第2章 わたしは山田③

 「はいこれ」

 そう言って彼女が俺に缶コーヒーを手渡す。

 あのままどうやら似た境遇ということで成り行きでしゃべることになってしまった。

 ベンチに隣り合わせで座る。

 「あぁ、ありがとう」

 彼女の顔を見てみる。

 ———見たところ、10歳前後くらいか。

 「君、こんな時間にこんなとこにいていいの?親御さんは?電話は?」

 「別にいいじゃん、そんなこと」

 「そんなことなんて言って!駄目だぞ!その歳の子供にとって親は大事だ!」

 「そう……じゃああなたは?」

 「あぁ!俺は親の金勝手に使って逃げてきた!」

 「どうしょうもないね」

 「だから俺は帰れないんだ」

 「……何に使ったの?」

 なぜか少女は———どこか見透かしたように———俺に笑いかけてくる。

 悲しくなっちゃう!

 「いやぁ、別に、今する話でもないだろう」

 「こんな怪しげな女の子か、何かすると思う?」

 「それはちょっと思うだろうよ」

 「そっか……そうだね」

 「気づかなかったのか……」

 「じゃあさ、なんでこんなことになったのかだけ教えてくれない?助けになれるかも」

 「はぁなるほど……」


 「……それはそれは……」

 さすがに彼女も顔を赤らめていた。

 やったぜ!

 「ねぇ、俺あの変なスライムが全部悪いと思うんだ」  

 「———それは、そうだね」

 何やら彼女の表情に影がかかる。

 

 何かあるのか?


 「何か知ってるのか⁈教えてくれよ!もう夜だから寝られない可能性高くなるぜ!」

 「———あなたのこと新しい仲間だと思ってたけど、本当は違うみたい」

 「敵なのか!」

 「いぃや、あなたはある人から受け継いでる」

 「何を!」

 「力とか、いろいろ」

 「貯金は!」

 「株に突っ込むタイプで、全部売っぱらっちゃった」

 「なんだよそれクソッ!」

 俺はその辺の石を蹴った。

 「態度悪いね」

 「よく言われる」

 「……だからあなたは、その力をしっかり引き出す責任がある、かも」

 「貯金はないのに⁈」

 「お金お金うるさいな」

 「そりゃ切実だろうよ!!!」

 「そんなんだから追い出されたんでしょ!」

 「許されはするだろうよ!その後どうなるかは知らんが!」

 「それ許されないのと同義じゃない?」

 「たしかに」

 「それで、あなたは力をしっかり引き出さなくちゃいけない」

 彼女がしっかりと俺のことを見る。

 綺麗な瞳だ。

 そこから俺に対する真面目な意識がわかる。

 見ず知らずの他人なのに、すごく真剣。

 「そのために、あなたは組織に入る必要がある」

 「組織」

 組織といったらどんなもんだろう!

 さっきの怪物もとい細胞の塊を破り殺しにするのだろうか。

 「———そこに入ったら、お金たくさん、友達たくさん、恋もたくさん」

 「ぼんやりとした大学生活みたいだ」

 「大学生は金ないよ」

 「そういえばそうだ———いや待てよ」

 「どうしたの」

 「———缶コーヒー、払ったよね?」

 「うん、そのくらい別にいいよ」

 「いや、なんだろう、これだけ歳下に奢られるってのは、なんかすごく———ジャンルが違う気がするんだ」 

 「何の話してるの」

 「これからの展開の話」  

 「そんなこと私言ってない」

 「すみませんね」

 「立て替えたいんですけど」

 「そんなのいいよ。私お金持ちなんだ」

 「親御さんがくれるの?」

 「いや、自分で稼いだ分」

 「何やってんだお前!!!」

 「……何さ、そんなあなたはバイトしたことあるの?」

 「…………ないですね」

 「じゃあ駄目だ。あなたに否定する権利はない」

 「くそう……止められなかった」

 「ちゃんと大人の姿で働いてるよ」

 「あぁ……なるほど……そりゃそうか……」

 「すぐそんなふうに考えるからこんなことになったんでしょーが」

 「本当にそうです」  

 「そんなあなたを変えるべく!あなたは組織に接触しなさい」

 「へぇどの辺にいるんすか」

 「その辺にいるけど———空を見て」

 言われたので空を見上げる!

 

 ———なんかでかい真っ赤な月がある!


 「———これが出ている時にしか、獣は現れない。いくら何でも『あの人たち』もその時以外にそれを放てない」

 「———『あの人たち』?」

 まさかこいつ!

 「やはり何か知っているな、お前」

 「でも言わないよ。今あなたに必要なのは彼らじゃないから」

 「何だ、俺に彼らが必要になる日が来るのか」

 「今はね、すごく初歩的な話なの。最初からレベル上げのコツとかわかるわけないでしょ」

 「それはたしかに」

 「あなたは段階を積んで強くなる」

 「当たり前のことを言う」

 「それがわからないから言ってんでしょ!」

 「すみませェン」

 「わかったね?」

 「それはわかりました」

 「まだわからないことがあるの?」


 「———結局俺たちは、人間なんですか」


 「———あなたは、別の見方からは人間と言える。でも私はあり方から違う」

 

 「あり方」

 「だから私は人になろうとしてる。人に紛れて生活したりね」

 「———そこまで」

 「うん。でもあなたに会えてよかった」

 「へぇ?」

 「この姿で人に会うのは初めてだから」

 「へぇ可愛らしいのに」

 「だから危険なんだよ」

 「確かにそれはそうだ」

 「君でよかったよ。会ったのがもっと碌でもないのならひどいことになってた」

 「そんな、褒められるような人間でもないですよ」

 「自分に自信を持ちなよ」

 「……でも君のような人を深く知る人に褒められるなら、いいかもしれない」

 「あなたは私を人と言うんだね」

 「そりゃ俺より賢けりゃ賢い人と言うべきだ」

 「馬鹿みたいな理論」

 「それくらい空っぽの方が幸せじゃない?」

 「それはそうだね」

 「君は君で考えすぎじゃないの」

 「そうかな」

 「細かな違いは無視した方がいい時もある」

 「———そう」

 「ありがたかったよ」

 「それはよかった」

 「で、どの辺にいるのかしらその組織」

 「今なら街を探したらいると思うよ、今回は多いっぽいから」

 「あなたわかるんだ」

 「私は彼らの中で一番地位が高いからね。なんとなくわかるんだ」

 「マジ?」

 「だから私でよかったねって言ってるんだ」

 「いつか会うことになるか?」

 「多分ね。でも早めに出てくるかもしれない」

 「そんな急展開でいいんすか」

 「それもあなた次第」

 「それじゃ、そろそろ俺行きますね」

 「頑張ってね」

 「自信が付いた!」

 俺は飛び立った!

 空中に浮遊する形で、彼女の方を見る。

 彼女は小さな手を振っている。

 「あ!君名前は!」

 彼女はガタッとベンチから立ち上がる。

 

 「———ヒメ!お姫様のヒメ!!!」


 そう大きな声で答えてくれた。

 「さよならヒメ!」

 「またねー!」

 ということで別れた。

 知識人の話が聞けるのはいいことだ。

 自分が正しいかどうかがすぐわかる。


         ●


 「行っちゃった」

 ヒメは再びベンチに座る。

 「にしても疲れたなー……」

 事実として、彼女が素で話すのは久しぶりであった。

 そのためこの姿でいる時———口調を合わせるのが大変だったのだ。

 「気付かなかったな、あの人」


 ———そう。あのクマを作り出したのは彼女———つまり、彼女はあのクマが吸収されたことに反応して現れたのだ。


 さっさとあのクマに普通の人間なら吸収させてある所に送っていたところであったが———逆に吸収されるという面白いことになったので、わざわざ出てきたのだ。


 ———吸収できるのは、彼女たちだけ。


 そのために、彼女は出てきたのだ。

 別にそれが仲間と分かっていれば、彼女は出てこなかったのだろう。

 彼女自身は、そんなに身をさらせる身分でもないからだ。


 ———だが———いわば彼———山田太郎は、彼女にとって初めてできた『後輩』のような存在である。


 そのため出てきた———ある種の姉として。

 それはとても、彼女にとって嬉しいことであったからだ。

 

 「———急ぐこともないか———まぁ最悪、すぐに会えるからね」

 

 そうどこか彼女はおかしく笑う。

 子供らしい悪戯心が透けて見えた。


         ●



 とりあえず飛んで見てみると、確かにいくらでもいる!

 あたり中真っ赤なウサギだらけ。イースターですかと言いたくなったが実際その季節だった。

 ツッコミにならない。

 しかしいつどこに突っ込んでいっても問題はなさそうだ。

 ———だが問題はある。


 ———多分ヒメも見落としてたものだ。


 ———吸血獣みたいな力を使う人間を、すぐに組織に入れるのか⁈


 流石にそこは危惧する。

 いやマジで。だってもしそこで敵対判定受けたら組織と交戦しながら仲間に入れてくれと満身創痍で叫ばないといけない。

 それは流石に俺のやわな精神が持たない。

 ということでしっかり柵を立てた上で!見つからなければならないのだ。

 それはそれで面倒。

 しかし色々知るためにはそうしないといけない。塾も学ぶのは受験のテクニックだという。

 何かを知るための苦労をおろそかにしてはならない。

 

 ということで俺は考えた!


 まず隅っこで、何やら普通の組織の構成員が見えるか見えないかくらいでウサギを狩る。

 その直後に飛んで去る!

 今日はそこで終わりだが、その後ちょっとずつ狩る回数も現れる回数も増やしていく。


 そしてそのうち俺を探すという任務が発生するのだろう。そこまで俺が敵対していることを示せたら、あとはスムーズだろう。


 こんなオ●ニー狂いを雇ってくれるかどうかは謎だが、しかし頼らないとどうしょうもない所なのだ。苦労せねばなるまい!

 

 簡単にやれるところがいい———というところで数匹しかいないところを見つけた!

 さらにちょうどいいことに、黒髪ロングの女の子もちょうどそこの遠くを歩いている!

 多分そこ目掛けてだろう。だが俺の方が飛ぶ速度は速そうだ。


 ———よし!神はどうやら俺を祝福しているようだ!!!

 ラッキーボーイはここだぜ!!!

 

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