カロスの物語 第6話

 新しい国での暮らしを始めるための準備を終え、

 ザハマンに戻ったカロスを待っていたのは妹の死の知らせだった。


 今度こそ、妹の望み通りに傭兵生活から足を洗うと言おうとしていたのに……

 それを告げる相手はもういなかった。

 既に葬儀も終わり埋葬された後だった。


 ダーシーは施設を抜け出し港で密航の手伝いをしていた。

 国民を別の国に送り出すことは、

 死ななければならないほどの重罪ではなかったが、

 ザハマン全域で過激なデモが起きていたことが問題だった。


 デモが暴動に変わり、港にいたダーシー一行もその中に巻き込まれてしまった。

 デモ隊を制圧する過程で銃撃戦が発生したのだった。

 皮肉にも、

 反政府勢力の中で最も暴力とは無縁だったダーシーに弾が当たってしまった。


 港でその知らせを聞いた時、カロスは何ら取り乱すことはなかった。

 入港手続きを済ませ、傭兵隊員たちの賃金を清算した。

 妹の死を確認するために書類にサインをする時も、

 言葉は少なかったが平気そうに見えた。


 そして、しばらく酒を飲んでいたカロスは、

 妹の墓を見てくると言って数時間戻らなかった。

 ケインカルはカロスを探しに墓地に向かった。

 そして、墓地の前に着いた時……

 ケインカルは目の前で繰り広げられている光景を見て固まってしまった。


 カロスがスコップで ダーシーの墓を掘り起こしていたのだった。

 その上、棺の蓋も開けられていた。

 妹の死を信じられなかったカロスは墓まで掘り起こしてしまった。

 最後に手で掘り起こしたのかカロスの指先は血でにじんでいた。


「隊長、落ち着け! なにやってんだ!」

「ちょうど十年だ」


 カロスの瞳は焦点を失っており、ケインカルを見て言ったのではないようだった。


 「え?」

 「俺が人を殺した金で暮らし始めてからちょうど十年だ」

 「そうか、わかった。とりあえず人を呼んでくるからここを片付けとけよ」

 「十年だって言ってんだ! この野郎!」


 カロスは急にケインカルの胸倉をつかんで怒鳴りつけた。

 爪ににじんでいた血がケインカルの服に染みついた。


 カロスの目は真っ赤に充血していて、すぐにでも破裂しそうだった。


「落ち着けって! 妹にこんな姿を見せたいのか?」

「返してくれ。頼むから返してくれ……」


 カロスはケインカルの胸倉をつかんで揺さぶったが、全く力が入っていなかった。

 ケインカルはカロスの肩を抱いてじっと立っているしかなかった。


 カロスが返してほしかったのはなんだったのか?

 一度も人を殺したことのない清らかな手だったのか?


 それとも、ただお金のためだけに殺し、

 また殺す螺旋の上に登り続けていたこれまでの十年間か?


 それも違うなら……もう二度と目を覚ますことのない妹か?


 しばらくの間、その場に立っていたケインカルはカロスの肩を強くつかんだ。

 ここ数年間、カロスと共に数多くの戦闘に参加した。


 一度もこのように取り乱した姿を見たことはなかった。

 一度も判断を誤った隊長の姿を見たことがなかった。


 長い間戦場に身を置きながらも生き抜いてきた兵士の中には

 心身に異常をきたす者が多かった。


 そのため、彼らにはそれぞれ逃避する安息の地が必要だった。

 たとえ、それが酒に浸り、快楽に溺れ、放蕩することであっても。

 兵士にとって安息の地は多ければ多いほどいい。

 戦闘の経験が増えるほど異常をきたしてしまうから。

 そして、それがひどくなってしまうと日常生活を送れなくなってしまう。

 そのため、日常が辛くなり、また戦場に戻ってしまう。

 おかしくなったものを、よりおかしなもので覆うために。

 そうしないと、バランスを保てないから。


 「帰るぞ。帰って妹の遺書を読んでみろ。これ以上先延ばしにするな。」


 カロスはケインカルに引かれながら家に帰った。

 妹のポケットに残されていた遺書をカロスはまだ開けられずにいた。

 それを開けば本当に、

 全てのことを事実と認めなければいけないような気がしたからだ。


 しかし……

 ケインカルの言う通り、これ以上先延ばしにできないことなのかもしれない。

 否定したところで、事実は変わらないのだから。

 カロスはゆっくりと紙を広げた。

 ダーシーが残した遺書には次のような内容が書かれていた。


 お兄ちゃんにありがとうって言ったことなかったよね?

 ありがとう、お兄ちゃん。

 お兄ちゃんのおかげで、意味のあることがいっぱいできたよ。

 私、危険なことをする前には必ずお兄ちゃんに遺書を書いているの。

 そして、その度にありがとうって書いてるのよ。

 だから、お兄ちゃんは一生私からありがとうって聞けないかもね。

 やっぱり、私の方がお兄ちゃんよりは長生きしそうじゃない?

 だから、私の心配はもうしないでね。


 私はお兄ちゃんのしてる仕事が嫌いだけど...でもありがとう!

 私がたくさんの人に新しい人生を用意してあげられるのも、みんなお兄ちゃんのおかげよ。

 だから、本当にありがたく思っているのよ。

 世界中の人がお兄ちゃんを悪者扱いする日が来ても、私はお兄ちゃんへの感謝を忘れないわ。

 いろいろ書きたいけど、ありがとう以外に思いつかないな。


 PS:でもお兄ちゃんは早く仕事を辞めなきゃだめよ!

    でなきゃいつか死んじゃうんだから!


 その後カロスは

 ヴィトゥルースとセンテンドレ都市国家との間の戦争に参戦する契約を結んだ。

 勝利すれば、南方の領土の一部を割譲してもらう条件だった。


 そして二年後、カロスは割譲してもらった領土にボカンという国を作る。

 自身が率いていた傭兵隊とザハマンの難民たちが主軸となり建国した国だった。

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