い払ってきりが無いし、ヒリヒリしたかゆさは広がるばかり。
一人のわたしは身体中をかいているけど、もう一人のわたしはそれを眺めている、
“ああ、これは夢だ”
自分が夢を見ていると自覚する夢、明晰夢と言う現象だ……
だれかが身体を揺すっている、
「ミヤビ様、起きてください」
迷宮の薄明かりをバックにケモミミ少女がわたしを揺り起こす、彼女はわたしの戦闘奴隷、人間と違って頭の上にも耳が付いている獣人と呼ばれる種族の子よ、
犬獣人の彼女だけど、三角の耳以外は普通の女の子よ、
「何?エステル」
「魔物です、それもかなり大きな、もしかしたら竜級かもしれません」
「ドラゴンクラスが出て来るの?」
「ここは33階層ですから」
「わかりました、みんなも起こしなさい」
少し経って自分が間抜けな命令をした事に気が付いた、十余名の戦闘少女達は装備をしっかり整えいつでも戦える体勢、
わたしだけが惰眠を貪っていた訳だ。
◆
ダ・デーロの迷宮、この世界ではそこかしこにある迷宮、またの名をらせん迷宮、階層はあるけど階段は無くドリルみたいにらせん状になっている。
わすなか下り傾斜に沿って歩いて行き、1周すると壁の素材が変わって、
“次の階層に降りた”
と分かるのよ。
階層が下がって来ると迷宮の幅も広くなってくるから、30階層を過ぎると迷宮の中で夜を過ごす事もしばしば。
“ズシンッ ズシンッ”と言う重機の様な足音は鈍感なわたしでも聞きとれる距離まで近づいて来た、
「フリダ、ヒセラは弓を持ってディアナについて行って」
「はい、ミヤビ様」
「ディアナ、分かっているわね」
「ミヤビ様、撃ったらすぐ逃げるのですね、火矢で良いですね」
「相手をよく見てねディアナ、残りのみんなは魔剣と魔槍を準備して、物理が効かない相手よ」
わたし達は薄暗い迷宮を迷うことなく山犬の様に駆けて行く、竜の足音はもはや“ドンッ ドンッ”と腹に響く音になって来た、
「次の角の先が竜の道です!」
レンガや石畳で出来た迷宮、上層階は比較的規則正しい迷宮だが15階層より降りると、レンガで出来た壁がまるで踏みつぶされたかのような、広い道が出来ている、通称“竜の道”
普通の魔物とは比べ物にならないサイズ、四足の竜がランダムに歩きまわっているらしいの、
駆けて行った先には巨大な物体、二階建ての建売住宅に足が生えて歩き回っている姿を想像してみて頂戴、しかも長い首と太いしっぽまでよ、
一番近い生き物は首長の恐竜かしら、史上最大級の陸上生物。
「キレイっすねぇー」
「バカ、ナーディア、感心している場合、あなたはミヤビ様を守るのよ」
「そんな事分かっているっす」
岩陰に隠れながら重機みたいなドラゴンに見惚れている、
体格の良いナーディアがカタリーナに怒られているが、みんなも竜の姿に夢中だ、
青色のウロコを全身にまとった氷竜、アイスドラゴン、身体を覆うウロコは迷宮の暗闇で輝くクリスタル、
これはキレイを通り越して神々しく感じる、幻想的な光景は遠くで光るオレンジ色の光で現実に戻される。
暗闇の中紅色の光の粒が動いている、紅色は次第にハッキリ見え氷竜の背中で大きくきらめく、次から次に紅色の粒が竜の背中に付いていき、竜は悶え苦しむ。
これは火矢で正解だったわね。
「ディアナ、撃ち過ぎよ、早く移動して!」
アイスドラゴンは大きな咆哮を上げ口から怒りの氷風を噴き出す、直撃したら瞬間冷却でフリーズドライにされちゃうわよ。
「ミヤビ様、こっちに来ます! 逃げて」
カタリーナに手を引かれて岩陰まで移動する、氷竜はわたし達を狙ったと言うよりも背中の熱さに耐えかねて暴れているだけかもしれない、
この状態は氷竜の意図が読めなくて危険だ、何しろ四本足の首長恐竜、首は長く、尻尾も太く長い、どちらに当たっても人間ミンチになること間違いなし、弱点は腹よ、
背中に付いた炎の矢を消そうと岩肌に身体を擦りつけている氷竜、
「ミヤビ様、魔法の準備を」
「あっ、ええ、分かったわ」
わたしは心を集中して身体中から魔力を集めると両手を脇に持って来て“波”を放つ準備、
“ズンッ”今までとは比べ物にならない大音響を立てて氷竜は地面に背中を擦りつけている。
全身青色のウロコの氷竜だけどお腹は白いのね、
「……ミヤビ様…早く!今です!」
「えっ、分かった」
脇から前に伸ばしたわたしの両手の平、白い光の球が出来そのまま氷竜のお腹めがけて伸びて行く、
スーッとした感じで視界が狭くなり、地面が見えた、
“あれ、こんな形で地面が見えるのはおかしい”
「エステル、ナーディア! ミヤビ様を安全なところへ、薬を」
「了解っす!」
大柄なナーディアがレンジャーロールでわたしを運ぶ、
米俵の様に肩に担がれたわたし、激しく揺れているけど、文句を言う気力も起きないほど、身体の力が抜けている、
「ここで、下ろすっす!」
「お薬です!」
獣人エステルは強引にわたしの口にガラス瓶を押し込む、口の中に広がる最悪の味、生ごみバケツを濃縮した状態を想像してね、
これより不味いのは前職の風俗嬢時代に経験した“アレ”くらいなものね、あの時は仕事だから涙目になりながらも、美味しそうな演技をしたけど、今は無理!
ソープの売れっ子だったわたしが、どうしてこんな暗闇で戦っているの……
ボンヤリした立ちくらみ状態から一瞬でシャッキとした気持ちになれたのは凄いけど、このお薬作った人は味覚障害だったのは間違いないわね。
まだ竜の暴れる音が聞こえると言う事はわたしの魔法はとどめの一撃にならなかったのね、
戦列に戻ると火矢と魔槍の投てきで氷竜をいたぶっているが、致命傷にはなっていない、
「カタリーナは?」
「今、おとりになっています」
「相変わらず無謀ね」
氷竜の目の前にわざと現れ挑発して、その隙に別の仲間が脇腹を攻める、間違ってはいないけど、危険極まりない事を平気でするのがカタリーナだ。
氷竜は怒りを口から吐き出しカタリーナを狙っているけど、それをギリギリでかわす彼女、
カタリーナの反射神経と集中力がいつまで続くか分からない、氷風の餌食になる前に仕留めないと、
わたしは氷竜が腹を見せた瞬間に、再び魔法を放ち、青いうろこが飛び散ったのが見えた、
立ちくらみでヘニャリと倒れ込む前にナーディアに担がれるが、今度氷竜はわたしを狙いに来ている。
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