第4章 専門家を呼べ⑤

 「わぁ!病人!」

 「……ほっとけ……」

 家に帰って鏡を見てみると、やつれて今にも死にそうな顔をした男が写っていた。

 「何したんですか、クスリ?」

 「———無理やり紗奈の胸を揉んだ」

 「———そんな」

 ルルシアも流石に顔がひきつる。

 「いつかはやると思っていたが」

 「ぶっ飛ばすぞ」

 しかしそこまでひどく思っていないようだ。

 顔がすぐにいつもの飄々とした感じに戻った。

 「冗談ですよ、だって山田さんがそんなことできる肝っ玉の持ち主なわけないじゃないですか」

 「いちいちうるさいがまぁそうだな」

 「何でそこまで?」


 「———ある女性と関わる必要が出てきた」


 「———朝のケーキもそういうことですか」 

 「そういうこと」

 「それで帰りかなんかに遭遇したんだ」

 「ほんといいタイミングでね」

 「不幸だ〜!!!」

 「やめろ怒られる!」

 見間違えか髪がツンツンしていた気がする。

 「それでどうしたんです。揉んだにしても例があるでしょう」

 「例えば」

 「その場で揉んで逃げたり」

 「小学生じゃないんだから」

 「じゃあなんですか縛って吊したんですか」

 「そこまで変態なわけでもない」

 「じゃなんだってんだゴルルァ!!!」

 「多目的トイレに連れ込んで、胸と尻を揉みながら言葉責めを……」

 「……ちょっと待って震えてる」

 「改めて文字に起こすとひどいなこれ」

 「なんでそんなことしたんです?」

 「いや、最早そこまでしてメンタルリセットしないとなんか壊れたみたいに笑うばかりでね」

 「面倒ですね」

 「俺が絡むとメンタルがおかしくなる」

 なんか近づきたくなくなってきたぜ!

 そんなこと言っちゃだめだな!

 大事な友達でもあるからな!(掌返し)


 「———なんで仲良くしようとしたんです?」


 「———それを聞くか⁈」

 「別に吸血獣のことが知りたいなら組織に属するだけでよかったでしょう。無理に女を作る必要はないはずですが」

 「ごもっとも」

 「なのに何故!」

 「いやぁ、なんか強いみたいに見られてたら実際強かったみたいで、俺……」

 「自慢にしか聞こえない」

 「そしたら否応無しに絡まれ始めて……なんか冷血チ◯カス野郎とか言われたので……」

 「そこまで言ってないと思います……」

 「まぁそんで助けたらそうなった」

 「それじゃないですか!見捨て……み……み、見捨てろ!」

 「お前も情を捨てきれてないじゃないか」

 「確かに無理ですねこれ」

 回避不可のイベントシーン。

 どう足掻いても、あの場で助ける以外の選択肢はなかったようなものだ。

 

 ———もういいや、考えるのはやめよう。


 「一体いつからおかしくなったんですかね」

 「———えーと、お前が来た頃……いやおい!」

 俺はルルシアの首を絞める!


 「貴様が~~~!!!だから俺がこんな目に遭うというのだ~~~!!!この~~~!」

 「ぐええぇーー!悪霊退散悪霊退散!!!」

 割と苦しいのか顔を真っ赤にして、十字を切っている。

 ということで手を離す。

 「お前じゃん!!!」

 「悪いですか???」

 「いや……俺にまつわることを考えるとそれも仕方ないな……」

 「逃れられぬカルマを背負っているかのようだ」

 「にしてもな、その前は別に他の女の子といても何の反応もしなかったんだけど」

 

 「———多分ですね、私が来たことで警戒心を持つようになったんですよ」

 「なんと」

 「これまで周りにいようと、友人のような踏み込んだ関係になる女の子はいなかった訳です。それで山田さんの隣にいるのは自分だけ、とある種、油断のようなものを持っていました」

 「えぇ〜」

 勝手に隣に立たれた!

 「ですがある日私という同居人が現れたことで、危機感を持ったわけです。そのため、山田さんについた庵野さんの匂いに過敏に反応した、というわけですよ」

 「なるほどぉ〜」

 納得する。

 しかしどうも釈然としない!

 「……結局原因お前では?」

 「聞こえなーい!聞こえなーい!」

 両手で耳を塞ぐ。

 

 俺だって聞きたくねぇこんな話!



 そんなことがあったので諸々のやる気を無くしてしまった。

 「メシまだですか」

 「やだ〜〜〜〜!!!」

 手足をジタバタさせてしまう!

 もはや俺が俺でないような———いやあんなことしたらそうかもしれない。

 ただでさえ別人のような人物を演じ、そしてその上でとんでもないことをしたのだ。

 二重の負担だ。自己が行方不明になるわ単純にメンタルにダメージが入るわ、碌なことがない!

 「どうします?今日外食にします?」

 「そうしよう」

 「なんか食べたいもんあります?」

 「俺が家長なんだけど?」

 「だからあなたに委ねてるんでしょ」

 「そっか……なんだろう……」

 考えてみると、自分で食べたいものを食べる、という体験は家出てから全くない気がする。

 その時旬のものとか、そんな感じで決めていたのだ。

 確かに、忘れていた。この感覚を。

 「……!!!」

 「泣かないでくださいよ!」

 「ピ……PPPPPP……」 

 「あの打ち切り漫画?」

 「ピザが……食べたい……」

 「ピッツァ」

 「俺の誕生日の時はいつもそうだったんだ」

 一人で一枚。

 すごく贅沢だった。

 「まぁ、そんくらいしないと回復しないでしょうね」

 「いいのか」

 「ええ。私は脂質が大好きなので」

 だからその胸部なのか?

 だから紗奈は中途半端なのか?

 いやどうなんだろうその辺。

 「どうします、めんどくさいからデリバリーにしますか」

 「イヤッ、イヤ、イヤ!!!」

 「ちいかわいた」

 「デリバリーせずにわざわざ取りに行けば、一枚タダになるんだ」

 「あぁもう◯◯◯◯◯に決めてたんだ」

 「何で消えたんだ」

 「消しといたほうが都合がいいそうです」

 「企業から逃げるな」

 「で、どうします?行きますか?行くんなら私が行きますけど」

 「……そうか、なら行ってくれるか」

 「えぇ。これくらいはしないと居候として居づらいですし」

 「そうか……」

 お前、二日目でパシらせたの忘れてないからな!

 

 注文は行きながらするということで出て行かれたものだが。

 お茶でも飲もうと冷蔵庫を確認すると、悲しいことに牛乳が切れていた。

 今すぐ連絡するのも迷惑だろう。多分真っ直ぐ帰ってきている。

 いやそうしない可能性も十分あるが。

 ならば、今さっと近くのコンビニに行って、戻ってきた方がいいのではないだろうか?

 ということで外出することにした。


 うちはアパートの三階である。エレベーターはなく、階段しかない。

 そのため降りていく———だが足取りも少しふらついている。

 何であんなことやった方が足ガクガクになってるんだ。おかしいだろ。

 そのまま家の前に出たところ。


 「や」


 何やら三十代くらいの女性がいた。

 髪は少しウェーブのかかった短髪。垂れ目。泣きぼくろ。そして豊満な胸をはじめ全体的にむっちりした体つき。

 ニットにスリットの入ったミニスカート。そして何よりそのむっちりとした肉を包む黒タイツ!

 エッッッッッッッッッッッッッッ!!!


 ———だが、何やら体が反応してくる。


 ———下半身じゃない。何やら脳が、これをそういう人間だと判別させないように阻害してくるのだ。


 「どうしたの?そんなガクガクして」

 「肉体も、下の分身も、お前を絶世のお姉さんだと言っている———だが!俺の脳ミソがそれを否定してんだよ!お前ヒメだな!!!」

 「そうだよー、難しかった?」

 「いや、目でわかる」

 「さすがだね」

 口ぶりはいつも通りだ。

 妙に大人びているが、しかし少女らしさがないわけでもない。

 まさしくませた子。

 「なんだこんなときに」

 「来ちゃまずかった?」

 「別に時間はあるけど、そんな長くいれるわけでもないぞ」

 「でも上げてくれるんだ?」

 「恩人だからな」

 「ふふっ」

 そう言うとなんか嬉しそうに笑った。

 初めて彼女の愛想じゃないのを見た気がした。

 

 「へぇ、思ったよりもいい部屋だね」

 「そうかな?」

 彼女は上がると、ソファーに座ってたたずんだ。

 「お茶でも淹れるよ」

 「ありがとう」

 こんなこともあろうかと買っておいた茶葉をしっかり缶に移しておいた。

 急須で淹れて数分待つ。

 「あの後何か進展あった?」

 「専門家は見つかったよ、でもやっぱり時止めの原理は分かってはないな」

 「知りたい?」

 「知ってるのか⁈」

 「残念、知りません」

 「なんだよ、期待させて」

 「———吸血鬼はね、能力の詳細を仲間にも伝えないんだよ」

 「大丈夫なのそれ?」

 「だから基本的には孤軍奮闘することになるよ」

 「はぁ……」

 思ったよりも独特な体系というか。

 まぁそうまでしても勝ててきてるんだろう。

 「———でもお前は、俺に能力を伝えた」

 「全部伝えたと思う?それに私がどうしたら変身できるのかなんて、原理は知らないままでしょ?」

 「確かに……」


 「この姿も、本当じゃないかもしれないよ?」


 「———えぇ?」

 「それは嘘だけどね」

 「なんかすごい悲しかったぞ今」

 「ごめんごめん。でも悲しんでる場合でもないかもよ」  

 「どういうことだい」

 「そもそも、山田くんに関しては自分でさえ知らないじゃん」

 「そこ突かれると痛い!」

 それを知るために女の胸揉みしだいたのだ。

 誰か教えてくれよ!神でも何でも!

 「中の人については何も知らないで、いいんだな?」

 「うん。てか姿さえ知らない」

 「姿も知らない!」

 言葉だけ!

 俺の中に⁈

 「私が生まれた頃にはとっくに行方不明で———そんなのが二体いて、その内の一人が山田くんの中にある」

 「へー」

 手がかりはそれだけか。

 だがスペードだから剣を使うわけでもない。名前を聞いても捜索の手助けにはならないだろう。

 「———それで何さ、用ってのは」

 「んー?ちょっと疲れてるかもしれないからさ、手助けしてあげようと思って」

 「何でそんなことがわかる?」

 「私を舐めてもらっちゃこまる。そもそもさらに上なんだから、山田くんのこともわかるんだよ」


 ———ほんとかな?


 俺がスペードが何してるか感知してないから、それは怪しいと思うんだが……いや、まぁいいや!ご厚意を無駄にはできない。なまじ恩があるなら尚更だ。

 

 「で?何をする気なんだ」 

 するとパンパンと膝を叩き始めた。

 黒タイツに囲まれた肉が震える!


 ———そうきたかぁ〜。


 ということで俺は膝枕することになる。

 彼女が黒タイツをつけているせいか、生足よりも滑らかでより柔らかく感じられる。

 「どう?落ち着くでしょ」

 「いや、まぁ……いやさ、俺はこういうの好きだけどさ、いつどこで知ったんだよ?」

 「包容力のある女性、って調べたらこんな感じのイメージが出てきたんだ。普段の姿でも良かったけど、頭を全部カバーできるかと考えたらね」

 「機能性の問題」

 「そういうこと」

 機能性を高めるためなら仕方ねぇな!

 でもそのせいでダサいデザインになったやついくつもあるな!複雑だぜ!

 「耳かきしてあげよっか」

 どこからか耳かきを取り出してきた。

 「……ええ?」

 「疲れをとるにはこれが一番だよ」

 中堅Vtuberがよくやってることを、顔見知りにやられなければいけないのか?

 まぁいいか!ご厚意だしな!

 

 ———耳かき?

 ———この姿で?


 ———まさか!!!


 「お前!やっぱりそういう店で!!!」

 「いやいやいや」

 ヒメはやんわりと手を振る。

 やんわりってそれ認めてるみたいなもんでは?

 「———どうなんだ、実際?」

 「別に、普通の飲食店の店員とかだけど」

 「———コンカフェか」

 「私をなんだと思ってるの」

 「違うのか?なぁ!違うなら違うと言ってくれ!」

 「———はぁ」

 するとため息をつかれた。

 こちとら親心だぞ!


 「それだけ気にするってことはさ、裏返して考えると一番そういうのが気に入ってるのはあなたなんじゃないの?」


 「———な」

 

 心の奥底をキリで突き刺されたような、そんな気持ち!!!

 そういうことだったのか!!!

 「そうだったのか———」

 「まぁ仕方ないよ、あんなことに力使ってたもんね」

 「すみません」

 今すぐあの過去を消したい。

 「———でも、コスチューム着るってのもね、楽しいかもね」

 どこかうわの空の発言———いやこれあえてのうわの空!

 「———頼んだら、着てあげるよ?」

 「……?」

 なんだこいつ……?

 誘ってるのか……?

 お前まだまだ子供なんだぞ……?

 なんなら俺も子供だぞ……?

 「……気が向いたらそうするよ」

 「そ。じゃあやっていい?」

 「あぁ……優しくしてください」


 それからは筆舌に尽くしがたい時間だった!

 これまで感じたことのない快感が俺の身体の隅から隅まで伝達する———これはなんなのだろう!

 おそらく耳垢が取れていることにより、デトックス効果が来たのだ!

 まさかここまでいいものだとは———!


 いつか行ってみよう。


 「はい終わり」

 彼女はティッシュで耳かきを拭いていた。

 というか見上げる視線になると大分双丘が目立って顔があんま見えない。

 「どうだった」


 「んー、あんまりなかったよ」


 「ねーのかよ!!!!!!」

 「そんな驚かなくても」

 俺のあのモノローグはなんだったんだ。

 「初めてだったけどね、ほかの人のするの」

 「初めてであれかよ!」

 「余程気持ちよかったと見える」

 「ええ。プロ並みですよあれは」

 「なっちゃおっかな〜」

 「頼むからやめなさい」

 「ふふ。もちろんもちろん」

 からかわれた!


 「———ずっと、山田くんにしかやってあげないから」


 なんかそうサラッと言われる。

 もっと友達作ってくれ———いや友達に耳掃除するっていうその構図もまぁまぁ変だな。まぁいいや。それで。

 「それはそれは」

 「暗くなってきたから、そろそろ帰るね」

 「そうか……すまないね、いきなり来てこんなことしてもらって」

 「ふふふ」


 「———山田くんが望むなら、もっといろんなこと、してあげるよ?」


 ん?

 何を言ってる?

 

 「———わたしたった一人で、満足できるようにしてあげるから」


 ———俺そんな溜まってるように見えるの?

 ちゃんと筋トレとかもしてるんですけどね———あれ発散にいいから、いろいろ。


 ———てか一人で⁈満足⁈


 ———知っているのか?他の女の子のことも?本当に⁈


 「じゃあね」

 膝をスッと抜いたので俺の頭はソファーにゴッ、と落ちる感じになった。

 スタスタと玄関に向かって行く!

 待て!聞きたいことが片手の指くらいはある!

 「待て!待てって!待て!」

 「———会いたいときはいつでも呼んでね。どこにいても飛んでくるから」

 そう振り向いて怪しい笑みを浮かべると、ドアを開けて出て行った!

 「おいおいおい!」

 続けてドアを開けてみるも、もうすでに姿はなかった。

 ———流石にすぐ消えるのはおかしい。これも能力にあたるというのか?

 ———だからいつでも現れられるということなのか?

 ———てかまじでさっきの言葉なんだ⁈


 結局疲れた心にダメ押しされただけだこれ!クソッ!


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