第4章 専門家を呼べ④
ゲェ!
出やがったこいつ!
「———紗奈」
「なんだ、資料室なんかに来て」
「少しスペードのことについて話がな」
「確かにな、あれについては重々対策を組むべきだ」
「———俺はもう戻る。やるべきことは済んだからな」
とっとと背を向けて帰る。
何か追求されるとめんどくさい。
「———ねぇ、待ってよ」
———この口調は!
———よく笑う時の口調———女の子の時の口調!
こんなとこでしていいのか⁈と思ったが、どうやら今日の今頃は組織の人間もあまりいないらしい!廊下にはほぼ俺と紗奈しか見られない!
振り返ると、そこにはあの時と同じ、どこか虚空を見つめる瞳があった。
どこにも底の見えないそれで、俺だけをそこに写している。
「なんだ、俺は忙しい」
「———それって、その匂いのことかな?」
なんか口だけ歪んだ。
笑ってない!
せめてもっと怒れ!
「匂い?」
「あーそうなんだ、はぐらかすつもりなんだ?」
「何をだ」
「———女の人の匂いがするよ」
———犬かなんかですか⁈
「一緒に仕事をしたりだったら、普通に付くだろう。何をそこまで」
「———小賢しい匂いがするんだ」
「小賢しい匂い⁈」
「あれっ、随分と取り乱すね」
パワーワードが出てきたので山田太郎が出てきてしまった!
「何を訳のわからないことを。疲れているんだ、お前も早く休め」
「しっかり最近は八時間寝てるよ。だから間違いなんてあるはずがないんだ」
あくまで口調はずっと優しげだ。
それがいっちゃん怖い!
「———つまり、何がどういうことだ」
「その匂いの元の人———元々無頓着な人だからかなり臭いはずなんだよ。でもそこに何かしらの香りがする。普通のシャンプーとか石鹸の香りに、さらに香水の香りまでね。なんでそんな風にする必要があるんだろうね?」
「———人と仕事をするようになったから、そういう風にしたんじゃないのか」
「普通はそう思うよね」
「なんだ、じゃあ何がおかしい」
「———なら普通に消臭する目的以外の香りなんてつける必要はないはずだよね」
「———何⁈」
「この香りさ———男の人が好きな香水の香りらしいんだよね。なんでそんなもの、仕事相手に対してつけなきゃいけないんだろうね?」
「———⁈」
庵野さん⁈
気遣いありがとう!でも今日はだめだ!
———にしても、えぇ?えぇ⁈
「———俺は鼻炎持ちだ」
「それが言い訳になると思ってるの?」
気がつくとだんだん顔を近づけられていた!
「そういう人間といた事実は、覆らないよ」
空洞みたいな目で冷たく言い放つ。
僕なんかしました⁈
「なんだ、お前俺にどうして欲しい」
「……そんな簡単に済ませるつもり?」
途端にちょっとした感情が読める。
怒りと親愛。
———嫉妬⁈
「———お、お前は俺の何なんだ。単なる同僚だろ」
「———」
何だ⁈
なんかすごい顔に影がかかる!
どんどん彼女の体から力がなくなって、やがて壁にもたれかかる。
そしてそのまま壁に沿うように、ふらふらと床に全身が吸い寄せられるようにへたり込んだ。
「———どうした」
さすがに心配になるので、一応屈んで声をかける。
「あ、あは、あはは、あはははは———」
瞳を変えずに大粒の涙を流しながら、歪んだ口元から乾いた笑いを発し始めた。
こ、壊れちゃった⁈
「おい!しっかりしろ!」
「うそ、うそだ、うそなんだこんなの、うそだ———」
なんか舌足らずの発音で何かを訴えている。
法廷なら言わなきゃどうしょうもないからね。
「何が嘘だというんだ」
「龍宮寺は、そんな人じゃない———」
こんな人だと思うんですけどね。
「———ちがうんだもん、ちがうちがうちがう!!!」
なんか落ち着いたのか普通に泣き始めた。
ちょっと幼児っぽいイントネーション。
めんどくせぇな……これ以上こうしてると彼女のメンタルブレイクにつながってしまう。
どうするべきだ?
今は彼女のメンタルの復活を第一に考えるべきだ———とすると、ある程度跡が残るようなことでないと、今すぐ黙らせるのは難しいだろう。
にしてもまさかここまで不安定になるとは。
この人大丈夫?と思ったが多分これは俺の責任だ。自分のケツは自分で拭かねばなるまい。
———俺は紗奈の手を掴んで立ち上がらせた!
「……え?」
紗奈は呆気に取られた様子だ。
その方が都合がいいというものだ。
そのまま多目的トイレまで直行する!
そしてドアをバァン!と開けて、彼女を壁に背中がつくように押し付けた!
「……り、龍宮寺……?」
目をぱちくりとさせている。
これが現実かどうか分からなくなっているようだ。
だが———今から夢を形にしなければいけない———というかしないといけないところまで俺が追い詰められている!
「お前、最近調子に乗りすぎだ」
「……それは、龍宮寺が」
「俺が何だ!俺たちの目的は吸血獣を撲滅すること!それ以外に何がある!」
「わかってる———でも、私の弱さを受け止めてくれるって、言ったから———」
「もう散々だ!いつまでヒステリーに付き合わなきゃいけないんだ!」
「そ、そんな……」
———そこで俺は、紗奈の胸を鷲掴みにした!!!
「んんっ⁈」
むにゅっという感触。
手のひらに収まる、程よい大きさ。
しかしそんなことに気を向けている場合ではない!
「あれだけ付き合ってやったんだ、お前を好きにしていいはずだよな?」
「り、龍宮寺、んっ、お、おかしいよ……そんな、効率重視なのにっ」
「欲望は湧くんだ、それを効率的に発散しようとしているだけさ」
悲しみながらも感じてる!
このままやっていくぜ!
「こんなもんぶら下げやがって」
下から持ち上げる形に持ち帰る!
「べ、別に好きで付けてるじゃないよ!」
「黙れ!!!」
「ひっ」
「いちいちお前は細かいことを気にして、こんな陰気な女、そもそもみんなもらい下げだろうよ」
「ひ……ひどい……」
ショックを受けている!
なんか悲しくなってきた。
「———だからお前に、俺が何だとかどうだとかいう権利はないんだ」
再び胸を鷲掴みながら言う。
「……!」
実際やり過ぎたところがあったのか、紗奈は顔を赤らめながら、ただ悔しそうに口をつぐむしかなかった。
「ほんとは嬉しいんじゃないのか?もっと反抗してるはずだ」
「そんなことないよ!」
ああもうとっとと逃げたい!
「じゃあ辞めるぞ」
手を胸から離す。
「……」
するとこちらの袖を握り返してきた。
「もっと正直に言えよ」
「……いじわる」
「俺の性格が悪いことは承知のはずだ」
今度は両手で揉みしだく!
「ん、んんんっ、んああっ」
だんだんと紗奈の声色が甘いものになっていく。
今が週末の午後の多目的トイレの中ということをしっかりと考えてもらいたい。
「そんな声を上げて、とんだ淫乱だな」
「そっ、そんなぁっ!私、エッチな人じゃないよっ、んあっ!」
「嘘をつくな!!!乳首は立っているぞ!!!」
「ばっ、ばれたあっ」
何でこいつ変なノリに乗ってくるんだ?
元々そういう側の人なのか?
なんかもう呆れてきた。
「ね、ねぇ、もう焦らさないでよ……」
吐息混じりでそう囁いてくる。
しかし!そんなことしたらもうイメージは崩壊!効率的じゃないからね!(正直勇気は今ない)
「誰がそんなことすると言った」
「えっ……ここまでしたのに⁈」
流石に驚く紗奈。まぁそりゃそうでしょう。時計を確認したら二十分経っていた。胸揉むだけで二十分。普通のビデオならもう飛ばしてる頃だろう。
「ならここがいいのか?」
今度は彼女の下半身に触れる。
むにゅ、と感触こそ似ているが胸よりも包み込むような柔らかさのものに指が沈んでいく。
「え、ええっ⁈」
「俺がお前の言うことを聞くと思うなよ」
「あっ、でもそこは……んんっ!!!」
胸の時よりも大きな嬌声を上げた。
「なんだお前、胸よりもこっちが敏感か」
むにむにと揉んでいく。ついでに穴の方にも指を……いやこれいいのか?いやガチで。
「り、龍宮寺……」
「とろけた顔をしやがって」
———この辺りで尻をつまむ!
「いたっ!」
「そろそろお預けだ」
「そ、そんな……」
本当に泣きそうな瞳になった。もっと自制心を強く持て。
「いいか、ひとつ言っておく」
紗奈は打って変わって素直に頷いた。
「———言えなくてすまん。俺は、本当はお前のことを特別な存在だと思っている」
———流石に自分でも無理がある気がしていた。
しかし問題の彼女は驚愕した表情を浮かべて、何やら口をパクパクさせている。
そんなことを求めていたのに一番期待していなかったのはこいつだったのか?
にしても発言がコロコロ変わるぞ龍宮寺———いやまぁ今回は非常事態だからしょうがないんだけど。
「たとえどんなに女に近づいていても、お前に必ず戻ってくる。俺を信じてくれ」
「う、うん……」
彼女は恥ずかしそうに俯いて頷いた。
冷静に考えると浮気を合法化しろ、というめちゃくちゃアレなことを言っているのだが、このトイレでの出来事が嘘っぱちに信憑性を与えてしまっているらしい。
「———俺は電話するから、お前は先に帰れ」
「う、うん。頑張ってね———」
彼女はドアを開けてそのまま、ふらふらとした足取りで去っていった。
さて!!!すごく心臓がバクバクする!!!
こんな気持ち!!!初めて!!!
死に直面したときの動きだと思うんですけど。
その辺どうでしょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます