カロスの物語 第4話
八百五十一年九月二日
植民地で傭兵生活を始めて八年。
カロスはいつの間にか規模の大きい傭兵隊の隊長になっていた。
彼が初めて傭兵隊を受け持つことになったのは八百四十七年だった。
当時カロスが属していた傭兵隊の隊長は、長い間隊員たちの給料を搾取していた。
死亡した隊員の給料は当たり前のように隊長の懐に入っていった。
その隊長をカロスが殺害した。
契約満了直前に参加することになった作戦の遂行中に起きたことだった。
敵の布陣地をせん滅しなくてはならない潜入作戦であり、
少数の小隊員のみで組まれた作戦だったが、それほど危険のないものだった。
相手も傭兵部隊で両方とも戦う振りをするだけ。
人名被害が出ないようにしたためだ。
両方とも戦う振りだけ見せて、帝国のお金をかすめ取ろうという考えだった。
傭兵隊長の日頃の悪行にも拘わらず、カロスとの仲は悪くなかった。
隊長は一般隊員たちを騙していたが、
経験の豊富な隊員たちには親切に接していた。
名のある傭兵がたくさん所属しているほど、
契約条件が良くなる構造だったためだ。
そのため、隊長はカロスの裏切りを予想していなかった。
何人かの小隊員がカロスが隊長を殺すところを見ていたが誰も口外しなかった。
隊員のほとんどがカロスの下に集結した。
カロスが自分たちの待遇改善のためにしたことだと信じていたからだ。
カロスの意図は別にあった。
何もないところに傭兵を集めて傭兵隊を作るということは本当に難しいことだ。
兵として戦うのと隊長として指揮を振るうのでは手にできるお金の単位が違った。
カロスはこうなるように、多くの時間と手間をかけた。
隊員たちとの人間関係を良くすることももちろん手間をかけたうちの一つだった。
カロスはこれまでの傭兵生活の中で、可能な限り多くの傭兵隊長と契約を結び
隊員たちの恨みをたくさん買い、後処理が簡単そうな候補を物色していた。
しかし、この事実を知っている者は誰もいなかった。
こうしてカロスは傭兵隊長としての道を歩き始める。
カロスの傭兵隊は高い生存率で有名だった。
危険な任務を避けたこともあったが、何よりも退却時の規則が厳格だった。
戦力の十分の一を失ったと判断した瞬間、どんな作戦であろうが中断した。
また、退却時の全ての行動様式が段階的に詳細に定められていた。
カロスの部隊の退却は一度も規律が乱れたことがないことで有名だった。
最初は卑怯な部隊だと揶揄され、人気がなかった時もあった。
しかし、単純な作戦であれ、
失敗した作戦であれ、全ての作戦はそのまま経験になる。
生き残っていきさえすれば、少しずつ使える兵士になるというわけだ。
二年ほどの時間が流れ、カロスの傭兵隊は
植民地で活動する傭兵隊のうち、新隊員の募集率が最も低い部隊となった。
隊員のほとんどがベテランという意味で、
カロスの隊に入隊すれば死なないという意味でもあった。
そのため、他の隊に比べて入隊希望者が多かった。
募集人員は少なかったが入隊希望者は多かったので、
優秀な隊員を選抜することができた。
カロスの隊の人気が高まるにしたがって、
だんだんと多くの戦闘をこなすようになっていき、
ザハマンに戻る機会もあまりなくなった。
その間、ダーシーは国内で王を相手に戦っていた。
依然としてなんの力もなく、いつも踏みにじられていたが、
ダーシーはあきらめることなく同じ信念を持つ人を集めていた。
しかし、ある日拘束され牢屋に閉じ込められた。
まさか他でもない妹が監禁されるとは!
カロスは急いで作戦を終わらせザハマンに戻った。
そして、あらゆる人に賄賂を渡し、
やっとのことで妹を牢屋から出すことができた。
「あと二、三年したらこの国ともおさらばだ」
「おさらばって?」
「暮らしやすそうな国を探してるんだ。だからお前ももう大人しくしとけ」
「……」
「それと、お前を施設に送るからな。そこならお前を管理できる」
「お兄ちゃん!」
「ザハマンを出るって言っただろ。だからもう国と戦う必要なんてないんだ」
ダーシーは怒りはせず、悲しい瞳でカロスを見つめた。
「……一か月ジャハマンにいてよ。そうすれば、お兄ちゃんもこの国の状況をほっとけないはずよ」
「俺たちが大変な時に助けてくれた人がいたか? 俺たちが誰かに貸しをつくったか? なにが不満なんだ?」
「不満があるんじゃないの、お兄ちゃん。私は……ただじっとしてられないだけなの!」
「ダーシー頼むから! この国を離れさえすればお前が何をしたって何も言わないから。あのヴォルテールなんとかって奴からどんな影響を受けたとしても何も言わないから!」
「じゃあ、施設は三か月後にして……もうすぐ重要なことがあるの」
「駄目だ。お前牢屋からでたばかりだろ。監視されてるかもしれないのに、また危険なことをしようってのか」
「……知ってたの?」
「俺をバカだと思ってんのか」
ダーシーはただデモや集会に参加してるだけではなかった。
ザハマンの人を国外に脱出させる手伝いもしていた。
いくら外部の協力を得ていたとしても、
大きなリスクや巨額の資金が必要なことだった。
この間、カロスがこれに目をつぶっていたのは、
いたずらにダーシーを刺激して、 群れを成して歩く自称革命家の奴らのように目立つことをして欲しくなかったからだ。
しかし、もう駄目だ。
もう一度拘束されたら、もう出してやることはできない。
あと二、三年、他の国のための戦闘で名も知らない奴らを殺してお金を集めればいいんだ。
今まで積み上げた死体の上に、
あと二、三年分の死体を積み上げれば終わりにできる。
「お兄ちゃん、私の話を聞いて。今回脱出させるのはほとんどが子供たちなの」
「子供でも大人でも駄目なもんは駄目だ!」
「お兄ちゃん、この国がカレンに借金を返すために子供を売り払っているのよ。まだ幼い子供たちを……」
「どんな事情があっても駄目だ! 何かするなら移住してからにしろ!」
カロスはこれ以上ダーシーの話を聞かず、家を出て行った。
ただ考える。
たった一人の家族という存在について。
もうダーシーの体はどこも悪くない。
これ以上カロスの世話が必要な子供でもない。
しかし、まだカロスには自身の世話が必要な存在が必要だった。
そうでなければ、自身は許されない。
とても大事な何かを守るためでないなら、あのたくさんの死体はどうなるのだ。
だから、自分は妹をとても大切に想う兄でなくてはならない。
妹と安全で平穏な国に行き、余生を楽しまなくてはならない。
そういう目標がなければ、自分は本当に……
殺人鬼になってしまう。
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