第4章 専門家を呼べ②

 さて、十分くらいしか経っていないのだが。

 ひとつ自分の中にある疑問が浮かび始めた。


 ———この場合、俺はどの『俺』であればいいのだろう?


 まず『山田太郎(真)』が基本の『俺』だ。

 多分一番普通だろう。

 そして最悪な『龍宮寺暁』。

 これは除外する。


 問題は今からやるのは『山田太郎(真)』なのか『山田太郎(役)』なのか?


 俺はどれが俺なんだ?

 こんな生活するもんじゃないね!

 気楽に行こうぜ。

 どっちでもいい!!!

 

 「もしもし!入れてくれよ!」

 取り敢えず適当な回数ノックしてみる。

 「……そもそも誰ですか」

 なんか対応に困ってる。

 「山田太郎って言います!ちょっと資料室に用があるんですけど!入れてくれませんか!」

 「……ど、どうぞ」

 よそよそしい感じに許可をゲット!

 ドアノブをひねるとしっかり開いた。

 

 広いと思っていたが、想像以上に書類を収めているであろうバインダーやファイルの棚が部屋で占めている割合が多い。

 簡単に言うと、狭い狭い本屋の状態。

 しかも棚と棚の間にも鳥居みたいな感じで棚が置いてある。こんなことできたのか!

 だがしかし、こんな中から俺の求めるものが見つけられるのだろうか?

 嫌な予感の通りに、棚には付箋やらなんやらが貼られまくっており、一体どこに何があるのかさっぱりわからない。

 これは、ここにいる人間の手助けが必要だろう。

 ということで。

 庵野さんに助けてもらうしかない。


 ———しかし問題は。


 ———何故だか庵野さんの姿が見えない点だ。


 声を普通にドアの近くで発していたはずなのに、全く人の影も形もない。

 というか、ここまで人のいるスペースが狭いはずなのに、よく隠れられるな。

 「すいませーん庵野さーん」

 とりあえず呼んでみる。

 「……な、なんでしょう」

 普通に声が聞こえてきた。

 それも、テレパシーみたいにボヤボヤした声でもなく天井からのくぐもった声でもなく、普通に近くにいる声だ。

 「俺探し物してるんですよ」

 「そ……そうですか」

 「でもこの棚の感じだと正直わかりづらくて、手を貸してもらいたいんです」

 「……」

 何やら背後に気配がする。

 

 ———気づいたら、なんか背中に人がいた!

 

 かなり小柄な方だ。多分ギリギリ150くらいか?

 癖毛の髪を短髪にしている。が、それでもちぢれ方が凄まじいのか、顔を覆っているようなイメージを与える。

 眼鏡をかけていて、目はその状態でも大きいと感じるくらいには大きい。

 外に出る機会が少ないのか、紗奈に比べるとかなり色白だ。

 表情はどうにも暗い。

 本の虫、という風だからか?

 さらに姿勢もどこか縮こまったようで、身長よりもさらに小さいイメージを持たせる。

 小動物、というイメージがピッタリハマる。


 「———あなたが」

 「はい……庵野穂波と申します」


 奥には一応机があって、そこで二人くらいは向かい合って座ることができた。

 「……なんでしょう、用件とは」

 「あぁ、えーと———」


 しかしここで考えた。

 もしも俺が吸血鬼に遭遇したことを喋れば、俺が龍宮寺暁だという可能性が出てくるかもしれない。

 というか、そのことならみんな知ってる……いやどうなんだ?なんならさっきあのヒラ隊員たちに聞いておくべきだったな。

 仕方ない———誤魔化しておこう。


 「———時を止めるということについて調べたくて」

 「———時を、止める」

 「吸血獣しか今知らないんですけど、なんか他の化け物もいるらしいじゃないですか」

 「は、はい!そうですね!」

 なんかいきなり大声を出して、姿勢を正した。

 なんか不自然だなぁ!

 「そのことについて、お聞きしたかったので」

 「ま、任せてください!!!」

 何やら顔が真っ赤になった!

 そのまま真面目そうな顔つきで、棚の辺りを漁り始めた。

 意気込んでいるとも言う。

 そして次々に自分の前に山を作っていく。

 「こんなところでしょうか……」

 大したことない感じで持ってきている。よく持てるなそんな量。

 「こんなにあるんですか」

 「そこまででもないですよ」

 「どういうことです」

 

 「———時を止める、というのは見たことも聞いたこともありません」


 「えぇ⁈」

 「ですが時間に関係するものはいくつかあります———考察の材料にはなると思います」

 「なるほど、それは確かに」

 机にたくさんの資料が並べられる。

 「例えばこの件」

 庵野さんがファイルから絵を取り出す。

 なんか人と牛を無理やり合体させたみたいな見た目だ。

 「くだん」

 「この妖怪は未来視の力を持ちます」

 「未来視って時間に関する力なんですか」

 「視覚だけを未来に送る能力ですね。視覚だけなのでそこまで何かしらの負担があるわけでもないんです」

 「あるにはあるんですか?」

 「後日仮死状態になります」

 「それ重くないですか?」

 「それくらい時を操る力というのは、過ぎた代物ということです」

 「———僕の知ってる時を止めた奴は、特になんの負担もなさそうでした」

 

 「———となるとそれは、時を止めている力ではないのかもしれません」


 「時を止めていない?」

 「えぇ」

 「でも音も光も遮断されてたんですよ、色さえ抜け落ちて」

 「どれも時を止めなくても可能です」

 「なんと」

 「色も光を虹彩が判別して色を出しているだけで、光が遮断されたと考えると正しいですよ」

 「なるほど……だとするとどうなるんでしょう?何をしているのかわかりませんよ」

 「やりようはいくらでもありますよ」

 「そういうもんなんですか」

 「たとえば、スカイフィッシュという化け物がいます」

 なんかアノマロカリスみたいな絵を出してきた。

 揚げるとうまそう。

 「これは普通に動かれると写真に映りません」

 「じゃあなんで姿がわかってるんですか」

 「コントロールできなくて時々、なんかにぶつかって死んでるんです」

 「悲しい生き物」

 「これをもっと、高次元で扱えるものがいたら、どうなると思います?」

 「えぇ?そりゃ写真に映らないだろうし———あぁ、そういうことか!」

 「わかりました?」

 なんかだんだん彼女ニコニコしてきた。

 俺も笑う。とにかく今は考察するしかないのだ。

 楽しげに?

 それはわからんが。

 「カメラのレンズも光を使っている———写真に映らないってことは、光を追い越していることか」

 「ですけども、じゃあなんでわかったんでしょう」

 「……僕の身内に、そいつの上位種になったやつがいて」


 「そんなんいるの⁈」


 凄まじく驚き、汗をダラダラ流している。

 そりゃそうだ。

 「———ということは、その人物は何かしら例の個体の行動を把握できるところにある———ということは、何もかもを把握できるのか?」

 なんかぶつぶつ言ってら。

 「あの、すいません」

 手を挙げてみる。

 「———あ、あぁすみません取り乱しました」

 「俺思ったんですけど、多分無理やりに把握してたと思うんですよ」

 「むりやり?」

 「無理に把握してるから、多分周りが光も音もないように感じられたと思うんです」

 「なるほど」

 彼女はすごく考える人のポーズをとる。

 「———そう考えると、高速で動いている、と考えられますか?」

 「今のところはそれが一番可能性として高いですかね……」

 興奮したのか、ペットボトルの水を飲んでいる。

 冷却してるのかな?

 ———あれ?でも待てよ?ずっと動いてたか?

 違うよね?

 

 「でもそいつ土下座しながら話したらしいんですよね」


 ———庵野さんは水を拭きながら、椅子ごとひっくり返った!


 「え、えぇぇぇぇぇ……」

 口からヨダレみたいに水を垂れ流している。

 開いた口が広がらない状態のようだ。

 「……せっかく理屈が通っていたのに……」

 少し下を向いて落ち込んでいる。

 「すみませんこんな話して」


 「———いえ———しかし、ここまで理解に苦しむ化け物は初めてです」


 「ん?」

 なんか彼女の後ろに炎が見える!

 これは、なんだ!そんなこと人間ができるわけがない!

 ———庵野さんが顔を上げる!

 ———瞳は、ギラギラに輝いている!

 

 ———彼女の情熱が、炎を錯覚させているというのか⁈

 えらいこっちゃ!


 「ありがとうございます!」

 なんかすごいガッチリ握手された。

 うわぁすごいおてて冷たくてちっちゃい!

 「い、いえ、俺も自分じゃどうしようもなかったんで良かったです」

 「私、しっかりサポートしますので!これは山田くんのためでもあります!」

 なんか目が怖いよ!

 キマッた時の目だよこれ!

 「ってことは、これからも来ていいってことですか!」

 「はい!是非!いやむしろ来てください!」

 「ありがとうございます!ほんと助かります!」

 「私資料を集めてきますので!それでは今日はこの辺で!」

 「あ、はい!また今度!」

 「いえ!!!明日です!!!」

 「そうですか!!!ではまた!!!」

 そのまんまゆっくりドアを開けて退出する。


 「どうだった?」

 

 「うおぉ!」

 ———後ろに長官がいた!!!

 「———悪い奴ではないな」

 「だろう」

 「———だがやばい奴ではある」

 「だろう!」

 すごくニコニコ。

 なんだか悔しい。

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