ガブリエルの物語 第4話
八百五十二年九月八日
「そんな方法は駄目だ、ガブリエル!」
「……私も先生の考えが正しいということはわかります。しかし、そんなやり方では何もできません」
「そんな詐欺のような手段まで使ったら、奴らと何も変わらなくなるじゃないか!」
「しかし、先生。ほとんどの人たちは間抜けです。先生の話を理解していません」
不満そうなガブリエルの声が少しずつ小さくなった。
都市に上京して数か月、ガブリエルはあらゆる人に尋ね回り、
やっとのことでヴォルテールに会うことができた。
当時、ヴォルテールは苦しい立場にあった。
自身が作った商人組合が、
貴族が運営する商団によって破産させられた状態だったためだ。
ヴォルテールは商人たちにあらゆる不満をぶちまけられたが、
彼らを排斥しなかった。
むしろ、一人でも多く救済しようと努めていた。
そのための資金には自身の父が築いた財産を使っていた。
ガブリエルはそんなヴォルテールに感動した。
いや、元々感動する準備ができていたのかも知れない。
彼はパテルにインスピレーションを与えた男だったから。
ガブリエルはヴォルテールに会うや否や弟子にしてくれと言い、
自身の話を並べ立てた。
興奮しているだけの、取り留めもない話にヴォルテールは当惑した。
ガブリエルは十七歳の時に初めて鉱山で仕事を始めたと話した。
ヴォルテールがレス・ディマスで飛行船を見た時と同じ歳だった。
ヴォルテールは、自身がそんな機会に巡り会えたことは、
ただ運が良かったからだということを知った。
結局、この国を変えようと思ったのは、
若者たちにより良い世界を作ってあげたいという気持ちからだった。
ヴォルテールは、
どんなことであれ言われた通りに従うからとすがりつくガブリエルを受け入れた。
しかしガブリエルは、いつもやれと言われた通りにだけやる青年ではなかった。
ガブリエルは過激で短気なのに加えて感情的なタイプだった。
大衆を集めたり、説得するのに手段や方法を選ばなかった。
王宮についての噂も必要以上に誇張したり、
根拠のない悪行をでっち上げたりしていた。
まるで労働者たちが一か所に集まりさえすれば、
世界をひっくり返せるかのように。
ヴォルテールは、そんなガブリエルを諫めるために、常に苦労していた。
「ガブリエル。お前は賢いが、あまりにせっかちすぎる。ゆっくり手順を踏んでこそ価値があることもある」
「しかし、私は先生の仰る世界が早く来なくてはいけないと思っています」
「結果良ければ全て良しと考えては駄目だ」
「先生の考えがそうならば従います」
ガブリエルは目を輝かせながら頷いた。
ヴォルテールは何かもう少し小言を言おうと思ったが、
笑いながらガブリエルの肩をポンポンと叩いてやった。
実際過去二年間、ガブリエルの活動が大きな支えになったのは事実だった。
扇動家気質に溢れたこの青年の言葉に、どれだけ多くの人が行動を始めたか……
もう少し、磨かれればだいぶ良くなるのに。
一度、貴族たちが差し向けた護衛隊に襲撃されたこともあった。
従順だった労働者たちが、
ヴォルテールの労働運動のせいで反発しだしたことが理由だった。
その時もガブリエルが身を挺してヴォルテールを守った。
ガブリエルはその時、鎖骨から胸にかけて深い傷を負った。
血をどくどく流しながらもヴォルテールに大丈夫かと何度も問い返した。
「とにかく先生が怪我しなくて良かったです」
「次からはこんなことしなくていい。本当に大事になるところだった」
「私のような者がどうなろうと関係ありません」
この時もガブリエルは目を輝かせながらヴォルテールを見つめた。
褒められるのを待っている子犬のように。
誰も面倒を見てくれなくて、灰をいっぱい被った子犬のように。
その目の輝きには、ヴォルテールなら必ず何かを変えてくれるだろうという、
とてつもない期待感が込められていた。
それが何だろうと関係ない。過程がどうだろと、何をやるのであろうと関係ない。
あなたは必ず、私たちに何らかの変化をもたらしてくれるはずだ!
ヴォルテールはしばらく目を閉じていた。
自身が始めたことではあるが、この激しい熱望をどうすればいいのか。
弓は自身が引いたが、その後までは自身ではコントロールができない。
「後に私に息子ができたらこの傷を見せます」
ガブリエルはシャツをはだけて胸の傷をヴォルテールに見せた。
「皆の尊敬を集めているヴォルテール先生をお守りした傷だと言ってやります」
再び、澄んだ熱い眼差しでガブリエルは、へへっと笑った。
彼の笑顔を見ていたヴォルテールはなぜか胸がいっぱいになった。
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