イルマの物語 第1話
八百四十三年六月五日
「カトリンちゃ~ん」
イルマはカトリンを見るや否やリスのように素早く駆け寄り、
カトリンの胸にぎゅっと抱かれた。
後継者教育を受ける時はいつも大人っぽく、おっとりして見えたが、
そうは言っても十歳の子供だった。
イルマはカトリンの前では甘え、年相応の子供に見えた。
カトリンは今年十三歳でイルマとは従姉の間柄だった。
「そうやって走って転んだらどうするのよ」
「そんな子供みたい? 走ってきたら転びそう?」
カトリンは笑いながら背中に隠していたプレゼントを見せた。
「これな~んだ」
「またプレゼント? 私に?」
「もちろ~ん」
カトリンは古めかしいデザインの懐中時計を手渡した。
三重の蓋が合わさると山の上に城の模様が完成する
精巧なデザインを持つものだった。
「これはどこで買ったの?」
「ヒストリアよ。最近パパとママと行ったの。イルマも一緒に来れば良かったのに」
イルマを除けば、序列が最も高いのはカトリンだった。
イルマの父は現在ヴィトゥルース王のフレイザーであり、
その弟のオルバディアがカトリンの父だった。
ヴィトゥルースは古代文明国家の中心地で長い間強力な君主制を維持していた。
領土は広くもなく、資源も多くはなかったが、黒魔法の発祥の地だった。
黒魔法は生命力を源泉とするだけあり、強力な攻撃力を具現できた。
当然この力はヴィトゥルースの核心だったので
産業革命以降も特別に管理され発展してきた。
他の国にも黒魔導士は存在したが、
黒魔法を活用する全ての分野でヴィトゥルースを凌駕することはできなかった。
そのため、
ヴィトゥルースは黒魔法の神髄が外部に流出しないように徹底して管理していた。
黒魔法の祭司長を輩出できるのは王家だけだった。
職位は祭司長だったが、事実上総司令官と同等の位置にいると見られている。
ただ、総司令官と違うのは黒魔法の祭司長は現場を直接指揮するというところだ。
一般的には直系から王を、傍系から祭司長を排出していた。
平和な時代には誰が祭司長になっても問題なかったが、戦時は話が違った。
数多くの戦闘で魔法を続けて使用するとそれだけ寿命は短くなる。
そのため、
序列の高い傍系の子孫たちは家門のために自身を犠牲にすることになる。
彼らにとって祭司長の椅子は権力であると同時に王に忠誠を誓う証拠でもあった。
「カトリンちゃんはいいな。他の国に行けて......」
「イルマももうちょっと大きくなったらいろんな場所に行けるわよ」
「…私が大きくなって他の国に行くようになったら、それは旅行じゃないじゃない。楽しくないわよ」
カトリンは寂しそうに笑った。
他から見ると華やかに見える自分たち王族は、実は多くの自由を剥奪されながら生きているためだ。
「あ、私もカトリンちゃんにあげる物があったんだった!」
イルマはサテンでできたピンクのリボンを手渡した。
「これ東方の国から輸入したものなんだって。手触りがすっごくいいの。可愛いでしょ?」
「うん。可愛いわね」
「可愛すぎて一回も使ってないの」
「そんなに可愛いならイルマが使いなよ」
「私はブスだから似合わないと思うの。こういうのはカトリンちゃんがした方が似合うよ」
カトリンは笑いながらイルマの髪を撫でた。
生まれた時から王位継承者として目されていたイルマは
万人の妬みや畏れを感じて育った。
しかし、実際のイルマは自身が望んだものを手にできず、
望んだ所に行くことができなかった。
欲を表に出してはいけないと教えられてきたため、
玩具一つ、飴一つ欲しがる姿を見せられなかった。
手に入れられるものでも気軽に欲しがれず、手にいれても楽しめなかった。
このリボン一つでさえも、慎重に手に入れたものだ。
カトリンはイルマの手を引いて庭園で最も静かなところに連れていった。
恐らく、自分たちのささやかなおしゃべりを聞かれないように…...
二人はしばらく自分たちの運命を忘れて他愛もない話を交わしていた。
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