第6章 己の座標③

         ◉


 「寒っ!」

 そんなこんなで飛ばされたら、なんかすごい雪山に辿り着いていた。

 仕方がないのでスマホで時間を確認する。なんであんなにぶっ飛んだのに入ってたんだろう。

 「まだ10時か……」

 一体どこなのかわからんが多分外国だ。ほれも寒い。北極だか南極だかはわからないが、おそらくとんでもない速度で飛ばされている。

 二時間くらいしか経っていないのだ。

 あぁ恐ろしい!

 

 とにかく急いで帰らねば。俺がいない内に何かしらの攻撃が行われているとしか思えない!


 ということでスマホを片手に持って翼を生やす!

 スマホなら方角がわかるはずだ。

 だがしかし———これいつまでかかるんだ?

 別に速く飛べるわけではない。なんならおそらく飛行機より遅い時点でもうダメではないか?

 

 しかし現時点でそうしない以外の選択肢が見当たらない!

 仕方ない!このまんま飛んで帰るか!

 ホテル付きでな!

 

 「———相変わらず、ふざけたことを考えますね」

 

 ———ん⁈

 何だ?どこに誰がいるんだ⁈

 こんな雪景色にいるならすぐにわかるはずなんだけど?

 

 「———帰りますよ」

 「だ、誰⁈誰なの⁈あなた誰なの⁈」


 ———その瞬間。

 俺は何者かに捕まった。

 見てみると、何やらフード付きのローブを身に纏っている!全く顔が見えない!

 体格は俺よりも断然小柄なのだが———俺を捕まえるその腕は、どかせる気が全くしないほど力が強い!

 ———だがしかし!俺の嗅覚は元気なのか知らないが、何やらそのとき匂う香りには覚えがあった!

 いや胸に刻み込まれるレベルだ!

 

 「———庵野さん⁈」


 「———よくわかりますね」


 彼女は自分からフードをとった。

 いやなんだ———メガネつけてないし、それにあの時の化粧とは違う、かなり寒色が使われているから、クールな印象を受ける!

 「何故ここに?」

 「———頼まれたんですよ、ある人から」

 かなりの溜め。

 許してはくれない。

 「———印象違いますね」

 「仕事の時はこういうメイクをするんです」

 ん⁈

 仕事⁈

 「フィールドワーク?」

 「いえいえ———長くなるので、まずは帰りますよ」

 「こっから?」

 

 ———そのまんまフッと雪景色が見えなくなり———そして次に砂漠に出た。


 「あれ?」

 「あと二回くらいですかね」

 

 ———そして海の砂浜に出て。

 ———最終的に見覚えのあるところに出た。


 「や」

 相変わらず胡散臭いおっさん———長官だった。

 つまりここは長官室である。

 なんかニンニク臭いな……何をウーバーイーツしたんだ?

 「———彼女を連れてきたのは、お前か」

 「うん、そうだよ」

 「助かった。感謝する」

 「じゃあ言うこと聞いてくれるかな」

 「いきなり何を言う?」

 AVの導入みたいなこと言い始めた!

 土下座くらいならするけども。

 「それくらいの恩だと思うけどね」

 「———言ってみろ」


 「———そろそろ、山田くんで話してくれないかな?」


 「それはなんです?山田太郎の方がいいって話ですか?」


 「いいやそうじゃない。君の本名だよ」


 「———なんですと?」


 どういうことだ⁈

 俺の本名———だと⁈

 知っていたのか———俺のことを!


 「———最初から、全て知っていたというんですか」

 「まぁそりゃね。目を見てりゃわかるよ」

 なるほど。

 そりゃそうだな。

 紗奈ももうちょっと頑張れ。

 「家族を失った人間の目ではなかった」

 「はぁ……」

 「紗奈ちゃんの目はもっと鋭かったからね」

 確かにあいつの目は鋭い。

 最近腑抜けたもんしか見てないが。

 「だけども目から組織に入りたいことは伝わっていた」

 「やっぱり?」

 「『どうこの場を収めよう』って焦ってたけどね」

 「流石ですね」

 「まぁでも君はしっかり働いている———今も、まさにね」

 「そうだ!何かしら受けてるんじゃないんですか!」

 「———大体はなんとかなってるよ」

 「じゃあその余りは?」


 「———紗奈ちゃんが攫われた」


 「⁈」

 「———あの人が」

 庵野さんも驚いていた。

 あれだけの技術を持つ人間だ———紗奈の強さは分かっているのだろう。

 「———犯人は」

 大体わかっている。

 「———スペードだね」

 やはりそうだ。

 「今すぐ奴を叩かなきゃ!」

 「———それはダメだ」

 長官は何やら封筒を取り出した。

 「読んでみるといい」

 「———奴からの意思表示」

 「さぁ、まだ見てないからね」

 封筒を開くと、当然というべきか、手紙が一枚あった。

 

 ———明日決着をつけよう。夜十時に三丁目の廃ビルの屋上で待っている。来ないんなら、あのお嬢さんがどうなっても知らないぜ?まぁそんなことしないとは思うけどよ。


 「———なるほど」

 まずいことになったな。

 今のままだと死んじゃう!死んじゃう!

 「どうしたんです?そんな青い顔して」

 「いやぁ……別にィ……」

 「確実に何かあるね」

 「というかなんで、庵野さんはそんな、元みたいな感じで……」

 

 「聞いたんですよ、全部」


 庵野さんはこっちの顔も見ずに言う。

 「騙されたのはいやですよ。でも、そこにあるのがまっすぐなものだったので、特別に許してあげることにしました」

 ———確かに、納得はできる。

 礼儀やらなんやらを第一に考える人だ———確かに許すポイントになったのかもしれない。

 「……でもこんな状態じゃないと言いませんでしたよね?」

 「……それはまぁ、君の運だよ」

 「悪運すぎる!!!」

 

 「さぁさぁさぁ、そんなことやってる場合じゃないぞ!君は今すぐ対策を立てないといけない!」


 立ち上がってまたしても大ぶりな仕草で鼓舞するように言う長官。

 「対策って、そんな……何ができるんです?」

 「僕は心構えが言える」

 「そんなの誰でも言えらぁ!」

 「私は能力の全容が言えますよ」

 「そんなの……」


 ———今なんて言った⁈


 「わかったんですか⁈」

 つい庵野さんの肩を掴んでしまう!

 いっつも肩掴んでら!

 「す、スペードの特徴を聞いていて、だんだんわかることがあったんです」

 なんかちょっと照れてる。

 そんな恋しいか?俺が?

 「彼、すごくおしゃべりじゃないですか」

 「あ、あぁ……」

 いやそれは、なんだ?何の関係が———いや、待てよ?

 「粒子を固めているのが、何かしらの波によるもので動かされたものだとしたら———」


 「さすがは山田くんですね、そうです、そういうことです」


 庵野さんは小さく拍手をしてくれる。

 嬉しくなった直後に馬鹿でかい拍手を長官にされた。

 台無しだよ!

 「空気中の小さな粒子———いわば万物を構成する小さなものをそこら中に圧縮して、固定するわけです。そうすると光も音も作用する対象が失われた状態になってしまうんです。そしてそもそも私たちも固定されて、おしまいです」

 「———どうすればいいんだい?そんなの」

 長官が少し震えている。

 大丈夫かこれ⁈

 「———喉をつぶす、とか?」

 「はい。そうです」

 「逆にそれしかないの⁈」

 「えぇ———ですがそのまた逆に、喉さえ潰せればこっちのものです。彼の戦闘力がいかほどであろうと、最悪彼を無力化できればいいわけですから」

 「無力化」

 つまりどの辺だ?

 意識不明?

 「山田くんごと凍らせます」

 「何してんの⁈」

 「それはまぁまぁだね」

 「断固否定してよ」

 「———そうならないためにも、対策を取るということです」

 ———冗談言ってる場合か⁈

 「まぁ肉体的な部分ですけど」

 「何をどうするんです?」

 「近接戦闘ですね」

 「あぁ、そっか」

 「ちゃんと私が教えてあげますから。私それ専門なので」

 「化け物の専門家ですものね」

 化け物相手のマーシャルアーツ?

 いけるんだろうか、こんな人。

 いや、待てさっきのアレ!


 「———今回は違いますよ」


 ———なに⁈

 いや待て!そもそも何であんな瞬間移動ができる⁈正直ちょっと忘れかけてたぞ!

 「そうだよ山田くん。彼女有名人だからね」

 「有名人……?」

 「姿は見せてませんけどね」

 姿を見せない……⁈

 ん?

 なんだ……記憶がよぎりまくるんだけど明確な姿がわからない———なんだ、なんだこれ———?

 

 ———思い、出した!


 「———帰ってきた第四位!」

 

 滅多に姿を見せない。暗殺のような動きが多い。

 詳細不明の存在。

 「あたりです」

 庵野さんが丸マークを指で作ってくれた。

 ちなみにアレを反転させるだけでお金マークになる。世知辛いもんだ。

 「———いやまさか、そんなものだとは」

 「あくまで私もこんなポジションなので、滅多なことじゃないと動けないんですよ。今回みたいな、ね」

 「奇襲専門みたいなとこあるからね、顔知られたらまずい。だから部屋から出てこないってことでもあるんだ」

 「趣味を優先させていただいてます」

 「あれ趣味なんだ……」

 「今回は、部屋の私とは違いますよ?」

 「出かけた時は?」

 「あれもまた別の顔です」  

 「百面相?」

 「女の子ですもの」


 「そうだぞ山田くん———それは僕が伝えたいことでもある」


 会長が神妙なトーンで言い放つ。

 「———女の子の扱い方?」

 「それもいつか武勇伝として語りたいけどね、今はそうじゃないよ」

 「そうですよ山田さん、まだ完全には許してませんからね」

 あんたは乗るんじゃないよ!  

 「……心構え?」

 「そう、心構えさ———君がまた相手の話に乗らないようにね」


 「———相手の話?」


 ———ってことは、そういうことか?


 「スペードの話に、君が動揺する可能性がある」

 「それは、まぁ、はい」

 確かに。

 よく叫びました。車内で。

 「君は悩みの部分の大部分をなくしておかないと、そこにつけ込まれてしまう」

 「はぁ……」

 「まぁ本当は悩みなんてないはずだけどね」

 「あバレてた」

 「確かに山田くんは頭空っぽですけど、何故?」

 「みんなして言わないで」

 「しかし!悩みとはいかない負い目があるはずだ。それをつぶす」

 「何でしょうそれ」

 

 「君は山田太郎と龍宮寺暁の間で板挟みになっている」


 「まぁまぁまぁ」

 板挟みか?

 単なる使い分けのような気がする。それも虫のいい。

 「表面上ではそんなに重く捉えていないかもしれない。しかし心の底では、君は何かしらを思っているんじゃないのか?」

 「———心の底で———」


 ———胸に手を当てて考える———。

 ———龍宮寺は辞めたい———めんどくさすぎる———やめてぇ———いやマジの話!!!てか嘘つきすぎてる!悲しい!悲しい!


 「確かにそうですね」

 「めちゃくちゃ正直な吐露ですね」

 目で見てわかるのか?さすが暗殺者。

 「それじゃあそれを解消していこう」

 「どうやって?」

 

 「———嘘をつくことは、申し訳ないことだ」


 「はぁ……」

 確かに!

 申し訳なさしかねぇや!

 「ね」

 庵野さんが鋭く睨んでくる。

 永遠に靴舐めるから許して欲しい。

 「しかし、それを僕らは否定できるだろうか?」

 「えぇ?」

 否定しないのか?

 横領とか⁈

 「真実しか話さない人間に、人は寄ってこないよ」

 「確かに……」

 「え!」

 庵野さんがアルミホイルの帽子を被っている!

 マジかよ!

 「嘘ですけどね」

 外した。

 肝が冷えるジョークだ、こんな時はやめろ!

 「それはみんなわかってることだ」

 確かに確かに。

 「だから、みんな嘘はついている。生きていく中で、必ずね」

 「自然の摂理」

 「ハエトリグサみたいなもんですかね」

 なんか逸れた気がするぞ!


 「でもさ、それが人に向き合ってないことになるか?」


 「「……」」

 「人付き合いを円滑にするための嘘、人を傷つけないための嘘、相手を喜ばせる嘘。ありすぎてもダメだが、なくてはならない」

 「……それは」


 「君はさ、龍宮寺暁として組織のみんなや僕———何より紗奈ちゃんと関わって、そこに真摯さはなかったって、言い切れるのかな?」


 ———俺は。

 ———俺は———!!!


 「ま、まぁ……どうなんでしょうね、ハハ」

 「そこくらいはしっかり言い切りなさいよ」

 正直そこまで自信がない!

 ごめんなさいね!

 「でも、明らかに利用しようとか、どうでも良かったわけじゃないだろ?」

 「そりゃそうですよ!!!」


 「———なら、しっかりそう心に刻むことだ」


 長官は珍しくまっすぐと見つめてくる。

 なるほど、そうか———。

 「俺は嘘をついているかもしれないが、それは単なるコミュニケーションの一環である、と、ですか」

 「そうさ。まぁみんな嘘ついてるようなもんさ。でもみんな幸せならいいじゃないか」

 なるほど!

 みんな嘘ついていこうぜ!俺童貞じゃないんだ!

 「庵野さんだって嘘ついてたからね」

 「まぁ……」

 「嘘と言わないでください。隠し事ですよ」

 「それを隠すなら嘘なのでは」

 「うるさいですね!私は大人なんですから」


 「———大人⁈」


 「言ってませんでしたっけ?私今年で24ですよ」

 「に、にじゅうよん⁈」

 「一応大学出てたっけ?」

 「ええ、その後放浪してこないだ帰ってきまして」

 「ま、マジかよ……」

 確かにやたらと包容力というか、謎の余裕があった———いや、待て!


 それが理由だったのか!俺が鼻の下を伸ばした訳!


 「何で言ってくれなかったんですか!」

 「聞かれなかったので」

 「女性に年齢聞くのはマナー違反ですよ!」

 「ふふ」

 からかうように笑う。

 どないやねんこいつ。

 「はい、そしてもうひとつ」

 ほっとかれてた長官が手を挙げる。

 

 「———戦う理由だね」


 「戦う、理由」

 ———一番突かれて痛かったところだ。

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 「これを言われて、君今動揺してるでしょ」

 「いやぁ!!!!!!そんな訳ないじゃないですか!!!!!!」

 「バレバレですよ」

 何だろう、これ突かれると行動に意味ある?って突きつけられるような気分になるんだよな。

 「どうすればいいんでしょう」

 「適当な理由でいいんだよ、言い返せるだけのものがあればいい」

 「———食とか、旅行とか」

 「———大人のお姉さんに甘やかされたいとか」  

 「それはいいかもしれません」

 「真面目に返さないでくださいよ!」

 庵野さんが逆ギレした!

 何だこの人さっきからうるせぇな!

 「そういう即物的な理由でいいんだ。必要なのは、相手に言い切ってやることだ。口の立つ相手のようだからね」

 「なるほど」

 ———時を喉で止めてくるのだから、それを真っ先に潰さなきゃいけない。

 その前に心がブレても行動はとれる。しかしそれが最高速度最高効率かといえば、そうではないだろう。

 ———龍宮寺、お前ならどうする?

 

 (———俺に聞くのか)

 (うわなんだお前!)


 ついに反撃された!

 マジで⁈

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