第4章 専門家を呼べ③

 「どうしたんですそれ」  

 翌朝。

 出かける準備をしていたところ、ルルシアに手に持っている紙袋について指摘された。

 「あぁ、これ?昨日買ったケーキ」

 「誰かに持っていくんですか?」

 「まぁね」

 「私の分は?」

 「あるわけねぇだろ、こないだので一旦満足しろ」

 「ケチ!……でもなんで昨日買ったんです?」

 「いやぁ、夜にしかやってない店でね」

 「へぇ、そんなことするなんて珍しいですね、外ではあんなキャラしてるから余計に」

 「色々重なったんだよ、ほんと」

 ルルシアは眉間に指を置く。

 「———なるほど」

 答えがわかったらしい。  

 既に終わっていることの答えは簡単にわかるのだろうか?

 「まさか山田さんが山田さんになるとは」

 「ややこしいな文字に起こすと」

 「まぁ、自然体で頑張ってくださいよ」

 「なんとかね」

 まぁなんとかなるだろう。

 基本的にわかりやすい人だから。


 「すいませ〜ん」

 再び資料室。

 コンコンと何回もノックをしているのだが、なんか一向にドアが開く気配がしない。

 鍵をしなくなったのか?と思いドアノブをガチャガチャやるものの、開かなかった。

 「どういうことですかー!昨日また来てねって言ったじゃないですかー!」

 「———今はだめです」

 「ええ⁈何が⁈」

 「…………」

 「開けてくださいよ!開けて!」

 ノックと呼びかけを繰り返す!


 「———ごめんなさい」


 するとドアの向こうからそんな申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

 「何があったんですか!何かあるなら助けになりますから開けてください!!!」

 「———たし」

 「へ?」


 「———私は、罪を犯しました!!!」


 「罪?」

 なんか声がすごく震えている。

 人でも殺した後のようだ。

 そんなことできる?この人。

 「———あなたの前で、醜態を晒してしまいました」

 「———あぁ」

 確かにそれはそうですね。

 なんか目つきがほんとに充血しててやばかったからね。ガンギマリ。水木マリ。

 「それに、こんな体で、あなたの手に勝手に触れて———」

 「別に、可愛らしいお姿じゃないですか!」

 「そうもいきません!」

 「何が!」

 「その、その、私———」

 

 「———三日ほどお風呂に入ってなかったんです!!!」


 「えぇ⁈」

 「すぐに終わるものと思って一瞬で済ませようとしていたところ———ヒートアップしてあんなことを……」

 「いやそうでしたっけ?」

 「山田くんは記憶から消してるんです!!!」

 「なら最初からやってますよ」

 「最初⁈」

 しまった!

 龍宮寺のときを含めてしまった!

 どうしましょう。

 「記憶が操れるなら、とっとと出てきてもらってますよ、それを忘れてもらって」

 「怖いことを言いますね……記憶ですか……それもありましたね……」

 何やら言いたげ!

 仕方がない———強硬手段だ!

 「その力を持ってる化け物はなんですか」

 「サルガタナス———悪魔の一人で、基本的には記憶を消したい相手に取り憑かせて記憶を消させる形で運用します。黒魔術の中では比較的楽な方です」

 「それも時を止めることに繋がってると思うんですが」


 するとドアが瞬時に開かれた!


 「なるほど———人々の意識を一定時間消失させることで、擬似的に全く何もできない状態を作り、そしてそれにより人々には何が起こったのかわからなくさせる———ということか———」


 バカめ!

 「お邪魔しまーす」

 そのままズカズカと入室する。

 礼儀もクソもねぇ。

 「あっ、ああ……」

 たじろぐ庵野さん。安心してくれ。俺は鼻炎持ちなんだ……。

 紙袋を庵野さんに見せつけるようにする。

 「ケーキもあるんですよ、食べてもらわないとこちらが困ります」

 「あ、ありがとうございます……」

 昨日と同じ席に二人向かい合って座る。


 数秒間の沈黙。

 

 「す、すみません!紅茶入れますね……」

 なんかテンパった感じで庵野さんが立ち上がる。

 「いえいえそんな……」

 「こうなったらこうなったこと……しっかりと応対しなければ、失礼になります」

 「部屋に入ったら俺の勝ちってことですか」

 「……嫌な言い方しますね」

 「ははは!」

 つい笑みが溢れてしまった。失敬。

 「何笑ってるんですか!もう!こっちだって悩んでるのに!」

 なんか小さい手をぶんぶんして怒ってる。

 リスが反抗してるようにしか見えない。

 「イライラするときは甘いものですよ」

 「頂きます!」

 なんかふんぞりかえってる。

 可愛らしい。

 「皿あります?」

 「あ、皿ならその辺りに……」

 「あれあれ?イラついてる割に?」

 「〜なんなんですか!いきなりそんなからかって!」

 「いやぁ、反応がすごく面白いので」

 「……面白い?」

 ポカンとした表情。人とどれだけ関わらなかったんだ?

 「こんな感情豊かな人いませんよ」

 「……そう、ですかね」

 なんか下を向き始める。

 やめて。可愛い顔こっちに向けて!

 皿を棚から発見する。

 「もっと自信持ってくださいよ。割と話せる人ですよ、庵野さんは」

 「……えへ、えへへ」

 なんか照れ始めた。

 すごくまともな女の子と喋ってる気がする!

 俺恵まれてねぇなぁ!

 「あ、紅茶淹れないとですね」

 「早くしてくださいよー」

 「ごめんなさいごめんなさい〜」


 「どっちにしますか」

 「うーん」

 ケーキの箱を開けると、二つのケーキが入っている。

 チョコレートのコーティングがされたケーキと、ショートケーキがひとつ。

 「……チョコレートで」

 「どうぞどうぞ」

 皿にケーキを移す。

 「……たくさん調べられました」

 「それはよかった」

 二人してケーキをつまんで紅茶を飲みながら、話を始める。

 「先ほどの、記憶の消去、という観点はどうでしょう?」

 「うーん、だとしたら色彩が消える理屈がわかんないんだよな」

 「……となると、これもまた違う、と」

 「多分光を何かしら遮っていると思うんですよ、白黒になっているから」

 「なるほど……となると光の錯覚はどうでしょう?」

 「錯覚」

 「目の虹彩から何かしらを放って錯覚を起こしていたかもしれません」

 「なるほど、屈折を利用して視覚を遅らせてみたり?」

 「そうですね。レンズの原理を利用したようなものが代表的でしょうかね」

 「———でも、そんなことをしていたとは聞いていません。実際知り合いに押されていたらしいですし」

 「暇がなかったと?」

 「その吸血鬼は、片目しか見せていなかったらしいんです。そう考えると、目を使ったような技は不適格なんじゃないのかなって」

 「……なるほど……」

 一瞬口元に手を当てて、庵野さんが俯き気味に考える。

 「———時を止めるとはいえ、別に戦闘的に長けているわけでもない?」

 「現時点ではそんな感じですね。本気出してなかったみたいなんでわからないですけど」

 「うーむ……」

 紅茶をすすって、唸る庵野さん。

 てかもうケーキが皿から消えてる。

 頭使うからね。仕方ないね。

 「———私もいよいよお手上げになってきました」

 「流石に厳しいですか」

 「光に干渉できる、とまでいくと最早半端なスケールの力ではありません。それこそ神話のレベルとまで言っていいでしょう」

 「神話のレベル?」

 「天候を操ったり、死者を蘇らせたり。いるにはいたらしいんですけどね」

 「そんなレベルの存在の可能性がある?」

 「えぇ———太刀打ちできるかどうかは怪しいですよ」

 「そんなぁ!」

 流石に声が出た。

 「……ごめんなさい、こんなふうに言ってしまって」

 「いや、大丈夫ですよ。それに現時点でそう見えてるだけで、もっと深掘りすればわかることもあるかもしれないじゃないですか」

 「……諦めるということをしないんですね」

 「そりゃあその知り合いの精神がかかってますからね、守り切らないと」

 「……友達思いなんですね」

 「一心同体みたいなもんですよ、生意気だけど根が悪いやつじゃない」

 「あなたくらいしか友達がいないんじゃないんですか、そんな人」

 なんかちょっと毒づき始めた。

 この人もこの人で尖ってるとこは尖ってるなぁ。

 「まぁ、だからこんなに動いてるわけです」

 「私も頑張ります。もっとマイナーなところに行けばまた見つかるかもしれません」

 「ありがとうございます。本当に申し訳ない」

 「……あなたが応援する人なら、応援しないといけませんからね」

 なんかすごく笑顔。

 そういうもんか?

 まぁそういうもんか!

 「……明日からは、鍵かけとくのやめておきますね」

 「……いいんですか?」

 「山田くんだから、特別です」

 「え?」

 「……ほら、帰った帰った!」

 途端に俺を引いて押す!押す!

 「ねぇ待って!どういうことなの!ねぇ待って!」

 「……答えが知りたいなら、また明日」

 「……楽しみにしておきます」

 「ふふふ」

 「……そちらも、手土産を楽しみにしておいてくださいね」

 「もちろん」

 そのまんま部屋の外に出されて、扉が閉められた。

 

 しかし鍵の閉まる音はしない。


 ———今からもうそういうこと、なんだろう。

 

 まぁいいや!明日もお話ししよう!



 ———すると、コツコツと何やら聞き覚えのある革靴の音が聞こえてきた。



 「———龍宮寺?」


 

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