ガブリエルの物語 第2話
八百五十年八月二日
「えい、くそっ! やってられるか!」
「また、泣き言言ってるのか」
「これを人の手で掘り出すなんて正気か?」
「じゃあ、モグラにやらせるか?」
「ああ~、もどかしい奴め! 噂を聞いてないのか? 最近はいい機械がいっぱいあるらしいぞ! なのにこんな時代につるはしだなんて!」
「バ~カ、よく考えてみろ! そんな機械が本当にあったら俺らはみんな首だ」
パテルは笑いながら、励ますようにガブリエルの肩を叩き、
地面から起こしてやった。
どんなに汚くて恥知らずでも、
今日の日当をもらうためにはまた坑道に入らなくてはいけなかった。
ガブリエルはもう一度唾を吐いて、
自分が投げたつるはしを取りにとぼとぼ歩いた。
ガブリエル・ルフェーヴルは農奴の息子として生まれた。
農民は常に困窮にあえいでいたが、
ヘレンカ三世の登極により、その暮らしは地に落ちた。
王は幼く無能なため、王の母が摂政をしていたが、
これがより大きな問題となった。
貴族たちはラッチェス八世を立てて王位簒奪を試みたが失敗に終わった。
そのため、王は無駄な宮廷警備に全ての国家予算をつぎ込んだ。
税金を上げていき、これに耐えられる者はだんだん減っていった。
ガブリエルの家も結局は土地を奪われて小作農になった。
ガブリエルは口を一つでも減らすために都市へと、鉱山へと仕事を探し回った。
多くの人手が必要な鉱山の人夫に応募した時は、それなりに希望もあった。
鉱山でもらえる賃金は、
糊口をしのぐ程度の農村での収入とは比べ物にならなかったからだ。
「え? 冗談ですよね?」
「冗談ではない。装備代や衣服代は全て賃金から引かれることになってるんだ」
「俺はそんな話聞いていない!」
「この契約書に書いてあるだろ」
ガブリエルの顔は瞬時に真っ赤になった。
彼は字を読むことができなかった。
書くことができたのは名前くらいだったから、
言われるままに紙切れに署名をしたのだった。
「それを差し引いても足りないじゃないか!」
「宿舎や食事が無料だと思ってたのか? それに、お前は先月具合が悪いって三日も休んだじゃないか」
「この詐欺師が! なめてんのか?」
気の短いガブリエルは、我慢できずに作業班長の顔をぶん殴ってしまった。
年配の作業班長は熱血青年の一発で失神し、
この件でガブリエルは鉱山から追い出された。
その後は港で雑役夫、都市に流れて洗濯夫、
それ以外にもいろいろと多くの仕事に就いたが結果はいつも同じだった。
たまに鬱憤を晴らすために酒を暴飲すれば、
翌日は仕事をすることができず、余計に収入が減ることになる。
数年働いたが、貯金はできなかった。
むしろ借金だけが増えた。
そうして流れに流れ、再び鉱山に戻ることとなった。
今回はなんと一年。
ガブリエルにしては長い間、問題を起こすことなく耐えていた。
それが可能だったのも同期のパテルがいてくれたからだ。
二歳年上のパテルは、兄のようにガブリエルを咎めもし、
面倒を見てくれたりもした。
その上、字も教えてくれた。
ここでガブリエルがまともに働けたのは、全的にパテルのおかげと言える。
優しくて誠実なパテル。
ガブリエルは全く不満のない彼がもどかしい時もあった。
しかし、ガブリエルもわかっていた。
自分が酒をやめられて、
雀の涙ではあるがお金を貯めることができているのもパテルのおかげ、
壁に貼られた広告を読めるのもパテルのおかげだということを。
だからこの短気な青年は、
パテルの言うことには不満をこぼしながらも全て従った。
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