【1500字小説】『手が冷たいです』と後輩が言うのですが……握ってもいいですか?

薬味たひち

手を握ってもいいですか?

 秋の匂い香る9月のある日

 図書室の閉館時間まで勉強していた俺は、一人校舎の外を歩いていた。3年間打ちこんできたテニス部も7月に引退し、大学でもテニスを続けるため、毎日学校に残って勉強しているのだ。

 夜もだいぶ肌寒くなってきたな。


「せ~んぱいっ」

 

 ドンッと後ろ肩を叩かれる。部活をしていた頃は毎日聞いていた声。

 テニス部の後輩、柏木かしわぎ結姫ゆめだ。

 入部した時からよく俺に絡んでいた後輩だが、それも今では皆を引っ張る副部長……感慨深い。


「久しぶりだな、結姫」

「お久しぶりで~す。せんぱいはこの時間までお勉強ですか?」

「ああ、受験生だからな。お前は自主練か?」

「はい! 大会が近いので。今回は絶対勝ちたいんですよ~」


 俺が部活をしていた頃は、結姫と二人で自主練に残ることも多かった。ほんの2か月前のことなのに、懐かしい気持ちになる。

 俺たちはどちらも電車通学なので、駅までの道を一緒に歩く。方角は逆なので駅のところでお別れだ。


「今日は冷えますね」


 もう秋なので夜の空気はとても冷たい。しかも俺は制服だが、結姫はユニフォーム。上はジャージを羽織っているものの、下はスコートなので相当寒そうだ。

 ……結姫の太もも、透明感がすごいな。そしてジャージから覗くユニフォームは、胸のところが大きく膨らんでいる。部活の時は意識することがなかったけど、結姫ってこんなに色気が……って、どこ見てるんだよ俺。ただの先輩と後輩じゃないか。平常心だ。


「ああ。冷えるな」


 俺は平常心で返事をする。何をドキドキしてるんだよ。2か月前までいつも一緒に帰ってただろ。……でも、やっぱり少し大人っぽくなった気がする。副部長として頑張っているからかな。


「手も冷たいです」

「ああ。冷たいな」


 待てよ、これはもしかして手を繋いで欲しいってこと……いや、早まるな。俺は結姫にとってはただの先輩だ。結姫は手が冷たいという事実を述べているにすぎない。客観的に考えろ。手を握ることを了承されたわけではないだろ。痴漢で訴えられても反論できんぞ。平常心だ、平常心。


「手が寂しいです」

「ああ。寂しいな」


 待て待て待て。手が寂しい=誰かに握って欲しい……というのは都合のいい解釈だ。手袋が欲しいだけかもしれない。それに、仮に誰かに握って欲しいとして、その対象が『俺』であるというどうして言えよう。俺が結姫を意識してるからそんなことが頭に浮かぶんだろ。平常心!!!


「彼氏にあっためて欲しいです」

「……ああ。あっためて欲しいな」


 まじかよ、おい。これは絶対そういう……いったん落ち着こう。ほんとは彼氏がいて、ただ言葉通り彼氏に温められたいだけの可能性もある。だって、結姫はかわいいし、色気があるし、胸も大きいし、努力家だし、優しいし、こんなに素敵な女の子は他にいないぞ? 絶対モテるに決まってる。そもそも、俺みたいなテニスしか取り柄のない男と釣り合うわけがない。目を覚ませ、俺。平・常・心


 駅に到着した。時間も遅いため人気ひとけはほとんどない。


「じゃ、じゃあな結姫。大会頑張れよ」

「……」

「結姫?」


 結姫は頬を膨らませて俺を睨みつけている。はっ、まさか結姫の身体をちょっといやらしい目で見ていたのがばれたか……?


「……先輩に……彼氏になって欲しいです」


 ボソッと結姫は言った……って、え? か、彼氏?


「だめ、ですか?」


 目をウルウルさせて俺に訴えかけてくる。やばい、めっちゃかわいい。

 平常心……はもういらないか。


「……大学合格したら、俺と付き合って欲しい」


 結姫の顔がぱっと明るくなる。

 そしてにやりと、俺をまねた低い声で答えた。


「ああ。付き合おうな」

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【1500字小説】『手が冷たいです』と後輩が言うのですが……握ってもいいですか? 薬味たひち @yakumitahichi

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