カロスの物語 第5話

八百五十二年十一月四日




 もし、その後の事件が起きていなかったら、

 その日の戦闘がカロスの最後の戦闘となっていただろう。

 貯金はカロスが目標としていた額にほぼ達していた。

 傭兵隊への投資を続けていなかったら、

 本当はもっと早くお金を集められただろう。


 カロスは傭兵隊の生存率を上げるために、旗艦と輸送船を買い始めた。

 船があれば戦闘以外のより安全な仕事も遂行できるためだ。

 おかげでカロスの傭兵隊はより速い速度で成長できた。


 いずれにせよ、カロスは自身の傭兵隊を指揮官のケインカルに譲ることにした。

 最初、会った時は知らなかったが、

 後に彼もザハマン出身だということがわかった。


 数年間、呼吸を合わせてきた信頼できる人物で、彼なら譲渡時に大金を受け取らずに収益の一定の割合を受け取る形で譲ってもよさそうだった。


 お金のこともそうだが、もう植民地から離れる時期がきたと思った。

 数年前までは、西側の大陸にはまだ帝国の手の及んでいない土地があった。


 だから、弱い原住民を相手にしなければならないこともかなり多かった。

 しかし、もう帝国の手の及んでいない土地はほとんどない。


 今までの戦闘は帝国間の紛争がほとんどだった。

 それも公式的に露見すると大きな戦争になってしまう恐れがあり、

 こっそりと起きている戦闘だった。

 そういう戦闘には傭兵を使うのが適していたので給料は跳ね上がった。


 しかし、傭兵をこんな風に活用するということは、責任は取らないということだ。

 問題になれば、傭兵が責任を被らなくてはならなかった。


 そういったこともあり、もう辞め時になったというわけだ。

 だから、今回の契約では細かい条件にはこだわらなかった。

 もう、このうんざりする場所から抜け出せるのだから。


 植民地での最後の戦闘は

 レス・ディマスから受けた契約で単純なサポート作戦だった。

 先発部隊が滅ぼした村の後処理をすることだった。

 到着したら死体を燃やし地域民の頭数を確認して陣地の構築をすれば終わり。


 これが最後だという思いに浮かれたカロスは、

 村の入り口でこれからのことに思いを馳せていた。

 カロスが妹と移住しようと考えていた国は南部地域にあるヴィトゥルースだった。

 そのため、ヴィトゥルースの王と都市国家戦争に加担する契約も交わしてきた。

 その契約がケインカルの傭兵隊長としてのデビューとなる予定だ。


 そして、自身は契約を成立させた対価としてまとまった金をもらい、

 ヴィトゥルースに屋敷を建てる予定だった。

 ザハマンと近く環境的な差もそれほどないはずだ。


 ヴィトゥルースの指導者がまともそうなので国の財政も安定しているはずだ。

 そこで数年間暮らし、スウェリーイェも移住に適しているか調べてみるつもりだ。

 釣り師たちがスウェリーイェにはいい釣り場が多いと言っていたのも聞いた。

 そんな穏やかな考えに浸っていた。

 その時、指揮官だったケインカルが暗い顔でカロスに近づいてきた。


 「なんかあったのか」

 「隊長も一度見といた方がいいと思って」


 ケインカルは終始暗い顔でカロスを連れて村の倉庫に向かった。

 到着すると特別なことはない平凡な倉庫だった。

 ケインカルが倉庫の前にただじっと立っているので

 カロスが倉庫の中をちらっと覗いた。

 死体が無秩序に積み上げられているのが見えた。


 「何が問題なんだ? これくらいなら埋められるだろ?」

 「そうじゃなくて……」


 ケインカルは倉庫の中に入り、死体の髪の毛を引っ張り上げた。

 それでやっと、カロスも死体に近づき顔を見た。

 ...


 亡骸となり横たわっている兵士たちは皆ザハマン出身だった。

 よく見てみると、少し前まで少年だった幼い顔を確認できた。


 カレンは植民地での戦闘に傭兵を使うのを好まず、

 可能な限り自国の軍隊を訓練するために使っている。


 しかし、植民地の戦闘全てを自国軍で賄うことはできなかった。

 単純な消耗戦には他国出身の傭兵を投入するしかなかった。


 これまでにザハマン出身の傭兵に戦場で遭遇したことがないわけではない。

 それは避けられないことだ。

 傭兵の性質上、昨日の友は今日の敵になり得るのだから。

 それは各自の選択だから。


 しかし、この少年たちは傭兵というにはあまりにも幼過ぎるのではないか。

 ふと、ダーシーの言葉を思い出した。


 「お兄ちゃん、この国がカレンに借金を返すために子供を売り払っているのよ。まだ幼い子供たちを……」

 カロスの血が沸きあがり、鼓動が高まった。

 最初はダーシーがこの事実を知ったらどうしようという心配が先立った。

 そして、機密保持を徹底しなければと考えた。


 しかし、そんなことを考えながらも心は鎮まらなかった。

 体のどこかが壊れたかのように、拍動がどんどんと早くなっていった。

 それでも声だけはなんとか整え


 「ちゃんと埋めてやれ」


 と言って戻った。

 胸中は以前とは明らかに違うが、カロスはそれ以上考えないようにした。


 もう終わりだから。

 こんな惨状を目の当たりにすることはもうないから。


 幕舎に戻ったカロスは酒を浴びるように飲んだ。

 早くザハマンに戻り、妹の手を引いてザハマンを離れたかった。

 そして、全てを忘れたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る