第1章 闇夜の復讐者③

 そして、今に至る。

 

 俺は報告のため、聖銀協会本部にいた。

 「ふぁい」

 長官室のドアを叩くと、相変わらず気の抜けた返事が返ってきた。


 「やぁやぁ龍宮寺くん。お疲れ様」

 「あぁ———熊型を五体、いずれも腹部のみでは死なず、またしても首を落とさないと死ななかった」

 「うーん、やっぱり腹だけはいまだに無理かぁ」

 「まぁいい———どっちみち俺が全て狩る」

 「その姿勢は嬉しいけど……ってもう帰るの⁈」

 「何だ」

 「いやぁ、上位の人の話とかさ、興味ない?」

 「———それがどうした」

 「第四位がさ、長い赴任から帰ってきたんだよ。挨拶とかしなくて大丈夫?」

 「———必要ない、戦場で交わせば良いこと」

 「相変わらず現場主義なんだから」

 「———話は終わりか?」

 「あ、えぇ、ちょっと!」

 俺は部屋を後にした。

 

 俺は長い廊下を歩いていた。

 お目当ては武器室だ。

 世界各地の武器が見本として集められており、そこからさまざまなインスピレーション、または自分の聖銀と照らし合わせた特訓の場としても機能している。

 本部に来た時は、毎回そこに立ち寄ることにしていた。

 

 「よっ」


 すると、聞き馴染みのある人物が肩を叩いてきた。


 「———よぉ、第一位」

 剃り込みの目立つ髪型に、ピアスをあちこちに空けている。

 顔つきこそ美形であるものの———纏っている雰囲気は軽薄そのもので、そのためかある程度崩れた女性でなければ相手にしない。


 ———聖銀協会第七位———澄川千尋。


 「———何の用だ」

 「いやぁ、相変わらずお堅い顔してんなぁ、って思ってよ」

 「関係ないだろ」

 「それよりさ、どうだ?ギロチン、成功したのか?」

 「あぁ」

 「やったじゃねぇか!もうちっと喜べよ!」

 

 先ほど熊に対して行ったギロチンは、前回武器室に寄った際、彼に確認を受けながら作り出したものだった。

 だが、そんなことでいちいち喜んでいるような場合ではない。


 「まだまだ改良が必要だ———あれでは一体ずつしか葬れない」

 「確かに一体で出てこねぇからなぁ」

 「お前はどうなんだ、成功したのか」 

 「勿論!ほれ」

 すると澄川の身体が変化していき———やがてヒョウのような、しなやかな身体を持つ獣の姿に変わっていた。

 「お前のアドバイスのおかげで、当初予定してた何倍もの速度が出せたよ」

 「礼を言われるほどじゃない」

 澄川の聖銀は、自分の身体を一から作り出す、というものだ。

 俺に似ているように感じられるが、俺はあくまで部分部分しか変えられない。その中でこいつは、全てを変えることができる。かなり重要な戦力だ。

 「へーへー、そういうときは素直に喜ぶべきじゃねーの?」

 「何故だ」

 「人の善意はしっかり受け取って相手に返す!それで人のつながりってのは回るんだぜ」

 「いいこと言ったつもりか」

 「ギク」

 見事に冷や汗をかく。

 「それはそれとして」

 強引に話題を変えやがった。

 「お前第四位が帰ってきたの知ってるか?」

 「長官から聞いた」

 「何でも、誰も顔を知らないらしいぜ」

 「なるほど———会いに行かなくて正解だったな」

 「まぁそればっかりはお前に同意する。名前さえ知られてないらしいからな」

 「ハッ、まるで暗殺者みたいだ」

 「そうだなぁ……実際そういう動きが多いらしいんだよな」

 「そいつにしかできない動きがある時点で、俺はそいつに言うことはない」

 「出た、適材適所」

 「それが最も効率的だ———奴らを殺すにはな」

 「ほんとーに、あれ殺すことしか興味がないんだな」

 「悪いのか?」

 「いやぁ……そりゃお前が人間かどうか怪しいのはわかる、でももっと楽しく生きた方がいいだろうよ」

 「———なんだと」

 「別に人だろうが何だろうが、それを第一にするべきだ!」

 「全てが終わってから考える」

 「いつもそう!学生時代は今しかないんだぜ?」

 「何をすると言うんだ」

 「そりゃー!女の子と一緒に、イチャイチャするんだろーよ」

 「恋が楽しいとか、そういうのは全くわからんな」

 「お前もいっぺん付き合ってみたらどうだ?お前顔そんな悪くないんだから」

 「そんな暇があるなら鍛錬に使う」

 「すでにそれだけ強いのに?」

 「『奴』に届くかどうかはまだわからん」

 「奴、ねぇ。自信もないのかよ!」

 「自信?」

 「お前は最強で、そして変幻自在だ!お前に倒せない吸血獣なんていんのかよ?」

 「あれは別格だ。全てが俺を凌駕している」

 「そんなもんかよ」

 「あれを倒した時、俺は全てを成し遂げる」

 「じゃあそれ倒したら、遊びに行くのか?」

 「そうするかも、しれないな」

 「じゃあその時に備えて、俺は特訓に行きますかね〜」

 「ハッ」

 そのまま澄川は口笛を吹きながら、後ろに向かって去っていった。


 武器室には、多種多様な武器がある上に、それらを試すためのスペースもある。

 剣ならばそれを試すための、さまざまなものを切ることができる部屋。

 銃ならばそれを試し撃ちできる的のあるスペースなどだ。

 剣の部屋まで行くと、ちょうどそこで紗奈が聖銀を振るっていた。

 「———戻ったのか、龍宮寺」

 「お前は相変わらず、いつも同じだな」

 「貴様ほどどっちつかずではないからな」

 相変わらず口の悪い奴だ。

 「———まだ完成しないのか、ギロチンは」

 「あぁ、うまく二つの柱を瞬時に相手に立てるのは難しい」

 「剣よりかは弓だろう」

 「切れ味を失ったらそこで負けだ」

 「なるほど」

 

 そのまましばらく互いに無言の時間が流れる。


 思えば一番繋がりが深いのは彼女だ。

 彼女と出会ったからこそ、この組織にいるていうことなのだが。

 

 数ヶ月前はここまで穏やかでもなかった。

 

 「———私は、まだ貴様を認めてはいない」

 そうあのリングでの決闘を行った後、廊下でそんな風に呼び止められた。

 「———何が言いたい」

 「卑劣な手段で貶める戦い方しかできない貴様に、人を守ることができるのか疑問ということだ」

 「案内したのはお前だろう」

 「お前が強いのは認めている、お前を最強に置く、というのが信用できない」

 「負けるお前が悪いだろう」

 「そういうところだ」

 そう吐き捨てるように言うと俺を横切って去っていった。

 

 それから初めて聖銀協会に属した状態での真っ赤な大きな月がやってきた。


 俺は翼を生やして奴らを探す。


 すると今回もすぐに見つかった———今回はイタチのような姿に見える。


 一体しかいない———初めてだった。 

 だが獣として考えると———一体で十分な殺戮能力を備えている、ということだ。全く油断ができない。


 しかしちょうどそこに何やら突っ込んでいく青い服の男が見えた。


 「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 俺と同年代くらいであろうか。斧のような聖銀を振るって向かっていく———だがイタチは避けようという素振りも見せない。

 ———何かある。

 

 するとイタチは、何やら口から何かを吐いた。

 それはその男の両足元に付着したのかと思うと、瞬時に固まり、身動きが取れなくなってしまった。

 「うわぁぁぁぁ!」

 ———まさか意趣返しのような形でやられるとは思いもしなかった。

 だが性質を考えると———俺は奴らへのカウンターを放つことができた。

 俺はその場に着地すると、口から水鉄砲のような形で酸を発射する。

 「うひゃあ!」

 驚きまくって忙しいやつだった。

 

 ———カウンターをイメージすれば簡単なのか、足元は元に戻っていた。

 

 「さっさと逃げろ。お前の敵う相手じゃない」

 「すみませんした!」

 男は踵を返して走り去っていった。

 イタチは余裕そうに前足を舐めている。

 ———捕食者としての余裕か?

 「まさかそんな風に返すとはな」  

 ———するとまたしても革靴の足音がコツコツと響く。

 「まぁ全て見直すというわけではないがな」

 「別にいい。俺はこいつを殺すだけだ」

 「———ならば私が奪う」

 すると彼女は聖銀を展開させてイタチの首元に刃を這わす———。

 ———だが、それは何やらするっと、そこを滑り通っていく。

 「何⁈」

 (———油か)

 今出されたはずなのにもうすでに聖銀の刃の周りに白く固まっている———余程融点が低いと見える。

 さらにイタチは何やら紐を引っ張る。

 

 ———すると、上空から大量の刃物が降ってきた!


 ———前もって細工を行っていたというのか⁈

 これまで見た個体とは何から何まで違う。


 ———だがそれよりも面倒なのは———彼女のことだ。

 刃物が滑るため切れない。そのためどうしても自分への接触は避けられないだろう。

 ———俺がいるから関係ないのだが。


 俺は血で二人を包むようイメージし、そのままバリアのような形で張る。

 

 どうやら鉄分を分解するようで、刃物は次々バリアに溶けていく。


 イタチが狼狽するのが見えると、それを破って飛び出し、拳を首元に向けて突き出す。

 ———当たる瞬間に、刃物に変換させる。


 ———するとイタチの首は見事に吹き飛んでいった。


 面倒な相手だったと思っていると。


 ———何やら腰に手が回っている。


 振り返ってみると、紗奈が膝をついて抱きついている形になっていた。


 「———なんのつもりだ」

 「———!!!いや、これは———」

 「怖いのなら怖いと言えばいい」

 「———臆病者だと言いたいのか」

 「臆病さのない者はただの馬鹿だ。だが臆病さを持つことを叫べない者はもっと馬鹿だ」

 「———怖かった」

 そういうと顔を腰に埋めた。


 「それでいい」


 

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