第1章 闇夜の復讐者⑤

 「ねー、聞いてる?」

 そんなことを思い出しながら、また別の日、俺は彼女と夕食をとっていた。

 場所は下町のお好み焼き屋———その前はピザ、そのまた前はまぜ麺だったことを鑑みると、彼女は炭水化物が好きなのかもしれない。

 「なんの話だった」

 「だから、私の友達の話」

 「はぁ」

 「聞いてなかったでしょ」

 「うん」

 「えっとね、私の友達が、優しげな人に騙されたんだよね」

 「へぇ」

 「なんかスカウトって言われて親も通して書類も書いたみたいなんだけど、それ実際なかったみたいで、ウン万円吹っ飛んだんだって」

 「つまりどういうことだ」

 「顔で人を判断しちゃいけないってことでしょ」

 何度も食事に出かけたが、彼女の話はつまらない。

 だが効率的にことを進めるならば仕方ないということだ。我慢するしかない。

 「顔」

 「———私だって苦労したんだから」

 そう紗奈は頬を膨らませて、お好み焼きを頬張る。一口にしては大きいような気がする。

 口元がソースで汚れることはどうでもいいのだろうか。

 「何があった」

 「中学の時とか、先輩から目つけられてたもん、なんか目つきが生意気だって」

 「まぁ正しいな」

 「言うなっての!それでなんか物隠されたりして———やっぱり辛かったな」

 「解決したのか」

 「今の友達が色々動いてくれて。それで私も反撃したら、なんか相手が怖気付いて」

 「よかったじゃないか」

 「でもそのせいで怒らせたらやばいって評判が広まったから、なんか本当に怖がられちゃった」

 「顔には行動が伴うってことだ」

 「うるさいな!」

 彼女はまた生地を鉄板に広げて焼き始めた。

 「———私も最初は、龍宮寺のこと、もっと不気味なやつだと思ってた」

 「それはそうだな」

 「でも、今ここにいる」

 「ああ」

 「判断しなくてよかったよ」

 「最初めちゃくちゃガン飛ばされたけどな」

 「忘れて」

 「嫌だ」

 「奢るから」

 「それでも嫌だ」

 「奢らせたくないだけでしょ」

 「いやそういうわけでもない」

 「性格悪いよ」

 「お前も大概だろ」

 「バレてた」

 

 お会計を普通に別々に払って外に出る。

 「それじゃあ帰るか」

 「———女の子一人で帰らせていいのかな?」

 そう彼女がなんかニヤニヤしながら、前に屈んでこちらを除く。

 「———なるほど」

 

 ということで彼女を送ることになった。

 「私近場なんだ」

 「じゃあ俺いらないだろ」

 「それでも怖いものは怖いよ。私もうすでに数人振ってるんだから」

 「女子校じゃなかったか」

 「隣に系列の男子校があって、そこで噂が広がっちゃったらしくて」

 「それは大変だな」

 「社交辞令?」

 「いや別に」

 「どう?私がチヤホヤされてて」

 「それは仲間の一人として誇らしい」

 「本当にそれだけ?」

 「何が」

 「自分ももっとモテたいとか、思わない?」

 「別に」

 「———もっと嫉妬してよ〜私がこんな自慢した甲斐がないじゃん」

 「なんでいちいち人を憎まないといけない」

 「憎むのは吸血獣だけですかー?」

 「そうですね」

 「何それ!別に騙されても特に恨まないわけ?」

 「一発殴るくらいはする」

 「でもそれで終わるわけだ」

 「女のドロドロしたものと同じにしないでくれ」

 「みんながそうじゃないですよ〜」

 そう彼女は石を蹴りながら歩く。

 「着いたよ」

 彼女が蹴っていた石から視線を外して前を向く。

 子綺麗なマンションだった。

 「俺よりもいいとこだ」

 「でしょ———中も見たくならない?」

 「明日学校がある」

 「———ちょっと見るだけでも」

 「割と遠いんだよここから」

 「———そっか」


 真横にいるので表情はわからない。

 しかし何かを隠し通そうとする意識は感じられた。

 

 「———それじゃ、そのうち」


 そう彼女は表情も見せずに、マンションのエントランスに向かっていった。


 ———こんな夜に人の家に行って何をするというのか?

 本当によくわからない。

 


        ◉


 どこかの真っ暗な部屋。

 四人の男女がそこにいた。

 「『エース』はまだ見つからないのか」

 そうそのうちの一人である男が三人に呼びかける。

 真っ白な髪をセンター分けにしている。美青年でこそあるが、何やら異様な貫禄がある。

 まるで外見以上の年を生きてきたようである。

 「全く手掛かりがない」

 そう低く、地面に響く声の主は巨大なドレッドヘアの巨漢であった。

 しかし、瞳や発音は理知的である。見かけによらないのかもしれない。

 「そもそもここ百年で見たやつがいんのかよ」  

 そう言い出したは、片目を金髪で隠した青年である。どことなく声や外見に軽薄な印象を受ける。

 「でも彼女がいないと困るわね」

 そう返すのは何やら妖艶なツインテープの女性である。瞳はどこか諦めを感じさせる。

 「あれがいなければ計画は上手く進まない」

 白い髪の男は眉間に皺を寄せる。

 「『ダイヤ』、やっぱりあれ、あそこに握られてるよ」

 軽薄な男がそう返す。

 「というと『スペード』」

 巨漢が返す。

 「『クラブ』、『教会』だよ。教えるの方」

 「あぁ———めんどくさい方ね」

 妖艶な女性は、呆れて返す。

 「まぁ俺たち四人で行けばギリギリなんとなるさ」  

 「そんな!あの怪物どもはどうするのよ」

 「———いや、その通りだ『ハート』」

 「えぇ?」

 「聖銀協会と教会は絶縁してもう十年経ってる。ほぼほぼ無関係と捉えていい」

 「なるほど———それは楽ちんね」

 「まぁそれはそれとして———別口で関係あるけどな」  

 「別口というと———」

 「———『ジョーカー』だな」

 「本当にいるのか?会ったこともないぞ」

 「いや、私が居場所はわからないが、存在そのものはずっと認識している」

 「俺たちの上だからな。ついでにそいつも引っ張り上げれたらますます計画は楽になる」

 「目星はついてるの?」

 「今の第一位———吸血獣の力を使うことができるやつがいる」

 「「「⁈」」」

 「———そんな驚くなよ、お前らは自分のテリトリーに篭りすぎだ、もっと外出しろ」

 「そんな外に出る吸血獣作った覚えないぞ」

 「話聞いてたか?そういうことだよ、そういうこと」

 「———まさか」

 「そう、そいつとジョーカーかエースが関係してんじゃないのか?って話だ」

 「でも現実的にあり得るのかしら?私たちも認識できない中で、人間の中に受け渡されるなんて、そんなこと」

 「そう考えると、ジョーカーの方が近いだろうな」

 「私たちより上だから、認識できないってわけ?」

 「———問題は、俺たちの上位だからって、俺らを導いてくれるような存在とも限らないってとこだな」

 「我々とは別の志向を持っている可能性もあるわけだ」

 「まぁどうにかして仲間に引き入れたいものだ———そのためには、その第一位に接触しておく必要があるな」

 「誰かがちょっかいに行けばいいんじゃないかしら」

 「誰が行くんだ」

 「私が行こう」

 「いやだめだ」

 「何故だスペード」

 「ダイヤが潰されると感知がなくなって、仲間を見つけることがますます難しくなる」

 「じゃあ俺が」

 「いやそれもだめだ」

 「なんでだスペード」

 「クラブには計画を立てて隠れておいてもらった方がいい。一番そういうのが得意なのはお前だからな」

 「じゃあ私が」

 「いや一番だめだ」 

 「どうしてよスペード」

 「お前一番弱い」

 「なんか私だけ辛辣じゃない⁈」 

 「———確かに正論だ、そうなるとお前しかいないな、スペード」

 「そういうことだよ———ちょうど明日は『月』の時間だ」

 「なるべく無茶はするなよ、お前が一番フットワークが軽いからいなくなられると困る」

 「重々承知さ———まぁ俺には『力』がある」

 「頼んだぞ、スペード」

 「アイアイサー」

 

 「———結局誰も私のこと否定しないじゃない!」


         ◉


 ベッドで横になって、少し考える。

 俺は半年前から、復讐のためだけに生きることを始めた。

 それは上手く進んでいるとも言える——だが。

 

 俺はそれでも、自分で動いてしまったせいか、なにやら失いたくないものを背負ってしまったような気がする。


 ———紗奈。澄川。聖銀協会そのものだってそうだ。

 俺の、居場所になった。


 ———でも、それでいいのだろうか。


 俺は何かを手に入れたから———背負ってしまったから———自分を少しでも大事にしてしまう気がする。彼らを悲しませることが、傷つけることなのだから。

 だが、それは———単なる復讐者の俺として———正しいのか⁈


 俺は———これからどうすればいいのか⁈


 

 

 ———それは翌日、最悪の形で、俺の前に現れることになった。


 ———全てが、壊れる。

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