第5章 混乱!大デート①
「ただいま戻りました〜」
ルルシアがその一時間後に戻ってきた。
ちゃんと手の袋には平べったいピザの箱が見えた。
着服したというわけではなさそうだ。
「お前遅くないか」
「いやぁ……別にィ……」
「絶対なんかあるんだろ」
「……怒りません?」
「話次第によっては」
「えっとですね、ピザの注文を忘れてまず店に向かってしまったんですよ。」
「なんでそうなる?」
「そしてそれだと暇なので、居酒屋に行って奢ってもらったりして時間を過ごしてたんです」
「———ん、ん、んん?」
「ほら、私って可愛いじゃないですか」
確かにそれは認める。
黙っていたら白髪の美少女だ。
「だからちょっとお金ないって言ったら、優しそうなお爺さんとかは奢ってくれるんですよ」
「随分と微妙なラインを攻めてきたな……」
「そんでトイレで注文して、居酒屋の数品を平らげて、取りに行って、そして帰ってきたわけです」
「んー、ゆ、許す!」
「やったぁ!」
飛び跳ねて彼女は喜んだ。
「で、これからどうするんです?」
マルゲリータのチーズを伸ばしながらルルシアが問いかけてきた。
買ったのはマルゲリータ、テリヤキチキン、そしてクアトロフォルマッジ。
バランスの取れた三種類。
こういうところはちゃんとしている。
———しかし、話題は変わらず俺を真綿で絞めてくる。
「これからって、何を?」
「能力で一部始終見ましたけど———これ以上やるには何かしらのアクションが要りますよ」
「アクション」
「そう、これからの動きを変えるアクション」
「紗奈の胸は揉んだぞ」
「それは鈴代紗奈に対しての進み具合のアクションですよ!まぁ結構それで進んだんですけど」
「まじかよ」
それだけしかわからない?
ジリ貧!
「ですから、何かしらの大きな行動を起こす必要があります」
「そんなのわかんなくないか」
「いずれタイミングが来ます。そのときそれを選択すれば、自ずと答えはやってくるものです。それが運命ですから」
———運命。
こいつの能力に関わってたりするのか?
「とにかく、そのタイミングを逃さないことです。これだけ行動起こしてれば大分それは早まってるはずですので」
「俺そんなRTAみたいなことしてたのか?」
「えぇ。二ヶ月分くらい進みましたよ」
「早!」
———てか、紗奈とは遅かれ早かれああなるの?
運命怖くね?
そんなこんなで日は過ぎる。
あんなことしても普通に明日が来た。
ということで、俺は今日も廊下を歩いて隅っこに向かう。
昨日がケーキだったので今日は和菓子にすることにした。
もちろんその中でも紅茶に合うような、少し洋風のエッセンスを加えたもの———バターメープルどら焼き。
喜ぶかどうかはわからんが、ものは試しだろう。
何事も失敗恐れてちゃダメだろう。
「龍宮寺さん、こんにちは」
なんか女性の隊員から挨拶された。
三つ編みの女の子。
「あぁ、どうも」
あ!
しまった!!!
「……どうかしました?」
「いや、別に」
「ふふ、でもおかしくないかも」
「どういうことだ」
「最近少し機嫌良さそうですもん」
「そうか?」
「よかったです。ずっとあんなこと考えてたら気に病みますから」
「ありがとう」
ありがたい子だ。
紗奈にも君くらいの気楽さが欲しかったよ。
資料室の前に着く。
「庵野さーん!」
しかし返事がない———あ!そうか!
ノックを三回して、ごく普通に入る。
「———こんにちは、山田くん」
奥の机に座って読書をしていた。
肘をついている。大分リラックスできているように見える。
よかった!
「忘れてました。鍵してないの」
「あえて言わなかったの。忘れてると思って」
「ちょっと意地悪じゃないですか」
「君のしたことに比べたら、同じようなことですよ」
そう少し悪戯っぽく笑われた。
すっかり打ち解けられた。
「今日はこれです」
俺はバターメープルどら焼きを見せつけた。
「まぁこれは!お茶淹れますね」
ということでしばらく待つ。
しかしどうにも違和感が拭えない。
———部屋の香りが違うのだ。
元々たくさんの本やファイルを保管していたためか、何やらカビ臭い匂いがただよっていたはずなのだ。
それが今やフローラル。花のようなな香りに包まれて、気分は花畑のお嬢さん。
部屋を見回してみると———なんか至る所に芳香剤か置かれていた。
四方に。
結界かなんか⁈
「はい、どうぞ〜」
俺の前にお茶が置かれる。
———湯呑みに入った緑茶でした。
「ワァ!」
「……気に入りませんでした?」
「いや、何もそういうわけでは……」
「私お茶全体に凝ってるので。言いませんでした?」
「そうなんですか……」
まさかここまでカバーしているとは。
同年代とは思えない心遣い!
「美味しいですね。あんバターとかあるからおかしくないんですけど」
小さな口で少しずつ食べる庵野さん。
かわいい〜。
俺も食べてみる。
うん!ふんわりとしたバターとメープルの効いた生地に、餡子が妙に合う。
「思ってた以上でした」
「さて」
すると庵野さんは椅子の下からファイルの束を取り出した。
「まとめてみました。光をいかにして遮って時を止めるかについてのね」
「おお」
これさえわかれば!
こっちのもんだぜ!
「まず最初に、時を止めるという力は『固まらせる』というものだろうという結論が出ました」
「固まらせる」
ということは時を固めるのか?
みんなの意識を一瞬だけ、その『一瞬』に固定するのか?
はて?どんな力なんだ?
「固まらせるというのにも色々ありますが、光を固定するため、『小さな粒子』を固めていると考えるのが今の所一番ですね」
「小さな粒子」
原子とか?
だんだん物理学みたいな話になってきたな。俺は物理がいっちゃん苦手だ!
「しかしここで問題がひとつ」
庵野さんは人差し指をピンと立てた。
「どうなっているかは大体わかりました。ですが、何故そうなるのか、仕組みがわかりません」
「ははぁ、つまりブラックボックス?」
なんとなく思いついた言葉。合ってるかは知らない。
「そう、そういうことです。過程が全く説明できないんです」
「びっくりだなぁ」
過程がわからないということは、タネを明かさない手品ということだ。
つまりは文字通りの『魔法』。
ただ理解できないままボコられるだけだろう。
しかし、なんか口ぶりでは調べる方法もなさそうだ。
まぁいい!俺がボコられるだけだ!
でも希望は欲しいよ。
「…………では、どうするんです?」
「実験をします」
「実験」
「モデルを用意して、それがどんな風にすれば固まるのか、というのを試してみましょう」
「おお!」
「それを重ねればわかるはずです」
「じゃあ、今から準備を⁈」
「———いえ、後日知り合いのところでやります」
「なんでですか⁈」
なんかよく見ると庵野さんの顔が青ざめている。汗もダラダラ流し始めた。
「———私ですね、好きで引きこもってるわけでもないんですよ。一定以上の人間に囲まれると、体調不良になるんです」
「えぇ⁈」
だからここに⁈
てかなんだその悲しい生態⁈
「昔からの体質みたいなものでして……すみません」
「いえいえ、庵野さんの体が第一ですから」
「……では、いつがいいですか?」
「……俺が決めるんですか?」
「はい」
「え?じゃあ明日……」
「ええ。大丈夫ですよ」
「あ!でも歯医者が、じゃあ明後日」
「ええ。大丈夫ですよ」
「ん……?しまった!澄川と映画に行くんだった!う〜ん、今週末で大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫ですよ」
なんかずっとニコニコしてる。
「……あの、無粋なことを聞くんですけど」
「はい」
「……全部空けてくれてたりします?」
「ええ。そうですけど?」
———そんな気遣い!胸が痛い!!!
「別に私、ずっとここにいますから———それにここの管理者は私です、好きな時に閉めても文句は言わせません」
「はぁ……」
「山田くんは大丈夫、なんですよね?」
「それはもう」
「……少し付き合わせてしまうかもしれません」
「なんですか?」
「少し探してる本がありまして。それを探すのを手伝っていただければと思って」
「……そりゃあ手伝いますよ」
お世話になっている人が頼ってきたのだ。
そりゃあするでしょうよ。
「ありがとうございます!」
両脇を閉めて、両握り拳で口元を隠して喜んだ。
頑張れるぜ!!!これで!!!
「ではまた」
「それでは」
自然にドアを閉めて退出する。
もはや一昨日が嘘のようだ。
いやぁ!気分がいいぜ!なんだろうな!あんな人とお出かけできるからかな!やったぜ!!!
「よぉ龍宮寺」
するといつの間にかピアスを空けまくった、剃り込みの目立つ髪型の少年がいた。
「———澄川」
「なんだお前今の顔、その辺のモブみたいな顔だったぞ」
「訳あってな、演じなくちゃいけないんだ」
「へぇ———だとしたら大層なもんだ」
「好きでやってるんじゃないんだぞ」
「わかってるよ。にしても、なんだ、その———」
澄川が指摘しづらそうな顔でこちらをチラチラ覗く。
「なんだ。そんな顔色を伺って」
「お前———めちゃくちゃデレデレした顔だったぞ?」
「何⁈」
「気づいてないのか⁈」
互いに驚愕!
仕方がないです。
「バカな。そんなわけが」
「いや、ひどい顔だったぞ。この際見せてやる」
すると澄川の顔がグニャグニャと粘土のようにこねられ———そして整えられ現れたのは、鼻の下を伸ばしたその辺のモブ顔だった。
なんか歯を出しまくってる!
割と白い歯!
「ひどいものだ」
「だろ?」
一瞬で元に戻る。
「お前には紗奈ってのがいるのに、なんだぁその顔は」
「あいつは、恋人ではない」
「嘘こけ、昨日フラフラしながら『龍宮寺、龍宮寺……』ってうわごと言いながら廊下を何往復もしてたぞ」
「……」
何あいつ⁈
帰りなさいよ!その状態でなんの仕事ができんだよ⁈
「今度は相当な焦り顔ときた」
「……まずいな、親戚が来て以来表情が」
「それで、いいんじゃねぇの?」
「澄川?」
「別にさ、目的に向かう道筋が一本とは限らねぇだろ?」
「なに?」
「別に効率化一本で最良の結果を得られるとは限らねぇよ、どんなイレギュラーが起こるかわかんねぇし」
「確かにそれはそうだが」
「そんなこと言っても、お前は現にそうなりかけてるってわけ」
「———バカな」
「自分の本心に聞いてみな。もっと楽しく生きれるぜ」
「珍しく、笑わないんだな」
「お前のあんな顔初めて見たからさ———変わったなって、思っただけさ」
そう言うと、肩をポンと叩くと、そのまま去っていった。
本心に聞く———か。
胸に手を当てて考える。
———庵野さんは、何が特別なのか⁈
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