第6章 己の座標⑤
そして色々あって寝て起きて。
夜の十時になりました!
廃ビルの屋上で一人待つ。
「———よぉ、山田太郎」
スペードは翼を生やしたまま飛んできて、すたっと着地した。
相変わらず声は枯れている。
というか悪化している。もはやよく聞かないと何で喋ってるかわからない。
「準備はできたか?」
「あぁ……だが聞かせてくれ、なんで吸血獣を出すことができた」
「言わなきゃダメか?」
「入ったときにより動けるかもしれない」
「そうだなぁ……無理すればよ、赤い月がなくても出せんだよ、まぁそのあとは身体バキバキなんだけどな」
「それになんだ、お前らの目的を知らないと俺が喋る気にもならないぜ?」
「なんだ、最終盤みたいなこと言いやがって」
メタいこと言うやつだ。
ねぇ!ひどいやつですよね読者の皆さん!
「言わないならお前は聞く権利もない」
「———遺伝子を集めて最強の存在を作る」
「———ふぅん」
「なんだ、どうでもよさそうに」
「俺の目的に比べりゃあ、ふわふわしてると思ってよ」
「随分と自信がおありだな」
「あぁ、びっくりするだろうぜ」
「だがそれをさっさと決めたお前が、何年も頑張ってる勝てるかなぁ?」
「結局煽ることしかできないのか?自分が弱いと叫んでるみたいなもんだぜ」
「じゃあお前には、もっと叫んでもらおうかな」
そう言うと、どこからか何かを取り寄せた。
———傷だらけの紗奈だった。
「お前———」
青あざ、切り傷、そして腫れ。
おそらくさまざまな暴力を受けたのだろう。
「ギャアギャア騒ぐもんだからよ、静かにさせたまでだ。助けを呼んでたよ、龍宮寺、龍宮寺ってなぁ」
そのまま雑に紗奈をその辺に投げる。
「これも守れないのがお前の現状ってことだ———とっとと投降しろ」
「———もういい」
とにかく彼の元に突っ込む。
狙いはもちろん———喉。
「だがそれがどうした」
スペードは何やら口元に手を当てる。
すると何やら手を振動させ始めた———おそらく、口に波を乗せている!
「ブレークタイムだ」
そのまま拳が俺の前に飛んでくる!
何とか左腕で防ぐ!だが、何やら様子がおかしい!
「———左腕が、動かない!」
「俺が喋りきる前に攻撃してきたことは褒めよう。だがな———その対策もこっちはしてんだよ」
「クソッ!」
左腕が動かない———解除する方法もわからない———いや待てよ⁈
「こうすればいい、そうだろ」
俺は左手を口で吸い始めた!
「———まさか!」
さすがはスペード、既に気づいているらしい。
———声の波で止めるということは、息を吐く際の振動で止めているということ。
———さっきのは一点集中、それも一瞬しか声を乗せていない。そのため、反対である息を吸う振動を与えれば、この程度は元に戻せるはずだ。
当然、左腕は元に戻った。
「———さすがは第一位、とでも言うべきか」
「まぁな———生憎お前もそんな状態だ、構えるほどでもない」
———瞬間、スペードは何やら眉間に皺を寄せた。
「———気づいていたか」
———こいつの能力は喉から発生して発動する。
———だがこいつは、喉を枯らしている。
「どうするのか困るのはお前の方じゃないのか⁈スペード!」
「心配はいらないさ、止めればこっちのものだ」
「ならその前に潰すまでだ」
俺は高速でスペードの前に飛ぶ!
そして喉を狙って突きを放つも、防がれる!
そのまま殴り合いに発展していく!
双方同じくらいなのか、拮抗している。
だが、これは作戦だ。
「なんだ、軍隊仕込みだな」
「いい先生がいたんだよ」
「はぁ、そいつも女だろ」
「無論な」
十二時間ほど前。
俺は組織の訓練室で、庵野さんに教えてもらっていた。
訓練室は組織の構成員なら誰でも使えるほか、予約すればさまざまな専門家から指導を受けられるというものがある。
時間が合わないので俺は使ったことがない。少し勿体無い気もする。
ということで教えてもらうことになったのだ。
「まずいいですか」
「何ですか山田くん」
「———あいつは、喉を枯らしています」
「それは言われませんでしたね」
「忘れてたんだと思います。ですが、それにより多分時を止める範囲はブレると思うんです」
「———声が不安定な波になるから」
「なので、避けることが可能になると思うんです」
「そうですか———あなた諸共封印するのは無しになりそうですね」
「あれそうする予定だったの⁈」
「冗談ですよ、まぁ最悪も最悪のケースの話です」
「じゃあ元々は?」
「一瞬で捕縛して幽閉する、ですかね———でも多分人員がかなりいります、しかも時を縛る前に止められれば無理です」
「では今からは?」
「やること自体は変わりません。ただ、山田くんだけでどうにかできる可能性が出てきました」
「ならよかった」
「———君は、本当に自分のことを考えないんですね」
「あくまでされたことを返しているだけですからね、ずっと」
「———大人から見ると悲しくなります」
そうかな?
そうかも!
「———でも大丈夫です、俺はある作戦があるんです」
「それは?」
俺は作戦、というかそれを可能にする原理を話した。
「———なるほど、でもそれは結局、山田くんは傷つくという点では、封印とは変わらないと思いますが」
少し言葉ひとつひとつが重くなる。
自己犠牲。
悪いことかもしれない。
「でもそれなら、確実に終わらせることができます」
「確かにそう、ですが」
「庵野さんがいるから、この作戦を提案できるんです。お願いします」
俺は頭を下げた。
「———なら仕方ありませんね、大人ですから」
庵野さんは微笑んでくれた。
てかなんだ大人大人って。やっぱり体躯がコンプレックスなのか?知らんけど。
「では、そのためにまずは近接格闘を教えます。マーシャルアーツですよ」
「……今からで間に合うんですか?」
「倒す術を学ぶならそうかもしれません。ですが、今回必要なのは、『長引かせる』術です」
「長引かせる術」
「綱引きに近いですね、倒すほどでない力なら、相手は同じくらいの力で受け流す方向に動く。その中で少しずつ、前進するように力を加えていくんです」
「なるほど」
「そしてもうひとつ」
「もうひとつ」
すると庵野さんはすぐに俺の背後に回ると、首に手をかけて、さらに手足を拘束してきた!
「アッ!アアッ!離れない!」
「そう、拘束です!」
「そうか!」
「これが完全ならば、大丈夫なはずです」
「なるほど……」
庵野さんが拘束を解いたので、俺も立ち上がる。
「さらに最後にもうひとつ」
「さらに」
庵野さんはどこからかスピーカーを三つ持ってきた。
「あ、あー、あー」
そして気づいたら手にマイクを持っていた。スピーカーからは彼女の声が響いている。
「山田くん、時を止められたらどうしょうもないと言いましたね」
「はい」
「そのための特訓です」
「———まさか」
「相変わらず勘は鋭いですね」
「———この三つのスピーカーの音量を、聞き分ける」
そうすることにより、時の止まりが遅い箇所を見つけて、そこで時間を稼ぐことができる。
「そうです」
拍手してもらった。
いつもされてる気がしてきたぜ。
「では、説明も済んだのでやっていきましょうか」
「はい」
「負けないために」
「もちろん」
———ということがあったのだ!
「———?」
スペードは不思議がっている。
当然だ———拮抗させていると思っていたのに、だんだん俺に前進されていたのだから。
ダンス習っておいてよかったぜ。型を振り付けのように覚えられる。
みんなも習え!
———さて、そろそろだ。
俺は奴の背後にスッと移動する———だが!
「———言ったよな?切腹ものだと」
———何⁈
スペードは何かをパッと取り出した———何やら細長い機械のようなもの———。
まさか⁈
小型スピーカー!
それで伝えるつもりだというのか⁈
一旦奴から離れる!
それを上に投げるスペード。
上空のそれから———歯車の軋むような音が聞こえた!
———だが、それは即座に何やら舌のようなものに絡められ、そして地面に叩き落とされた!
無惨に折れるスピーカー。勿体無い気がしないでもない。
舌———まさか!
「澄川か!」
「———ご名答」
なんかまぁまぁでかいカメレオンがわざわざ外側から登ってやってきた!
「お前聞いてたのか」
「なんかピリピリしてたからな。変身したら獣の勘も働くってもんだ」
「お前———」
スペードが何か勘付いたような顔をする。
「こりゃまずい!」
スペードの咆哮が轟く!
おそらく、通常よりも速度が速いのだろう。澄川が瞬時に止まった。何故か震えていたのでわかりやすいのだ。
だがしかし、単なる叫びのため、声の波の変化も、通常の会話より多い!
ということは———安全地帯が発生しやすい!俺は音の波が最も弱い箇所は心得ている!
その箇所に瞬時に移動!さらにそこから奴の背後に再び回る!
「なっ———⁈」
「あんたのおかげで耳が良くなったよ。ありがとうなッ!」
そのまま首を引っ掛けて奴をよろめかせる!
そしてそこからすぐに拘束に移る!
「アアッ⁈しまった!」
スペードは本気で焦っているのか、足をバタバタさせる!だがしかし、もはや簡単に抜けられはしないようだ!
「———これで時止めは効果なしだな」
「———ここからどうするつもりだ?」
平静を保っている。おそらく精神攻撃を狙っているのだろう。
「———所詮勝ったところで、お前は利用されているに過ぎねぇ!」
「———俺にはもう、こいつらに従う目的がある」
「えぇ⁈嘘だァ!!!」
「続きはこのあとだ———」
絶対的に、奴を倒す方法———それは簡単な話だった。
最初から考えていたこと。それをしっかりと、自分の中で、最も非効率に———!
俺の足が、柱のように地面に固定されていく。足から棘を釘のように刺した。
「な、何をする気だ!」
「楽しみは最後に残すもんだろ!」
そして俺は片腕を解いて空に向かって上げる!
俺の腕は俺の首とスペードの首の一直線上にある!
「拘束を、解いた⁈」
———そしてその腕は———ギロチンの刃に変わる!
「———だが片手で拘束できるとでも?」
———そんなことはわかっている。
そのために———最大の爆弾は隠しておいた!
スペードを拘束する腕を外し、そしてそのままそれを使って、奴の顔をこちらに向ける!
「なっ⁈」
そして———。
———熱い口付けをした。
「ん⁈んんー⁈んんっ⁈」
もはや精神が錯乱している!
お前の口、いい匂いがするぜ!
———そして、非常に迅速に。
———刃は落とされ。
———俺とスペードの首は、その場に元々繋がっていなかったように、落ちる!
———だが———。
「ぷはぁ、残念だったな、自爆で勝った国はどこにも無いんだぜ?」
———スペードの首と切り口がすぐに、触手のように繋がろうとしている———!
だが!!!!!!
「———喋りすぎですよ、あなた」
その首はすぐにそこから剥がされ、そのまま離れた地点に何者かによって持っていかれる!
「ま、ま、マジかァ……」
ついに諦めの混じった声を漏らすスペード。
「———私の話を聞かなかったんですかね。大人に大事なのは、口にする言葉を選ぶことですからね」
そう、現れた庵野さんは首だけのスペードにアドバイスを送っていた。
そして庵野さんはスペードの首をそこに置くと、俺の首を元に戻した。
「どうだい?俺の策は」
作戦というのは、吸血鬼の習性を利用したものだ。
吸血鬼は不死身だ。いくら何をしても復活する。
だがあのスイーツ屋の小指の件。
そこからわかるルールは、治癒する部位は新しく生えるのではなく、すぐに引っ付けられるだけだ。
そのため元々いくら攻撃しようと無駄といえば無駄なのだ———特に殴打などの、『身体の分離』を伴わない攻撃は。
しかも相手は喉がメインウェポンだときた。
こうなると、首を落とすしかなくなる。
しかし、落としたところで、俺よりも種としての成熟度は上なのだ、切ってすぐ繋がる可能性がある。
そのため———庵野さんには隠れてもらっていたのだ。
切られた瞬間、その首を遠くに離す。
そうすることにより———完全な無力化が可能になるのだ。
ちなみに澄川は本当のイレギュラーである。だが相手のイレギュラーに対応してもらったことを考えると、嬉しい誤算というやつだ。
「……まさか、ここまでされるとはな」
———あれ⁈
首に目をやると、驚愕の表情で固まったままだ。
となると?
———何やら身体の方から声がする!
「「話した⁈」」
「……めんどくさいことになったのか?」
驚く俺と庵野さん、そして特にわかってなさそうな澄川。
「安心しな———喉から出せないと能力は使えない。してやられたよ」
「ハッ、どうだ気分は」
「びっくりした」
「「割と普通」」
「———やられたのか、スペード」
全員の意識が、空に向く!
———そこにはスペードやヒメのような雰囲気をした三人が、翼を生やして空に浮いていた。
一人は白い髪の美青年。声の主も彼だ。だがなんだ———妙な貫禄がある。
さらにドレッドヘアの巨漢。だがなんだ、頭が良さそうな顔だ。眠そうでもあるけど。
そして最後に、妖艶な縦ロールの女性。でも気のせいか顔は結構童顔な気がする。
結論———増援⁈
「———お前ら!」
スペードが叫ぶ!
「見えてるのか?」
「いや、声でわかる」
流石声の専門家だ。
「にしてもな———まさかそんな坊やに負けるとはな、スペード」
巨漢が少し笑いながら言う。
蹴落とし合うのか?敵幹部だし。
「るせぇ、お前戦うと弱いくせによ」
「俺は慎重なだけだ」
「それをビビリってんだよ」
「うるさい」
なんだ?妙に軽いな?
「でも正しいわよ」
今度は妖艶な女性が声を出した———割と高い。やはりそこまで歳を食ってるわけでもなさそうだ。
「あなたが最初に負けたものね」
「何が言いてぇ?」
「あなたが今は最弱ってことよ!スペード!」
「そう……」
そういうとスペードはその辺の小石をこづいて彼女の額に当てた!
「ぎゃいん!」
ゴン、と音が鳴った。思った以上に速い!
「それも避けれねぇならお前が下だ」
「何よ!」
「クククク……」
すると美青年が笑い出した。
なんだ……?笑うようなキャラに見えないが?
「奴は私たちの中でも二番目……」
———やはり、一番下なのか———ん?いや、二番目っつった?二番目つったよね⁈
「「大分痛手だよね⁈」」
流石に庵野さんもツッコミたかったようだ。
「ククク……あぁ、その通りだ。予定も全て帳消しだ……ククク、ハハハ……」
あぁ、なんだこれ違うわ。
ただ単に———かなりヤバい事態だから笑ってるだけだ!これ!
「私も万全ではない———ということで一旦捕まっておいてくれ、スペード」
「マジかよ……」
なんだこいつら……やたらフランクだな。
そりゃそうだ!ルルシアとヒメの同族だもんな!
「では」
美青年は一瞬で消えた。
「ちゃんと飯は食えよ」
巨漢も一瞬で消えた。
「ベー!」
女性はすーっと、数秒かけて消えた。やはりこの人が一番弱いのでは……?
まずいな。
紗奈の仕打ちに対する怒りも冷めてしまった。
「ということで、あなたは今日から捕虜ですよ」
「まぁ仕方ねぇや、こんなことしでかしたらな」
妙に飲み込みが早い。
やたら冷静なんだよなこいつ。
「まぁそれはそれとして———聞かなきゃならないことがある」
スペードは俺に身体を向ける。
「なんだ?」
「———その前に謝っておく。今回はすまなかったな」
「いや、俺は俺のすることをしただけか」
「そうか———そして」
「そして」
「お前の戦う理由———それはなんだ?」
「俺は———」
俺は大きく息を吸う。
ちゃんと言わねばならない。
これは逃げられないのだ!俺が成長して見つけた答えなのだ!
「ちゃんと童貞を捨てる」
スペードはずっこけた!
庵野さんは少しため息をついた!
澄川は既にいなかった!お前いつ消えた⁈てかお前に一番聞かせたいんだけど⁈
「ちゃんと、ってなんだよちゃんとって」
「そうですよ」
もはや二人して呆れている。
でも綺麗な夢なんだよ?
「———何かの弾みとか、一夜の過ちとかじゃない———一日をしっかり、『そうする』と決めたように過ごして、そしてその夜に、ちゃんと格式張った形で、卒業する。ロマンチックな夢だ」
「———それが、戦う理由か」
スペードは、はっきりと受け止めた上で、俺に問い返す。
「———あぁ。俺の願いとしては妥当だと思うが?」
スペードは一瞬考える。
「本当だ!」
合点がいったような大きな声で答える!
「———これで、お前らにつく理由はなくなったはずだぞ?」
「あぁ———しっかり受け取ったさ。拒否願にしては魂のこもった文字のな」
よし!
全ての終わりだ!
一旦は!一旦はな!
———あれ?
———なんだ———身体が、意識が、飛んでいくような———あ、そうか———俺———疲れてんのかな———世界が真逆に見える———世界に嘘つかれた⁈
そのまま意識は———遠いどこかに———。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます