第6章 己の座標④

 (なんだお前、いきなり喋り出して)

 (お前こそなんだ、ついに俺を呼んで)

 (まぁいいや、戦う理由についてだ)

 (———俺の戦う理由は、家族への復讐、という設定だ)  

 (設定とか言うんじゃねぇよ!)

 思った以上にフランクな対応。

 てかこいつはどの辺の意識なんだ?俺の意識が少し混じっているのか?

 (だが俺もないな。効率重視が楽しいくらいだ)

 (お前いいのかよ、キャラ崩壊が起きてるぞ?)

 (キャラには愛嬌がいるからな)

 (別キャラ扱いなのか……)

 あわよくば人気キャラになろうとしているのか?

 俺のB面みたいな扱いのくせに!

 (———お前はどうなんだ、山田太郎)

 (俺は、何だろう———自分自身がどうなってるか気になったんだよな)

 (上手く言語化しろ) 

 なんかカリスマになれって言われてる気分。

 (———病院に行くみたいなもんだよ)

 (ハハッ)

 めっちゃ乾いた笑いをされた。いい性格してるなこいつ。今すぐ殴りたいがこいつは俺だ!

 (つまりお前はずっと病院に通ってるみたいなものか、まるで老人だな)

 (言いすぎだろ!)

 (すまない)

 (素直に謝るなよ、怒りが分散する)

 (どっちみち殴るのか)

 腹立つやつだ。

 誰だ?

 俺か!

 (話を戻そう。病院に通うように組織に所属するなら、お前はそれを治そうと考える訳だ)

 (———つまり?)

 (なら吸血鬼側についたほうがいい)

 (おい!そうしないための話だろ!)

 (効率的に考えたまでだ) 

 ———だが確かにそうだ。

 俺の中にいる人を出してもらうなら、そうだろう。だが。

 (俺は組織のみんなを捨てようとは思えない)

 (非効率極まりないな)

 (それはそうだ。だが俺はそうしたい)

 (ならそうすればいい)

 (———なんだと?)

 こいつ散々自己主張したくせに、なんだ?その反応は⁈

 (お前は何者として、スペードと戦うというんだ?そもそも戦う理由は何だ?)

 (何者として———)

 復讐鬼の効率主義の龍宮寺暁ではない。

 アホの熟女趣味の山田太郎として戦うのだ!

 (俺は、山田太郎として、あいつを退けるために戦う)

 (それは痛めつけられたくないからか?)

 (最初はそうだ。だが今は違う。紗奈のためだ、組織のためだ)

 (なるほど。だがそれはスペードと戦う理由だ。その先に何がある?)

 うるせぇ野郎だな……いや、俺だ。普段こんなんなのか?改善したい。

 (その先の理由———)

 即物的なものでいいと言ってくれた。

 だが———ここでひとつ疑念がある。

 (あいつらがこっちに来たらそんなことできる、と言われたら?)

 (無視できないのか、そんな屁理屈も)

 (そこにヒメを絡められたらどうしょうもない)

 (お前そもそも何なんだ、あのガキはお前にとって何なんだよ)

 ちょっと不機嫌。

 心の底にこんな気持ちがあるのだろうか?

 (あいつは———俺のことを信用してくれているんだ)

 (でもそれがメリットになるのか?)

 (人の感情を無下にするのか!)

 (いやぁ、それがお前の枷になっているのなら、外すべきってだけだ)

 (いやだ!!!!!!)

 (なんだ、あのガキのときだけそんな真面目になって)

 (それは……)

 (そうか、つまりお前はロリコンなんだ)

 (ガン×ソードみたいなことを言う)

 (認めたのか?)

 (んなわけあるか!あいつが俺にちゃんといろんなこと教えてくれたから、そのためにしっかり動かなきゃいけないんだよ!)

 (なんだ、結局は人の恩に報おうとしているのか)

 (そうなのかもしれない)

 (情を捨てることは、無理だな。前で結論が出ている)

 (———じゃあなんだ、俺は何のために)

 (人のために戦うのでは、そこを突かれるのか———ならば仕方がない。発想を逆転させろ)

 (発想の逆転!)

 なんだ?何をするんだ?逆に恩を仇で返すとかなのか?


 (———恩を返すだけじゃない。彼女たちを幸せにするにはどうする?)


 (それ逆転か?上乗せだろ)

 (恩を返さなきゃいけないというネガティヴじゃない、よりポジティヴな考え方だろう。借りた金は増やして返す)

 (それギャンブラーだろ)

 (うるさい!お前は勝負師みたいなものだろう!)

 (人生大博打ってか!)

 (そうだ!)

 (確かに危なっかしいな!特に女性関係!)

 (だからそれに見合った生き方をしろと言っているんだ!)

 (なるほど!心得たぜ!)

 (よし!とっとと考えろ!)


 (———みんなの幸せ———)


 ———はぁ、紗奈とかヒメとか———?


 ———おい⁈


 (おいお前、を目的にするってのか⁈)

 (何だお前、結局そういうことになるなら前もって言っておいたほうが割引などがあるはずだ)

 (予約サイトみたいなこと言いやがって……)

 (だがそれ以外に、お前の目的を満たせるものがあるのか⁈)

 (そりゃそうだな!確かにな!)

 (別に言うだけ言ってほっときゃいいのさ、逃げたい時は逃げてもいい)

 逃げきれなさそうな人たちだから悩んでるんですけどね……。

 まぁいいや!未来のことは未来の俺に任せよう!

 (ありがとう、龍宮寺)

 (なに、俺はお前だ。優しくしてやったわけでもない)

 (効率重視も、悪くないのかもしれない)

 (ハッ……あとはお前の戦いだ、またな)



 「———ハッ!」

 「目が覚めたかい?」

 「俺、どうなってました?」

 「白目剥いて涎を垂らしていました」

 「そりゃひどい」

 やはりろくな状態ではなかったか。

 時間感覚めちゃくちゃになりそうだったからな。

 「どうだい?あれだけ変な状態なら、何かしら掴めたんじゃないのかな?」

 長官!

 さすがよくわかってらっしゃる。

 「ええ。しっかり掴みましたよ」

 「教えてくださいよ」

 庵野さんがなんか寄ってくる!てかこの人さっきから近いんだよ!意識させてる場合かよ!戦ってる時よぎったらどうすんだよ⁈

 「———いや、辞めておいたほうがいいよ」

 「何故です?長官」

 「溜めるだけ溜めておいたほうがいいのさ、夢や恨みはね」

 「相反するふたつですね」

 「そうなんですかね……」

 溜めるだけ溜めて出す———若者だからな!叫ぶのは若者の専売特許だ。

 「だから、今は言わないでね。スペードと会った時に、しっかり言うことだ」

 「わかりました!」

 「よし!これで山田くんもパーフェクトですね!」

 「よぉし、胴上げと行くか!」

 「いいですね!」

 すると二人して俺を担いで、胴上げを始めた!

 「「わーっしょい!わーっしょい!」」

 「わー!やめてくださいよ〜」


 ———いや待てよ?


 ———何か大切なこと忘れてるような……。


 ———あ!!!!!!


 「ねぇ待って⁈」

 俺は無理やり胴上げから抜け出た!

 「「どうしたのあと百回あるのに」」

 「新手の拷問ですよ⁈」

 「景気付け……」

 「邪教の儀式かなんかですよ!」

 「はぁ、それでどうしたんです山田くん」


 「———スペードと俺が話したのは、誰にも話してないはずです!なんで二人は知ってるんですか⁈」


 「「同居人が訪ねてきた」」


 盛大にひっくり返った!

 そうか!そういうことか!!!

 あいつやりやがった!やーりやがった!

 「ルルシアァァァァァ!!!」

 踵を返してとっとと出口のドアに向かう!

 「「山田くん!」」

 二人して止めてきた!

 すまない———正直もう足がステップを踏んでいるんだ!

 「———明日の朝九時、ここに来てください」

 「彼女に色々教えてもらうといい」

 「わかりました!では!」

 ということでドアを閉める!

 走ります!


 「ルルシア!!!」

 自宅のドアをバン!と音を立てて開ける!

 「あー、おかえりなさい」

 ドタドタリビングまで向かうと、普通にソファーに寝っ転がってテレビを見ていた。

 「主婦がお前は!」

 「ええ、あなたができないことをする、という意味ではそうでしょう?」

 「———にしても、あんなこと……」


 「でも気が楽になったでしょう?」


 「それは、まぁ……」

 「スペードに勝つためにはですね、山田さんが全てから解放されないといけないわけです」

 「でも紗奈がいる時点で無理じゃないか?」

 「龍宮寺としての全てを一旦捨てるんですよ、紗奈さんの前以外で」

 「———まぁ、わかるけど」

 「それに、さっきくらいしかありませんでしたからね。ちょうどいいタイミングは」

 「まぁ、それはそうだな。お前は俺の監視者だからな」

 「ええ」

 「だが待ってくれ。監視者として考えると———お前は、ちょっと俺の利益のために動きすぎじゃないのか」 

 「今はそうした方がいいってことなので」

 「何だお前は———あいつらの目的とは別だってのか」


 「えぇ———私はいわば運命の味方です。正しい世界の筋書きの味方」


 正しい筋書き。

 メタフィクション的なことを言う!

 俺が言えることじゃないけどな!

 「ですから山田さんの味方をしているとも言い切れませんよ?」

 「俺はね、無断行動に怒ってるんだ!謝ってくれ!」

 「チッるっせーな……反省してま〜す」

 「ここでやめろよそれは!」

 「でもよかったでしょ?」

 「何も言えないから!怒りきれてないんだよ!」

 「ははは」

 なんか全てを見下すような笑い!

 なんだ———レベルが違うのか?

 

 「結局あなたは、私を追い出せやしなかった」


 「悪いのか?」

 「いえ、お人好しだなぁと」

 「そうでもない気がするけどねぇ」

 「ヒメの話を信じた時点でそうですよ、あなたは結論、単なるそういう人間です」

 「持ちネタとられた」

 「———ですから、あなたは世界に対するカウンターになりうる」

 「カウンター?」

 「あなたはね、本当のイレギュラーなんです。だから世界が、少しずつ狂ってる。もっと酷いことになっていたのが、あなたのおかげでマシになっている」

 「俺そんなことした?」

 「それもまた運命なのかもしれませんけどね———私には全くわかりません」

 「……お前がまともなこと言うと混乱する」

 「馬鹿にして!」

 立ち上がって前に来たルルシアが俺を殴る!

 しかしポコポコ音が鳴るレベルで弱い!何だこいつ!

 「———理屈こねられてもよ、俺のやることは変わらないんだろ?」

 「———よくわかってるじゃないですか」

 「結局、俺は誰かがいないと動けないんだ。でもよ、誰かで何かを満たそうとした時、自分を上に持ってくることはできる」

 「エゴイスト」

 「でも、そうじゃなきゃイレギュラーなんてやってけないだろ?」

 「えぇ。それはそうですね———」

 ルルシアが玄関に向かっていく。

 「おい、出かけるのか?」

 「ええ———しばらく」


 どこかその声には、記憶に残させようとしない、不気味な気楽さがあった。


 「———なんだ、お前、どうする気だよ!」

 「山田さん、最後にひとつだけ」

 ルルシアが振り返る。


 「———これが最大のヒントです」


 そう言って小指を立てた。


 そしてそのままダンスの振り付けのように華麗にターンすると、そのまま外に出ていった。


 追うことはしなかった。

 ———自然と、もう会えなくなった気がしたのだ。


 立ち尽くすしかない。

 俺は置いていかれたのだ!

 ———だが、最後のメッセージ。

 「小指……か」 

 ———彼女が言うのだ。

 おそらくこれが———未来に関係する!

 置き土産を残していったのだ———その分使い込んでやらねばならない!

 それこそが花向けでもある!

 さらばルルシア!

 またいつか!


 だが、それならば?


 まだやらなければならないことがある。


 「ヒメ」


 「———どうしたの?山田くん」

 彼女は既に背後にいた。

 ごくごく普通の機嫌だ。

 なんだろう。食い逃げのときのテンションがデフォなのか?だったら怖いな。

 「———お前に料理を作ってやる」

 「え、ほんと?」

 振り返ってみると、すごく嬉しそうに笑う彼女がいる。

 いやほんと嬉しそうだな?

 こんなにも素直に笑っているのは初めてのようだ。

 いつかこうされたかったのか?

 だが、この反応———。


 ———やはり、嘘だ。

 ———彼女は、俺のことを知る術なんて、持っていない。

 ———嘘つきだ。


 「———何が食べたい?」

 「えーと、そうめん!」

 何故に?

 珍しい奴。

 「そういえば、昼だったな」

 学校に戻った方がいいんだろうか?

 ———いや、その必要はないだろう。

 鍋に湯を沸かし、そしてそうめんを袋から取り出す。

 そしてそうめんを菜箸で弄りながら茹でていく。

 「———ヒメ」

 「ん?どうしたの山田くん」

 かなり上機嫌な、弾んだ声だった。

 「———お前は、呼べばいつでも来るんだよな」

 「うん、そうだけど」


 「———お前は、いなくならないでくれよ」


 ———強めに抱きついてきた。

 「———なに、その言葉」

 「———いや、いつかのことを考えて」


 「私が、そのいつかを作らないから」


 「そうか」

 少し気が楽になる。

 多分彼女はそういうつもりなのだ。

 そうさせた俺が悪い!罪は背負わねばならぬ。

 それはそれとして野菜を切ってシリコンスチーマーに入れてレンジでチンする。

 「……出ていっていい?」

 「責任を持てよ!」


 ということでそうめんと茹で野菜と炒り豆腐が最終的に食卓に並んだ。


 「ほんとに美味しいの?」

 炒り豆腐を箸で弄りながらヒメが毒づく。

 「食べてみろよ」

 取り皿にとって、醤油をかけて口に運ぶヒメ。

 「———おいしい」

 「だろ?」

 「野菜にもマヨネーズをつけてみろ」

 「ふぅん……」

 さっきよりかは態度を軟化させている。

 言われる通りにして、ニンジンを口に運ぶ。

 「———あまい」

 相当驚いているようだ。

 「蒸すと栄養価も引き出されるからな」

 「へぇ……」

 そのままパクパクとそうめんと一緒に食い始めた。

 「———山田くんは食べないの?」

 「あぁ。俺はいい」

 「どうして?」

 「戦うからな、明日」

 「明日……スペードと?」

 「あぁ。まぁ負けはしないさ」


 「———だから、あんなこと言ったんだ」


 「ルルシアに逃げられたからな」

 「———そっ、か」

 何やら不可思議さのようなものを感じさせて、答えた。

 何かあるのかもしれない。

 だが今は問いただすところではない。

 「———帰ってきてね」

 「そりゃまぁそうするさ」

 「もっと、手の込んだものが食べたい」

 「ますます帰ってこなきゃいけないな」

 「———絶対だよ」

 強く覗き込まれるような瞳。

 そこには最初のような空虚さはない。

 少し潤んでいる気がする。

 

 彼女との思い出が頭の中を駆け巡る。

 公園、スイーツ屋、耳かき、ステーキ屋……。


 ん?

 スイーツ屋⁈

 まさか!

 

 「そうか!そういうことなんだな!」

 「や、山田くん?」

 「ありがとうヒメ!これでもう俺は完璧だぜ」

 ヒメの手を掴む。

 「———じゃあさ」

 ヒメは立ち上がった。

 「もっと抱きしめてくれてもいいんじゃない?」

 強く強く抱きしめる。 

 「何もかも、君のおかげだ」

 「———そんな、私は別に何も」


 「———一生飯も、作ってやるよ。礼には軽い気もするけどな」


 「⁈」

 ヒメがカーッと熱くなり始める!

 腹が減ったのか?

 「や、やままま、山田くん……」

 どんどん小さくなっていく。

 「……しっかり、考えておくから、うん」

 献立の話か!

 忙しくなるぞ!


 「———そ、それじゃ!」


 ポン!と音を立てるように一瞬で消えた。

 しっかりと綺麗に食べ切ってある。

 よし!

 明日が見える!

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