第1章 闇夜の復讐者②

 二回目で奴らの大まかな特徴について知れたため、次の真っ赤な大きな月が来るまで、自分の肉体についての研究に専念できた。

 奴らに人を殺させないためには、いち早く奴らに追いついて殲滅する必要がある。

 そのため、いかにして迅速に移動するか、それを自分自身で考えるようになった。

 まず考えたのは、馬のように手足を変形させ移動する、というものだった。

 だが、それではどうしても車や周りの人間に気を配らねばならず、そのため到着が遅れてしまうことが予想された。


 ———その時頭に浮かんだのは、あの山羊頭の翼だった。


 あの飛び立つ速度は、自動車やバイクなどの比較ではなかった。ジェット機のような音がしていたことを、俺はその時思い出した。


 そして俺は、あの忌まわしき場所まで向かった。

 ———イメージを高めるなら、その場所である方がいいだろうと思ったからだ。


 心の中で、復讐心が燃え上がる。

 それはイメージと混ざり合い、やがて俺の中でひとつの結論を形作る。

 

 ———すると俺の背中に、漆黒の両翼が姿を見せた。


 そしてそのまま、あの二度と思い出したくない記憶のまま飛び立つ。

 その音は、俺が奴から聞かされたものと瓜二つだった。

 その速さは思っていた以上だった。

 ものの数分で、街全体を一周することができた。

 ———これだけの速度があれば。

 

 あとは簡単だった。

 ひたすらに、殲滅するだけだ。


 そして三回目の真っ赤な大きな月がやってきた。

 

 俺は翼を生やして上空から奴ら———吸血獣を索敵する。

 するといとも容易く見つけることができた。

 今回の個体はウサギのような姿をしていた。 

 ウサギの繁殖力は凄まじいせいか、やたらと数が多い。

 着地して、奴らと向かい合う。

 ———飛び道具が必要だ。

 俺はそこで飛び道具をイメージする。

 すると俺から血が塊のような形で飛び出し———やがて刃物の形をとった。

 そしてそれを、ウサギどもの首を目掛けて飛ばすことをイメージすると、それらは正確にそこに飛んでいき、首を切断していった。

 数はどんどん減っていくものの、元々が多すぎるせいか、全く減っている感触がなかった。

 

 ———すると、何やら革靴のコツコツとした足音が聞こえてくる。


 『———誰だ』


 『———貴様こそ誰だ』


 少女だった。

 黒い髪を長髪にし、青を基調とした軍服のようなものを身に纏っている。

 美少女、と世間一般では称される顔立ちなのだろうが、その顔つきは俺と同じように、奴らへの憎しみが滲み出ていた。

 ———そして何より、目を引くのはその巨大な銀色の刃物だった。

 長く、そして一切の凹凸のない、それ自体が芸術品のような、武器。

 『退け、私が仕留める』

 すると彼女は刃物を一瞬で振るい———その一度で、ウサギたちの首を全て落とした。


 『———なんだ、お前らは』

 『お前らとはなんだ———我々は聖銀協会、吸血獣を狩る組織だ』

 『———こいつらは、吸血獣と言うのか』

 『貴様、知らずにこんなところにいたのか、早く帰れ』


 そのとき、彼女の背後にウサギが襲いかかった!


 ———俺は瞬間刃物を飛ばし、奴の首を刎ねた。


 『———俺もこいつらを狩っている』

 『なるほど———どうやら同志というわけか、貴様、ついて来い』

 『何のつもりだ』

 

 『———貴様が何者か、聞かせてもらおうじゃないか———異形の同志よ』



 そして俺は、なにやら小さなビルに案内された。

 『こんなチンケな所に招待したかったのか』

 『とっとと入れ』

 中に入ると、彼女はエレベーターまで俺を連れていく。

 そして乗り込むと、何やらボタンを不規則に押し始めた。

 するとエレベーターは存在しないはずの一階の下に向かって降り始めた。


 ———ドアが開くと、そこにはビルの一フロアとは思えないような空間が広がっていた。

 異様な高さの天井。

 異様な量が用意された武器。  

 異様な数の人材。


 『貴様を長官に紹介する』

 そう言うと俺を何やら一番奥の部屋に案内した。

 部屋には無数のモニターが存在しており、そして部屋の中央にはメカニカルな机に、一人男性が座っていた。

 

 『紗奈ちゃん———誰だい?その殺気に満ちた少年は』


 そうその部屋にいた飄々とした印象の男は、そう彼女———紗奈に質問した。

 『我々の知り得ない方法で、吸血獣を殲滅しました。有益なものであると判断したので』

 『なるほど———少年、君何者?』


 『龍宮寺暁———吸血獣を喰って、奴らと同じ力を手に入れた。そして同時に家族を皆殺しにされた。だからあいつらはこの世から一匹残らず消す』


 『おぉ———中々気合入ってるね』

 『———貴様、吸血獣を喰らった、だと?』

 『あぁ』

 『問題は、ないのか?』

 『———すでに俺の身は人間じゃない。だからもう俺には、奴らを倒すことでしかまともに生きる方法はない』

 『———正義の怪物、とでも言いたいのか?』

 『いや———俺はただの復讐者だ。正義もクソもない』

 『———ちょうどよかった』

 『何がだ』


 『僕らのモットーはね、「信念なき殲滅」なんだ』


 『なるほど———気に入った』


 ———そして俺は、聖銀協会に入ることになったのだ。

 

 後日。


 俺は個人として、長官に呼び出された。

 

 『君の実力を彼女から聞かせてもらうと、どうやら君は彼女と同等レベルの力を持っているらしいね』

 『さぁ———吸血獣以外の者と争う気はない』

 『でもね、強さの序列を定めておかないと、各地に複数体現れた際、協会員たちをどう配置するか、っていうのに悩まないといけたいんだよ』

 『なるほど———俺はどうすればいい』


 『今の第一位である紗奈ちゃんと戦って———そこで諸々決めさせてもらうよ』



 何やら仮説のリングのようなものが作られた部屋に案内された。

 そこには、ジャージ姿の紗奈がいた。

 『来たな、復讐者』

 『まさか、人間と争う羽目になるとはな』

 『全力で来い、これも人を守るためだ』

 『あぁ———わかっている』


 二人してリングに上がる。


 彼女は銀で作られた棒のようなものを握ると、それは瞬時に彼女の得物へと姿を変えていった。

 『それは『聖銀(アルゲトゥム)』と言ってね、その人物の血で清めた銀で出来ている。それは血からその心を移し取り、その人物に最も適した形に変化するんだ』

 そうセコンドのように俺に長官は説明する。

 『なるほど———俺と似ているところもあるわけだな』

 『貴様も、心を写しとっているのか?』

 『心などない———あるのは怒りだけだ』


 俺は両腕を真っ赤な鎌のような形に変えた。


 『———恐ろしいな、まるで吸血獣のようだ』

 『手加減できなくてよかったな』

 『あぁ、全くだ』

 互いに笑い合う。

 『死なないように頼むよ〜?それじゃー、はじめ!』


 同時に刃を振るい———そしてぶつかる。

 火花が散った。

 彼女の方が俺よりも俊敏なのか、高速の斬撃が俺を襲う。

 ———しかし俺には、飛び道具があった。


 ナイフを生成しては、彼女に飛ばしていく。


 ———無論、彼女はそれらを全て拘束の斬撃で打ち落としていく。さすがは現在の最強と言ったところだった。

 

 だが、全力を出さなければ、彼らにも迷惑がかかるのだ。

 

 俺は血を彼女の足元に放った。

 やがてそれは彼女の足元を取り込み———固まっていく。


 『卑劣な———!』

 彼女は動こうとするが、通常通り動けば、足がもげるほど硬いことに気がついたのだろう。

 『———貴様の勝ちだ』

 彼女は得物を元に戻し、両手を挙げて降参した。


 『———どうやら君が、新たな最強みたいだね』

 『あぁ———』

 俺は、長官をしっかりと見て答えた。


 『俺が最強として、誰も死なせやしない』

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