第2章 わたしは山田①

 ———その朝は、突然やってきた。


 朝日に照らされ、目を覚ます。

 


 ———すると、何故だかシャワーの出ている音が聞こえる。


 ———何故だ⁈俺以外にここに人はいない———侵入者⁈

 おかしい。ここは三階のアパートだし、俺は完全に戸締りはしたはずだ。

 それなのに、侵入者⁈

 どういうことなんだ⁈


 俺は浴室に足音を立てずに近づいていく。


 だんだんと心臓の鼓動は大きくなっていく。

 それは、あの時と同じだった。


 ———まさか———!!!


 

 その時だった。



 浴室のドアが開き、影が姿を見せた。



 ———すっぽんぽんの女の子だった。


 白い長い髪、たわわにたゆたう二つの膨らみ、真っ白な肌。

 瞳はすごく柔和で、口元も小さい。


 淑女のような印象を与える。



 「あ、おはようございます。先にシャワー借りてました」

 「呑気に挨拶をするんじゃない!なんだお前は!」

 「なんだって———昨日お話ししたはずですけどね」

 「いつ⁈」

 「寝静まった耳元で」

 「睡眠学習⁈」

 「やっぱり信用できませんね!」

 「じゃあすんなよ⁈」

 「叩き起こしてましたけどよかったんですか」

 「いやそれは良くない……いや何も良くない!」

 「まぁそんな慌てないでくださいよ、普段の態度が台無しですよ」

 「全くだ!普段俺がどれだけ頑張ってると思ってる———」

 



 「ねぇ、さん」





 「———知ってた?」


 「えぇ。私はあなたの監視者としてきましたので」

 

 「———監視者?誰から?」


 「あなたの『親』から」


 「まじか———……」


 

 さすがに転倒した。


 許してほしい。



 「生きろー、生きろー」

 目が覚めると再び白い天井だった。

 というか床だった。

 さっきの少女は服を着て、俺を屈んで見下している。なんか映画とかにも出てきそうなくらいにはフリフリしたものだ。上品。

 髪もふたつに結んでツインテールにしている。様になっているということは立派な美少女なのだろう。

 「お前のせいで死にそうだよ」

 「ひどいですよ!ねぇ?」

 「自覚してんのかよ……」

 「ねぇ山田さん」

 「待っていきなりそう呼ばないで……」

 「読者に説明した方がいいですよ」

 「いやまぁそうなんだけど……いやあんま言うもんじゃないよそういうこと」

 「はい!スタート!スタート!」

 「わかったから!」


         ◉


 ———読者の皆さんにまず謝りたいことがある。


 ———第一章の六割くらいは嘘だ!!!



 ということで、数々の嘘を訂正していこうと思う。むしろこっちの方が長くなるかもしれない。

 

 まずは———俺がこんなことになった元凶の話から始めよう。


 あの時は半年前と言った。あれは本当。

 キャンプ場に行った。それ自体は本当。

 家族と仲睦まじいか。はい。そうです。


 ———というかここが第一ドデカ嘘ポイント。



 家族全員、今日もバリバリ元気です。


 

 そもそもあのキャンプでなんか山羊頭の吸血獣に襲われた、ということ自体が嘘っぱちだ。

 別になんてこともなく、愉快にキャンプして帰ってきただけだ。

 いや父さんは蜂に刺されて全身腫れ上がったけど。


 ならばなんでこんな身になったのか?


 

 その三日後くらいのことだ。

 俺は普通に高校から帰っていた。悲しいことに俺はバリバリの帰宅部なので、何事もなくまっすぐ家に帰っていたのだが。

 

 その途中の河原で、何やら鳴き声のようなものを聞いたのだ。


 それはこれまで聞いたことのないような鳴き声だった。人間の女のような、男のような、何か言葉を喋っているような、ただ言語にならない叫びのような。

 俺は時間だけはあったので、気になって下に降りて、一体どこから来ているのかを検証してみることにした。

 やがて草むらをかき分けてみると、何やら変なものがそこにはあった。


 ———第一印象は透き通った赤いスライム———にところどころ目玉が浮かんでいる、というヘンテコなものだった。


 「おもろ」

 と思って俺はスマホを取り出して写真を一枚撮った後、屈んでもっとよく見てみようと思った。

 

 ———するとその時である。


 何やらスライムは、俺の口目掛けて、流動化して流れ込んできた!


 ———簡単にいうとスライムが俺の口に飛んできた。そして溺れ始めた。


 「がぼっ、ごぼぼ、ごぼぼぼぼ……」

 

 ずっと高水圧のシャワーを口に流されるような感触。

 逃げようにもなにやら力を吸われているのか、体に力も入らない。

 そしてそのまま止まったかと思えば、そこには奴の汁の跡が残っていただけ。


 ———つまりは———俺の中に完全に入り込んだ、ということだ。


 俺はすかさずなんとかして吐き出そうとえづいてみたが———まったく吐き気は湧いて来ず、むしろ普段よりも喉が潤ったような気がした。よほど保湿成分が主だったのだろうか。

 

 もはやどうしようもない!そのうちウンコと一緒に出るだろう!ぐらいの感覚で帰った。


 問題はここからだったのだ。


 俺は帰ると、何やら妹に出迎えられた。


 ———これは愛情表現ではないことくらい、目元からわかる怒りの感情からしてわかる。


 「お兄ちゃん、今日食事当番だよ」

 「ああ、そうだったっけ?」

 そう言うと俺は踵を返して玄関のドアノブに手をかけた。

 しかし妹に肩をがっしり掴まれる。

 「今日こそは逃がさないからね」

 「え?いやぁ……材料をね……」

 「そうやって、三回も私に押し付けたよね」

 「あぁ……そうだったっけ……」

 「さっさと、手洗って、ほら」

 「……わかりました」

 

 ということで久しぶりに料理することとなった。

 我が家は両親が共働きなので、食事を当番性で作ることになっていた。

 俺と妹が平日を二日と三日に分けて作る。

 三日やった方は来週二日の方に回る。

 その代わり土日は両親が作る———という非常に良くできたシステムだ。

 しかしめんどくさいので俺は一日ずつ妹に押し付けていた———のでもはや自分で自分を追い詰めたと言ってよろしい。

 

 問題は何を作るべきか、それは各人の自由だということだ。それが作るよりも面倒臭いのだ。

 仕方なくシンクで米を研ぎながら、リビングのテレビをぼーっと眺める。

 すると、何やらヤシの木とシーサーが映った。

 

 ———どうやら沖縄料理特集らしい。


  謎のおばちゃんと田舎っぽい姉ちゃんが料理している。なんか二人とも妙に色黒。本場の人なのだろうか。

 ラフテーという豚角煮の作り方が解説されているが、なんと一時間強かかるという!!!

 めんどくさいったらやりゃしない。一時間以上かかる調理は調理と言わない。拷問と言う。

 そのためぼーっと見続けていたら、簡単!ゴーヤチャンプルー、とかいうのが出てきた。


 ゴーヤを炒める。

 豆腐を合わせて炒める。

 最後に卵を加えて炒める。


 終わり。


 いやはやすごい楽!!!

 ということで冷蔵庫をあさってみたものの、ゴーヤは流石になかった。

 だが遠目から見たら似てるかもしれないズッキーニがあった。

 ので、これを合わせてズッキーニチャンプルーを作ることにした。


 ズッキーニを炒める。

 豆腐を合わせて炒める。

 最後に卵を加えて炒める。


 終わり!!!


 主菜が簡単にできて助かった———のだがこれで終わりとはいかない。

 

 もう一品———ちょっとした小鉢———が必要だった。

 だがしかしこれもこれで面倒くさい———なぜならさっき冷蔵庫を確認した際、葉物野菜は特になかったからだ。というか緑色の野菜がズッキーニ以外大してなかった。

 あったのはにんじんとミニトマト。

 これではミニトマトを焼いたものを添えなければならなくなる———なんかそれはそれで面倒くさい———とそのときだ!!!


 簡単!にんじんしりしり!と、なにやらテレビがまたしても神託を俺に見せてくれた。

 

 しかし悲しいことに、何やら姉ちゃんはにんじんをちまちま細切りにしている。

 めんどくせ!!!

 なんかやる気をなくしたのでミニトマトを取り出し始めた頃だ。


 するとなんかおばちゃんが取り出した。


 ちりとりみたいな形をしたギザギザが多くついてる———見ればわかる。

 おそらくスライサーだ。


 やはり効果はてきめんなのか、にんじんはひとこすりするだけでバサァと細切りになっていく。

 あぁ。いいなぁ。

 あれさえあればあとは適当なものと混ざりゃあ完成なのだ。

 それがないのはとても残酷ではないか。


 ———今この手に、スライサーがあれば———と思ったその時。


 ———俺の右腕は、なんかスライサーみたいな形になっていた。


 「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 「どうしたのお兄ちゃーん!」

 妹が部屋から叫び返す。

 「いや、指切ったー」

 「そっかー」

 面倒くさいので別件で済ませておく。

 ———しかし、いや待てよ?

 ということでなんかにんじんをそこに滑らせてみる。

 するとニンジンの細切りがパラパラと床に落ちていった。

 

 ———これは!!!


 ———俺の腕は———なんだ———思った通りの形に変形できるようになった、ということなのか?

 試しに包丁をイメージしてみる。


 ———気づくとスライサーは包丁に変わっていた!!!


 「これは!!!!!!」

 「だからどうしたのお兄ちゃーん!」

 「いや、茶柱が立ったー」

 「えまじでー」

 階段を降りてきた。


 なんで???


 仕方ないので茶柱を立てておいた。ちょうどお茶っ葉に茎が混ざってたのだ。

 「どうしたの、そんな汗かいて」

 「いやぁ……別にィ……」


 そんなこんなで。


 人間を辞めてしまった。


 

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