イザベルの物語 第2話

八百五十一年六月二十日




 レス・ディマスは公式的にキエンギルのインスパン王国を統治し始めた。

 他の植民地とは違い、強制的に占領した形ではなかった。


 キエンギルは位置的に

 アルマンティアの東西をつなぐ立派なハブになることができたので、

 海賊や商人たちで構成されたこの貧しい王国はレス・ディマスの投資を歓迎した。

 それが実質的な統治の形態であったとしてもだ。


 八百四十八年のインスパン保護条約に続き、

 八百五十一年にはインスパンにレス・ディマスの行政所ができた。

 インスパンが

 レス・ディマスの貿易ハブとして使用されるのはもちろんのことだった。


 この過程で輝かしい業績を残した若い女性政治家がいた。

 それは、皆が知っているあのイザベル・ルーテだった。

 レス・ディマスはキエンギルを利用したいと以前から思っていた。


 しかしキエンギル、その中でもインスパンはずっと前に

 レス・ディマスを建国したヘドドトスと猛烈に戦った海賊集団の子孫だった。



 故郷で新しい集団に負けて追い出された海賊たちだったので、

 その後もレス・ディマスとの衝突は持続的に起きていた。


 海賊たちが旺盛な活動をしていた時は、レス・ディマスの商船が

 護衛艦もないままキエンギルの近海を通れないほどだった。


 嫌悪や恐怖を抱きながら育ったレス・ディマス人たちは、

 その必要性にも拘わらず、キエンギルのインスパン地域と関わるのを嫌った。



 イザベルはこの関係を改善するために長い間努力を傾けた。

 彼女はキエンギルのインスパン出身でありながら、

 レス・ディマスの資産家だった。

 年老いた祖父母が亡くなれば、

 そのたくさんの資産も全て彼女のものになるはずだ。


 もちろん政治家として、彼女に障害がまったくなかったわけではない。

 どんなに祖父母の財産が多いと言っても出身がとても下賤だった。

 父が海賊のならず者! それもキエンギルのインスパン王国の下層民ではないか!


 それで、彼女は故郷のイメージを良くするために尽力した。

 しかし、同時に自身がインスパン出身と見られることを嫌った。"


 幼い頃に暮らした、愛する両親との思い出がいっぱいの故郷を愛していた少女。

 しかし、最も親しかった人たちの犠牲を踏み台にして生き残った少女。


 イザベルは自身の故郷を憎みながらも愛した。

 故郷を恥じていたため、美化しようと努めた。

 故郷の発展のためだとは言ったが、

 実際は利用していることを認識していなかった。


 インスパンが貿易ハブの役割をするようになり、多くの商団との交易が増えた。

 レス・ディマスに多くのお金をもたらしたということだ。

 それに伴い政治家としてのイザベルのイメージもより向上した。


 数年前に大海原で一人生き残った生存者。

 運命の勝利者! 神の祝福を受けた子。

 全ての人に広く知られた、あの有名な少女。


 これからは彼女が

 自身が受けた神の祝福をレス・ディマスの人に分け与えようとしている。

 大衆たちのほとんどは彼女を愛してやまなかった。


 そして、この若い政治家は第三統領に選出された。

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