第3章 お泊まり強襲⑤
「あ、あぁ、あぁ〜」
なんかすごい顔であくびしながら紗奈が起きた。
「遅いぞ」
「……あれ、もう朝?」
なんか目がすごい間抜けになっている。
朝に弱いのだろうか?
「もう飯はできている、早く食って帰れ」
「……効率重視なんだから……」
ベーコンエッグに、トースト二枚。ジャム付きヨーグルトに、切ったリンゴ。
基本的な朝食だ。
「ふぁむふふぁふぁむふぁ?」
トーストを口に咥えながら紗奈がなんか言う。本当に朝に弱い!
「ちゃんと食ってからしゃべれ」
「んっ……私、今日本部に報告してくるよ」
「そうか」
「……行かないの?」
「お前が来たから疲れた」
いや、冗談じゃないよ?
「はー、そーですかそーですか!」
不機嫌そうにベーコンエッグをトーストに載せて、今度はちゃんと黙って食べる。
なんかこう、いじれば目が覚めるのか?
「ウェ〜リンゴヨーグルト〜」
ルルシアはリンゴにヨーグルトかけて食っていた。
ふざけてんのかこいつ?
「駄目だよルルシアちゃん、そんなことしたら」
「私の祖国ではこうしてました」
「そうなんだ……ごめんね……」
意地悪すな〜!
「それじゃ、私そろそろ行くね」
軽い手荷物だけ持って、紗奈が玄関に立つ。
「余った食材はどうするんだ」
「いいよいいよ、使っちゃって」
「そうか、すまないな」
「それじゃまた誘うから」
「あぁ、またな」
「次は、寝ないようにするからね」
そう言い残して彼女は帰って行った。
「あーーーーー、疲れた」
なんか干された布団みたいな姿勢になった。
「ねぇ……これ見てくださいよ」
ルルシアがキッチンから俺を呼ぶ。
「あ?何がどうした———」
———大量の牛すじカレー。
なんかルルシアが居た堪れない顔をしている。これがこの世に生まれたことを嘆いているのか、それともこれと生活するこれからの未来に絶望しているのか。
「……カレールー足せば食えるかな?」
「なんかもう、これそのものの破壊力が」
「まぁ、なんとかしよう!なんとか!」
「それはそうとして」
「はい」
「なんで行かなかったんですか?」
「いや、ガチで疲れてんだよ……」
「それはそうですけど、ここは行っといた方がいいんじゃないですか?」
———確かに、二人して行けばいいのに。
なんでこうも、そうしようというエネルギーが湧いてこないんだろう。
なんか催眠にでもかかってんのかな?
「まぁ仲がいいと思われても、弱点として見られるだけだからな」
「それもそうですかね……」
「それに、あいつを一旦冷静にさせないとな。俺が近くにいるとおかしくなる」
「それはそう」
「あー!疲れに疲れた!休みます休みます」
「なんもないんですか、今日」
「何もないからこんなのんびりしてるんだ!」
「じゃあ、これ買ってきてくれません?」
そう言うとルルシアがスマホで何かを調べ始めた。
画面には、何やら綺麗な淡い色の丸いお菓子———マカロンが写っている。
マカロンのクリーム部分も何やらフリルのように凝っている。相当シャレオツスイーツと見てよろしい。
「えぇ……人気なんでしょ」
「でもまだ今なら間に合います」
「紗奈に見つかるかもしれない」
「店は協会本部とも紗奈さんの家からも離れてますよ」
「僕の体」
「能力で見たらだいぶ健康ですよ」
「チッ……」
「へぇ、そんな態度取るんですか」
画面をさっと変えると、見覚えのある番号が画面に映る。
———長官の番号!!!
「電話しちゃおっかなァ〜〜〜!!!」
まずい!
シームレスに土下座の体制に移行!
「お願いします許してください勘弁してくださいそれだけは本当にいやマジで!!!」
「行きますね?」
「はい……」
ということで。
男子おひとりスイーツショッピングということになったのだ。
昨日ちょっとなんか優しい言葉かけたらこれだよ!
なんだあいつ!
とか思いながら道を行く。
日曜日だから人が多い。
だからいちいち避けないといけない。
あんまり外に出たくない理由の一つね、これ。
「———おーい」
なんかすごい聞き覚えのある声がする。
いや、一回しか聞いたことないんだけどね。
「———ヒメ⁈」
「そーヒメヒメー」
なんか後ろの方から手を振る少女が見える!
人混みに組み込まれているものの、なんか目立っている———いや、なんだあれ?
とにかく人混みを遮って、彼女に近づいてみる。
———やっぱり!
体つきは変わっていないが———なんかそのまんまでかい!
スタイルが悪いのに背が高い人のようなものだ。
二百センチくらいあるのに、普通に子供の体型をしている。
いや、第二次性徴期ではあるか———いやそんなことはどうでもいいや。
「でかいね」
「いいことしたんだ」
「それはそれは」
「最近どう?」
「ぼちぼちかな、会うの久しぶりじゃない」
「半年くらい経ったね」
「時間ある?」
「どうして?」
「買い物についてきて欲しい」
「なるほど」
「はえーおしゃれだね」
着いた店は、おとぎ話に出てきそうな外見をしていた。煙突までついている。ちゃんとオブジェだから安心してください。
外で並んでこそいるものの、一桁台だったのであまり危機感はない。
なんかあいつが全部正しいみたいで嫌!
「どう?なんかわかった?」
「吸血鬼」
「上等だね」
「あんたがあんだけはぐらかした意味がわからん」
「全部教えたら、君が組織に入るとは思えない」
「ごもっとも!」
「他になんかあった?」
「吸血鬼が部屋にまで上がり込んできた」
「———そんなことが」
「ルルシア・パッチヤードっての。知ってる?」
「———ついに出てきたか」
「へ?」
「いや、なんでもない」
「あー、あと、なんかスペードとかいうやつが来た。チャラい男」
「昔っからそんなんだけど、割と真面目な人だよ」
「へー、まぁ確かに」
「何されたの」
「なんか宅急便に化けてきて、そんで俺の中の人に土下座してた」
「ふーん、そんな馬鹿みたいなこと」
「やるもんなんだよ」
「中の人が目覚めるわけでもないのに」
「目覚めないの」
「多分よっぽどのことがないとないよ」
「今度は手加減しないって言ってたけど」
「どーだろーね、だって山田くん半分吸血鬼だし」
「あ、そうなんだ」
「例えば」
———そう言うと、彼女は何やら手刀を繰り出して、俺の右手の小指を切断した!
ポトリと落ちる右の小指!
「ワァァァァァァァ!!!俺が何をした!」
ヒメは落とし物くらいに気安く拾う。
「はい小指」
「いらねーよ!」
血がドクドク止まらないのに!
「くっつけなよ」
「えぇ⁈」
左手で右の小指をくっつける。
———すると、何やら触手のように切り口同士が蠢いて、やがて触手ひとつひとつがくっつくように、元通りになった。
「———人間じゃないわ」
「そ。知らなかったの?」
「いやぁ、全部さっさと首切断してきたもんで」
「なまじ強いってのも考えもんだね。自分と同等以上じゃないと、手札を使い切るっていう発想には至らないから」
「強敵が欲しい〜」
「まぁスペードはそこそこだから、練習台にちょうどいいんじゃないかな」
「あなた大分買い被るね」
「それくらい山田くんは強いよ。私が保証する」
「ほんとかなぁ」
「別に戦闘面では心配してないよ」
「懸念点はあるんだ」
「女性関係、とか」
「あ〜〜〜〜〜」
「ね」
「こないだ家に女の子を泊めたんだ」
「へー、どうだった?」
「いや、ひどかった」
「何がどう、ひどかったのかな?下なのかな、上なのかな?」
「いや、例えばいびきとか」
「それは、すぐ近くで聞いたのかな?それとも寝る時は二人離れていたから遠くなのかな?」
「近くではある」
「ではあるって、なに?何か訳ありなのかな?もしかしたら、不甲斐ない結末がそれだったりするのかな?」
「圧が怖いよ!どうした!そんな年頃でもねぇだろ!おめぇ!」
「失礼、取り乱しました」
「あんたがそんなふうになるの珍しいな」
「私はもうあなたが心配で心配で」
「両極端だなぁ」
「まぁ、それはやばくなったら私が菓子折り持って行くから」
「あんたは俺のなんなんだよ」
「距離の近い担任の先生」
「そんなもんはいねぇ」
「私がなる」
「夢がデカすぎる」
「でもやっぱりダメかもしれない」
「すぐ諦めた」
「やっぱり同性じゃないとわからないこともあるよ」
「なるほど」
「何かしらそういう人に相談するべきだよ」
「はぁ、いや別に女性関係で悩んでないんですよ」
「チッ……じゃあ今は何で悩んでるの?」
「本当半年で何があったの⁈」
「ヘイカモン」
「時間を止める相手に対してどうするか」
「——なるほどね」
「なんせ意識は保てるけど動けないので。どうにかして破りたいんですよ、ボコボコにされるのは勘弁なので」
「なるほどねぇ———こればっかしは、私にもわかんないね」
「肝心なとこダメじゃん」
「私は別に戦い方の専門家じゃないし」
「ん〜」
「だから、ちゃんと探してみなよ。そういう人を」
「なるほど」
「わかんなけりゃ同性の知り合いに相談してみなよ」
「はぁ……」
同性の、こういう世界に対する知り合い?
一人しかいないな。
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