「せんばーい、なんで風船膨らませてるんです?」

「あ、うん。もうちょっと飾ろうかなって」

後輩ちゃんが私のクラスに遊びにきてくれた。

後輩ちゃん。バスケ部で私の唯一の後輩。……一人しか入部しなかった。

3年生が引退してからは人数が足らずに試合にも出れなくなった。

それでも在籍してくれて、本当に感謝しかない。マジ、私の天使。

来年こそは試合に出れる部員数にしたいなぁ。

後輩ちゃんは、室内を見渡す。

「十分きれいだと思いますけど?」

「折角お祭りなんだし、もっと凝りたいなーって。あと、単純に暇」

「ああ」

私は風船の口を咥えると息を吹き込む。

今は文化祭中で、うちのクラスの出し物はメイド・執事喫茶で、私は制服姿で会計をしていた。

「先輩、メイド服着ないんですか?」

「私、裏方だから」

「ぶー、見たかったのに。一緒に写真撮りたかったのに」

後輩ちゃんは不服そうだった。

「残念でした」

「あれ?チヨ、メイド服じゃないの?見に来たのに」

ちょうどそこにフユキもやってきた。私は風船の口を結ぶ。

「フユキ先輩もやっぱりそう思いますよね!ほら、今すぐ着替えてくださいよ!」

「くださいよ!」

フユキもニヤニヤしながら悪ノリして後輩ちゃんに便乗する。

「え、その話、まだ膨らませるの?私より他のコが着た方が有意義だって。例えば、そう……後輩ちゃんとか。ね、可愛いと思わない、フユキ?」

「ああ、確かに似合うと思う」

すると後輩ちゃんは戸惑いながらもまんざらでもないようで嬉しそうである。

「そ、そうですかね……。って、お客の私がメイド服着たらただのコスプレじゃないですか!」

「でもそしたらクッキー貰えるよ」

「え?」

「ほら」

私は広告のために刷ったポスターを指差す。そこには『コスプレで来場のお客様、店員にトリックオアトリートと言えばクッキー無料!』と記載されていた。

「お祭りだからね。ハロウィンも近いって事で」

「コスプレのお客さんって、いました?」

「結構いたよ?小さな子が多かったかな?」

コスプレした小さな子供がたどたどしく「トリックオアトリート」と言い、クッキーを受け取ると嬉しそうに「ありがとうお姉ちゃん」ってお礼を言われるのは、ただただ私が得していて他の人に申し訳なかった。

「でもチヨんちのクッキー無料で貰えるの、何気にお得だよな。俺も着替えてこようかな?」

「フユキはいつも食べてるじゃんか……っていうか、コレ、うちの店のクッキーじゃないよ?」

「え?違うの?」

「採算取れないもん。このクッキーは私が焼いたヤツだよ」

道具はうちに揃ってるし、材料もうち経由で仕入れると安く抑えられるから私が適任だった。

「残念だったね、フユキ。……フユキ?」

「……」

フユキはしばらく思案した後、クラスの男子に話しかけると二人して店の裏に消えていった。

「後輩ちゃん、アレなんだと思う?」

「ええ?つまり、そういうことですよ」

後輩ちゃんは、何がそんなに難しいのか複雑そうな表情で答えた。

「どういうこと?」

しばらくすると執事姿のフユキが戻ってきた。

「どう?」

「かっこいいです、フユキ先輩!」

後輩ちゃんは嬉しそうだ。

「チヨ、どう?」

「え?」

「えって……ほら、感想」

「んー、新鮮だわ」

フユキは肩を落とす。

「新鮮って……ああ、まあいいや。じゃあ、トリックオアトリート」

「……」私は机の中にしまっていたクッキーの袋をフユキに手渡す。

「そんなにお菓子食べたかったの?別に言ってくれたら着替えなくてもあげたのに……」

「着替える前に言ってくれ」

フユキは早速袋を開けると中に手を突っ込む。

「私も食べたいです」

「いいよ。はい」

「ありがとうございます。……わ、美味しい。美味しいですよチヨ先輩!」

「ありがとう。で、フユキはどう?」

「ん?」

フユキは早くも4つ目を口に運んでいた。

「んって、ほら、感想」

「えーっと、……新鮮?」

「何それ?仕方ないなぁ」

まあ、フユキなりに気を使ったのだろう。流石にお店のクッキーの方が美味しいのは分かってる。



すっかり暗くなった中、私は体育館に向かっていた。

一度は校門を出たものの、途中で部室に忘れ物をしたのに気が付いたのだった。

幸い体育館の灯りは着いている、戸締りに間に合うように私は急いだ。

体育館に着くまでに体育館の電気が幾つか消えた。でも全部じゃない。

何やら様子がおかしいので、物音を立てずに入り口に近寄った。

入り口からは二人の影が長く伸びている。シルエットから、男女であるのがわかった。

そして影から影に何かが手渡されるのが分かった。

(あー、バレンタインデーだからか)

流石に今から中に入るのは野暮が過ぎる。別に明日でいっかと、忘れ物を諦めて回れ右する。


「……ありがとう」

「あの、フユキ先輩……好きです」

その声を私は聞きたくなかった。


その光景に照らされて、私の心の内で影が伸びた。そのシルエットは案外輪郭がハッキリしていて、随分前から居座っていたらしい。

私は自分の恋というものを初めて自覚した。





「ふへー……」

「チョコくれー」

(ピクリ)

翌日の放課後、私が無気力に机に突っ伏していると、フユキがやってきた。

私はなるべく動揺が表に出てこないように平静を装うと体を起こしてフユキと向き合う。フユキは至って普通そうだった。

「ごめん、今日はないや」

「え、昨日バレンタインだったのに?」

私はフユキから発せられたバレンタインの言葉にも反応しないように気を付けて続ける。

「うん、今年は結構売れたらしくって。ごめんね?」

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