沈んでくれない。

こんな気持ち、沈めてしまいたい。なかったことにしてしまいたい。

でもどれだけ上から押さえつけようと浮き上がってくる。

水に風船を押し付けたように。沈まず、ただ水面の上で揺れ続ける。そしてさざ波をたてる。

沈めたい。




3年生になった私は嘘が上手になっていた。

ああ、ううん、違うか。嘘じゃない、けど本心でもない。

結局どうしたいのか分からない。けれど気持ちをそのまま表に出す訳にもいかないから、表面を繕うことが上手くなっていた。

フユキと後輩ちゃんにどう接していいのか分からない。


「後輩ちゃん、頑張ってるー?」

「あ、チヨ先輩!一緒にやってきませんか?」

「いやー、引退した身だし。制服だし」

「なんだ?折角来たんだ、混じって行けばいいだろ?」

「あ。キャプテン フユキ」

「そこはフユキ キャプテン、だろ?」

結局女子バスケに新入部員は入らなかった。二人だけでは練習もままならないので、諦めて廃部にした。私は少し早い引退。

後輩ちゃんはというと、男子バスケ部のマネージャーに納まっていた。そして空いてる時間に男子に混じりながらバスケを続けてる。

来年も新入生を募って、メンバーが揃い次第、女子バスケ部を復活させてやるんだと意気込んでいた。

一見して二人とも普通に見える。けれど、機微に疎い私は実際どうなのか分からない。

少なくとも何かはあったんだ。だからこれまでと同じって事はない。

案外、みんなに内緒で付き合っていたとしても不思議ではない。なんせ後輩ちゃんだ、断る理由が見当たらない。

(いっそオープンにしてくれてれば私だって諦めがつくのに……)

濡れたTシャツのように、余計な考えが纏わりついて私の動きを阻害する。



ある夏の晴れた日、父に言われた。

「今日は夏祭りだそうだよ」

「はあ……」

「最近、ずっと家に籠りっぱなしじゃないか。たまには気分転換に行ってみたらどうだ?」

「私受験生……」

「根を詰めすぎるのも良くないだろう?」

「誰の差し金?」

「お前の友達」

店先に目を向けるとフユキがいた。「よ」と軽く手をあげる。手にはゼリーを持っていた。

「何しにきたの?」

「いや、元気にしてるかなぁーって」

「いや、絶対ゼリー買いに来たついでじゃん」

「いや、気にしてたのは本当だって。……3年になってあまり話さなくなったじゃん?」

「それは当たり前じゃん。私、部活引退したんだから」

そもそもそういう関係だったんだから。

でもおかげで私はホッとしてたぐらいだ。……フユキと後輩ちゃんが仲良くしているところを見なくて済むと思って。

「なあ、一緒に夏祭り行かないか?」

「なんで?」

そう言って私はフユキと遊ぶのに理由が必要だと思ってる事に驚いた。

「チヨと行きたいと思ったから」

「……私と行っても楽しくないよ?もっと他の、例えば後輩ちゃんとかと行けばいいじゃん?」

「え、なんで後輩ちゃん……まあ、いいや。逆に好都合」

「え?」

フユキが持ってるスプーンで店の外を指す。浴衣姿の後輩ちゃんが小走りで店に向かっていた。やだ、マジ天使。



二人で行けばいいじゃん、とゴネたところ、お前が来なきゃ解散すると二人に脅されて無理やり連れ出された。

「私服の先輩、新鮮です……っ!!」

「いや、普段着過ぎてホント申し訳ない……」

Tシャツにジーンズ。ラフ過ぎる。かといって、浴衣なんて持ってないしなぁ。

「全然!あの、写真撮っていいですか!?」

「ダメじゃないけどこの格好をカメラに収める理由が分からない……後輩ちゃんの浴衣姿撮っていいならいいよ?」

「あ、綿あめ買うからちょっと待て」

「お前はさっきゼリー食べたばかりだろ!?」

「別腹」

「どっちも甘いんだけど?」

結果として、結構楽しい時間が過ごせたと思う。

一緒に回っていたら、開けた場所に出た。そこには、バスケのゴールと無造作に転がっている誰かの忘れたボールがあった。

「……やってきませんか?」

そう言いだしたのは後輩ちゃんだった。

「いやいや、夏祭り中だし。後輩ちゃん浴衣だし」

「でも、顔がやりたそうですよ?」

「なあ、ちょっとだけ、やってかないか?」

「……なら、ちょっとだけ。ちょっとだけなら」

しばらくすると

「嬢ちゃんたち、ココいらじゃ観ない顔だな?良かったら俺たちと遊んでかないか?」

社会人らしき3人が声を掛けてきた。

「え、いや、でも、ちょっと人数が……」

「受けて立ちます!!」

「ちょ!?後輩ちゃん!?」


「フユキ!」

私がボールをスナップを効かせて飛ばすと、いて欲しいところにフユキはいた。

「チヨ!」

逆にフユキは私が思い描いていた場所にボールを投げ込んでくれる。

……ああ、本当に。心地いいなぁ。


「やっぱり若いコは元気だな?オジサンたちはもう限界だわ……」

「ありがとうございました!とっても楽しかったです!」

「ああ。また機会があればよろしくな」

そういってオジサンたちは大の字に寝転がったり、ビールを飲みだしたりし始めた。

そういう私も地面に大の字に寝転がっている。

(あー、楽しかったっ!)

どうも私はいつの間にかアレコレ溜め込んでいたみたい。

……もう、こんなやりとり、できないと思った。って、ところでハタと気づく。後輩ちゃん!

後輩ちゃんに目を向けると、目が潤んで上気していた。

「カッコよかったです、先輩っ!!」

「あー、ゴメンね?放ったらかしちゃってて」

「いいえ、全然。先輩の雄姿を久しぶりに見れて最高です!」

「あ、そう……って、あ!?」

しまった。夏祭り中に、こんな汗だくになるとか!?

「よぉ、お疲れー。いやー引退しても動きがキレキレ……」

「近寄るな!」

「ええ……?」

フユキは随分とショックを覚えたようだった。だが、ココだけは譲れない。

「いや、そのさ、今、私たぶん汗臭いからさ?」

「そうですか?クンクン……、甘くていい匂いしてますよ?」

近寄ってきた後輩ちゃんが余計な情報をあげてきた。

「え、甘いの?」

フユキが興味を示してきた。

「フユキは絶対近寄んな!」

突如激しい明り。遅れてヒュー、ドンというお腹に響く音。花火が始まった。

私と後輩ちゃんが並んで、フユキは少し離れたところで社会人さんたちと一緒に花火を見ていた。

「チヨ先輩……冬頃から私達と距離取ってましたよね?」

「そんな事ないよ」

「バレンタインの時、体育館にいました?」

「いなかったよ」

「私ですね、振られました」

「え!?」

「でもまだ諦めるつもりはありません」

告白してる分私の方がリードですからね、と彼女は花火に照らされながら私に微笑みかけた。


私はフユキが好き。

そこから目を逸らしちゃダメだったと思う。

で、私はフユキとどんな関係になりたいかというと……

Tシャツぐらい、かなぁ?

普段着なんだよね。日常で、気兼ねなく、肩ひじ張らず、一緒にいたいんだ。

怒っていいし、怒られていいし、喧嘩していい。

でもすぐ仲直りできるだろうってフユキとなら思える。その安心がある。

恋人らしい事って、未だによく分からないけど……。

私はフユキとそんな感じで日々一緒にいたいし、フユキにもそう思ってて欲しい。だったら私もフユキに対して素直じゃなきゃ嘘だよね。受け止めてくれるか分からなくてもさ?



「なあ、チヨ!頼みがある!チョコをくれ!」

「あいよー。でも手作りが1個しかないから大事に食べてよね?」

という、初めてフユキとバレンタインにチョコの話をした。


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私のそれはきっと、風船みたく、シルエットのように、Tシャツぐらいの dede @dede2

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