ガブリエルの物語 第3話

八百五十年十月二十日




 ガブリエルはまたも追われるように鉱山を離れなくてはいけなかった。


 パテルが先月、坑道の崩壊事故で死亡したためだ。

 故郷を離れて初めて心を許せた友だった。


 当然ガブリエルは激怒した。


 事故の原因を究明するためにあらゆる努力をしたが、

 相手にしてくれる人はいなかった。

 彼の遺族でさえも、一週間分にもならない食料を受け取って口を閉じてしまった。


 つるはしで坑道を掘っている最中に声も上げられずに人が死んだ。

 人が死んだのに坑道の状況は少しも変わらなかった。

 何の安全措置も、死亡に対する補償も用意されなかった。

 同じような事故がまた発生したとしても少しもおかしくなかった。


 しかし、上から下まで誰も動こうとはしなかった。

 まるでパテルが元々いなかったかのように、黙々と同じ一日を始めるだけだった。


 もちろん、理解できないことではない。


 その日暮らしの人たちは、

 一日仕事を休んで異議を唱えれば、その日の賃金が飛んでいく。

 その日暮らしの人たちは、明日を夢見る余裕がない。


 しかし、そうだとしても人が死んでいる。


 ガブリエルはパテルのために何かしないといけないと思った。

 そして、自身が直接書いたビラを鉱夫たちに配った。


 事情が広く知れ渡れば、必ず誰かが反応してくれるだろう。

 二週間ほど過ぎた頃だったか。


 ガブリエルは坑道の前にごみのように捨てられた自作のビラの山を見つけた。

 くしゃくしゃになったビラにぎっしり書かれた拙い文字が

 自身をあざ笑っているように思えた。


 ガブリエルはくしゃくしゃのビラを拾って、

 一枚一枚、皺を伸ばしてかばんに入れていたが、急にがばっと立ち上がった。


 ガブリエルの目の前に、果ての見えない坑道の入り口が見えた。

 漆黒のように真っ暗で、その果てが見えない坑道の入り口が。


「間抜けなくそ野郎どもが!」


 ガブリエルは力の限りの大声で坑道に向かって叫び、唾を吐いた。

 変わることはないだろう。


 鉱夫たちでさえ、それを望んでいない。

 宿舎に戻ったガブリエルは荷物をまとめた。

 パテルの形見を何か一つ持って行こうと、彼の荷物をひっくり返していて、

 見たことのない本を一冊発見した。


               『異界からの伝言』

               - ヴォルテール


 そう言えば、パテルが生前ヴォルテールなんとかって言いながら、

 読んでみろと勧めてきたような気もする。

 その日ガブリエルは、徹夜でその本を読み切った。

 そして、

 日が昇る頃にはヴォルテールに会いにいかなくてはいけないと考えていた。


 同じ日、太后が死亡した。

 摂政をしていた太后が死亡するとヘレンカ三世は全ての力を失った。

 彼は王位をラッチェス八世に明け渡すつもりだった。


 ラッチェス八世もあらゆる貴族たちの息のかかった人物だったため、

 政情はより乱れていくことになる。

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