第5章 混乱!大デート③
目的地で降りたものの、庵野さんらしき人は見当たらない。
そのため辺りをウロウロしていたのだが、何やら肩をポンポンと叩かれた。
「へ?」
「さっきからついてきてたんですけどね」
———そう笑いかける彼女は、全く別のイメージを抱かせた。
ポンチョみたいなコート———ケープコートを身につけている。そこにブラウス。ミニスカート。
ケープコートとブラウスは黒、ミニスカートはベージュ。
大人っぽい印象。
髪は何やらセットされておでこが見えるようになっている。失敗したら怖いやつだが綺麗なおでこだったようで、清潔感と透明感が増している。
———そして何より、メガネではなくコンタクトだった。
メガネをしていないからか、瞳の正しい形を初めて把握したような気がする。
思った以上に目力の強い、大きな垂れ目。
全く意識したことなかったような、そんな眼差し。
結論———やっぱ大人っぽい!!!
「いやぁ、全然気づきませんでした」
「そうですかね?」
そう指で髪の毛をくるくるさせる庵野さん。
そういうとこだぞ!そういうとこ!
「じゃあ、行きますか?」
「ええ」
庵野さんはどこか艶やかに笑う———なんかすごく違う———そうだ!化粧もしてるんだ!こりゃびっくり!
道を歩いていく。住宅街みたいなところだ、人気は日曜日なのにあまり見られない。
「知り合いの人って何やってるんですか?」
「家の一階で店をやってるんです。雑貨屋さんですね」
「へー……」
そんな小さなところで実験?
大丈夫なんですかね!
「昔からの知り合いですので、そこは保証しますよ」
彼女が微笑みかけてくる。
「そうですか」
こっちも微笑み返す。いや、それ以外に何ができるというんだ?
俺は童貞だぜ?
「ここです」
着いたところは、なんか八百屋みたいな外見のところだった。
しかし木造であろうその柱の色は何やら黒に近く、なにやら森の中にいるような感覚を呼び覚まさせてくる。
中にずんずん入っていく庵野さんを追いかけるものの、照明はランプ、そこら中には瓶の中の目玉やら骸骨やら爬虫類やらが散見された。
なんだここ———魔女のお店⁈
まぁそりゃそうだわな!あんなオカルト実験すんだから———いやあれよく考えたら物理学じゃね⁈なんでこんなとこに⁈
「すいませ〜ん夏子さ〜ん」
庵野さんは人を呼ぶ。夏子さん。随分と年齢を感じさせる名前ですけど?
「あもう来たのー?待っててー!」
なんか奥から声がする!
「知り合いの人です」
「なるほど」
「お待たせ〜!!!」
なんか出てきた———とんがり帽子に紺色のローブ!
顔立ちは美人だが———若作りもしっかりしているが———てか体つきはメチャそそられるが———隠しきれない小ジワ!
結論———多分コスプレしてる主婦!!!
「あら〜どうしたの穂波ちゃんこの子」
口元を隠しつつもう片方の腕をパタパタ動かす。典型的な動き!
「こんにちは、山田太郎と申します」
「あら〜今日はこんなとこまでよく来たね、ゆっくりしてってね」
ほんとだよ。
「この人は吉田夏子さん。ここの店主で、魔女の家系の末裔なんです」
「へ〜すげぇ」
素直に感心。
本当にいるんだなぁ。
「まぁもうほぼ漢方コーディネーターみたいなもんなんだけどね」
「漢方コーディネーター?」
「漢方の調合する人ですよ」
「へぇぇ……」
あれそんな名前なんだ……まぁ薬剤師とはなんか領分的にも違うからなぁ……。
「早速実験を始めちゃいましょうか」
「よーし!」
「……どうするんですか?」
「奥に部屋があるから、そこでドンパチするの」
ドンパチ⁈
何すんの⁈
何やら奥に案内される。間取りは普通の民家だった。どれくらい普通かと言うとトイレにマットが敷いてあるくらい。使わせてもらった。
しかしノロノロ進んでいくと、なんか異変が見つかった!!!
———黒くて硬そうな分厚い扉。
「久しぶりに見ました」
「でしょ〜こないだ久しぶりに掃除したの」
「……なんの部屋なんですか?これ」
「あ〜そうよねそうよね、驚くわよね」
うふふと笑う夏子さん。
ますます魅力的に感じてきたぜ……理性が飛びそうだ……!
夏子さんはそこで鍵を取り出す。分厚い扉に見合うのか、鍵にしてはやたらでかい気がする。
「大きいでしょ?」
「あ、あぁ、はい」
一瞬胸の話かと思った。
割といい大きさなのだ。
「こうしたら無くさないからいいのよ〜」
「理にかなってますね」
でも盗まれやすくない?それ。
「ほいがっちゃんこ!」
夏子さんは鍵を穴に挿す!
そしてひねる!
そして持ち手を引くと、ギギギと重い音を立てながら扉は開いていく!
———そこは、スタジオのような、四方真っ黒な無機質な空間だった。
しかしその割には天井が高い。
まぁ何かしらあると見ていいだろう。
「それじゃ持ってくるから待っててね〜」
夏子さんはしゅたたとドアを開いて消えた。
「山田くん」
「はいなんでしょう」
「さっきから夏子さん見る目が怖いですよ」
しまった!バレてた!
「すみません」
「……なんであの人に……」
ぼそっと何か聞こえた。
聞かないことにしておこう。僕は鈍感系だから。
「戻ってきたわよ〜」
嫌な静寂を掻っ切るように夏子さんが何やらカートを引いて再登場してきた。
カートには、大量の卵があった!
「卵⁈」
「そうです、これを用いて粒子の実験をします」
「やってみるのも久しぶりね」
腕を組んで伸ばすストレッチを始める夏子さん。あぁだめだ!ゆさゆさ揺れている!
「それでは夏子さん」
「よ〜し!おばちゃん頑張っちゃうぞ!」
夏子さんは卵を持てるだけ持つと、それを上に投げた!
「わぁ!」
流石に驚く!目の前でフードロスが行われているからね!
———すると、卵は空中でぴたりと静止した!
見てみると、夏子さんが何やら両手を前に出して力んでいる!
「———どういうことです?」
「夏子さんの魔法です」
「はぁ……はぁ……はぁん……」
顔を赤ながら呼吸を荒げる夏子さん!
うわぁ!エッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!
「夏子さん大丈夫ですか」
「最近ゴロゴロしてばっかだったから……キツイ!」
「ではこの状態で実験を行います」
「この状態で」
僕の下半身がいきり立っているこの状態で⁈
拷問だろうが!!!!!!
「で……できるだけ早く終わらせてね……」
夏子さんが相変わらずプルプル震えている。
全身揺れてるよ!!!いやらしい体だね!!!
「この卵を粒子に見立てます」
「あぁ!なるほど」
「そしてこれをいかに空中で集められるか?という実験ですね」
「あぁ……どうして集めるだけ?」
「あなた、理科とか学んでないんですか」
「あ、待ってください……今頭に浮かんできましたから……」
「じゅう、きゅう、はち、なな……」
なんか数え始めた!
時間をくれよ。
「———水の状態変化!!!」
「大正解です」
庵野さんが拍手してくれた。
「よくわかるね〜賢いんだね山田くん」
夏子さん!!!!!!
そうです!!!!!!僕賢いんです!!!!!!
分子についておさらいしよう!
気体固体液体の三態があるのは皆さんご存知の通りだと思う。
それらの変化を生み出しているのは、分子が動き回れるかどうかなのだ。
気体では分子は解き放たれた社畜のように暴れ回る。
しかし液体では少し落ち着く。ひとつひとつがちょうどいい距離感を保っている状態と言ってもいい。新学年の新クラスみたいなもんだ。
そして固体では、ぎっちぎちに隙間なく、押し固められるのだ。抑圧。
———つまり———あの時が止まっている状態は、分子が固体のような状態だから起こっているのではないか?というのがひとまずの答えというわけだ。
「ということでこれをまとめていきます」
「どうやるんですこれ」
そんなこと言ってると気づいたら庵野さんがでかい掃除機を持っていた。
俺くらいでかい。
何を起こすのか?
「これを使ってひとまとめに固めていきます」
「それだと集まるんじゃ」
「吹き飛ばしますけど」
「じゃこれ掃除機じゃなくないですか?」
「細かいことは気にしないでください」
なんか睨まれた。なんなんだよ⁈
「そうよ〜その方が気楽よ〜おばさんも昔は色々あったもの」
そうか……夏子さんにも悲しい過去があったのか……。
僕が忘れさせます!!!!!!
「あポチッとな」
庵野さんがボタンを押すと、なんかブルンブルン音が鳴っている。
掃除機の音じゃない気がする!なんか排気ガスも出ているし!
庵野さんは槍みたいにホースを構えた。やたら様になっている。腰が入っているのか?
やはりあれだけ強いのか、どんどん中心部にまとめられていく卵たち。魚卵に見えてきた。
「さて」
「なんですか」
「ここからどうしましょう」
「決めてないの⁈」
「この掃除機(?)が実際はどのようなものなのか、それが問題なわけです」
「なるほど」
どのような力で分子をまとめ、固めているのか?
全く不明。
———考えてみよう。
———状態変化するのは、どんな時だ———?
「……温度」
「なるほど、試してみる価値はありますね」
今度はなんか巨大なドライヤーを持っている!
さっきからどうやって持ってきてんだよ⁈
「fire」
「いい発音」
側にいても感じる熱風が卵に向かって放たれる!
「あ〜、暑いよ〜」
なんか夏子さんが汗かいてる!!!
透けちゃうな!!!!!!
てか庵野さん、海外にいた経験でもあるんだろうか?
よく考えたら、庵野さんが何してたのか全く知らない。
後で聞いちゃお!
———卵のことを忘れていた、見てみるとどんどん水滴がついていく。
———あれ?
———これまずくない?
「なんの変化もありませんね」
「いや……これ元々意味なくないですか?」
「否定はもっとやんわりするもんですよ」
「京都の方ですか?」
「私は奈良です」
奈良なのか……随分と田舎だ。
だから普段あんな格好なのか⁈
「あ〜〜〜ん、もうだめ〜〜〜」
夏子さんが膝をついた!!!
大丈夫ですか!!!!!!今すぐ保健室に行かないと!!!!!!
で、卵はぽとぽと落ちていく!
目を覆おうかと思ったが、なんか卵がポヨンポヨン跳ねていく。
庵野さんが一個拾って、手で割ってみる。
———白身はぷりんと、黄身は中心を残して、しっかり固まっていた。
「———ゆで卵ですね」
「———ちょうど昼飯はまだでした」
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