ザグマルマン七世の物語 第3話
八百五十年九月二十八日
八百四十八年、ザグマルマン七世は
カレンから巨額の借金をして巨大な商船を建造する計画を立てる。 グルノーブルが病を患い療養のため不在にしている間に起きたことだった。
老いた宰相であるグルノーブルの体はすぐに癒えなかったため、 宰相の席は六か月も空席だった。
後任を置きたかったが、ザグマルマン七世が最後まで反対したため叶わなかった。
病を患いながらも、
ザグマルマン七世が何をしでかすか、ずっと心配していたグルノーブルだった。 世間知らずの王が何をしてもおかしくないと充分に覚悟をしていた。 それにも拘わらず、戻った時には唖然とせざるを得なかった。
精一杯かき集めた僅かな財政を使い果たしてしまっただけでは飽き足らず、 大規模な借金までして商船を造る計画を立てるなんて……
八百五十年九月二十八日
しかし、覆水盆に返らずだ。
既に事態は動き出し、収拾すべきことだけが残った。
グルノーブルは商船を造るのにまた老体に鞭を打った。
日程が急すぎて、しっかりと乾燥させた木板さえも手に入れられなかった。 よく乾いていない木で作った樽に食料や水を保管しても腐ってしまうだろう。 これらは全て予想されたことだったが避ける手立てはなかった。 工期があまりにも切迫していたからだ。
この悪条件の中でもグルノーブルは日程に合わせて全ての船を造り備品を揃えた。 今回もグルノーブルは王のごり押しに合わせた。
ひょっとしたら、
無能な王の下にあまりにも有能な宰相がいたことが問題だったのかもしれない。
王がしでかしたことの尻拭いをどんな手を使ってでもしてきた宰相が いなかったら、なにか違っていたのかもしれない。
そして、八百五十年四月八日
その巨大な商船が難破したという知らせが伝えられた。
何一つ掬い上げられず、全てが海の藻屑となった。
実際、海で商船が難破することはそれほど珍しいことでもなかった。
しかし、莫大な国家予算を投入して建造した商船が
全て難破することは例のないことだった。
それくらいザグマルマン七世の計画は無謀なものだった。
彼の妄想から始まったことではあったが、
この大型商船にザハマンの死活がかかっていた。
これ以上は借りられないほどの莫大な借金をして始めた事業だった。
「なんでこう、やることなすこと上手くいかないんだ」
「……私が駄目だと何度も申し上げました」
「ならば、一体どうやってこの難局を乗り越えていくんだ。大きく賭けなければ 大きな変化は起こせないではないか! じっとしていてもじわじわと沈没していく だけだ!」
「これは驚きました」
「何がだ?」
「少しは考えていらっしゃるんですね」
「なんだと?」
「状況が状況なので私も少しひねくれてしまいました。しかし、殿下が仰られる 通り私たちは沈没しかけています。今回の件はその速度を少し速めただけに過ぎま せん」
八百五十年九月二十八日
「これからどうすればいいんだ?」
「流石に今回は難しいです。だけど何か……解決策を探さなくてはなりません」
苦悩していたザグマルマン七世が、
急になにか思い付いたのか、笑みを浮かべてグルノーブルを見つめた。
「あ! 混乱していて言うのを忘れていた。王妃が懐妊したんだ!」 「それはおめでたいことですね」
王が笑みを浮かべているのでグルノーブルも笑みを浮かべるしかなかった。 いずれにせよ、子供が生まれるということは喜ばしいことだったから。
後世の歴史学者の多くがザグマルマン七世を非難した。
ただの一人も彼の良い点を挙げなかった。
しかし、事実をしっかりと考慮してみると、
ザグマルマン七世に対する評価には厳しすぎる側面がある。
この国を滅ぼしてしまったのは七世ではなく六世だった。
多少気の短いところはあったが、
少なくとも七世は王室で贅沢をして財政を食い潰すことはなかった。
投資した商船が南側の荒い海へ進んだことも、
穏やかな海は帝国が占有していたためどうしようもない選択だった。
もし、この大規模商船団が
新しい大陸と貿易を結べていたら状況はずいぶんと変わっていただろう。
彼がもう少し成熟してから、王になっていたらまた変わっていたかもしれない。 しかし、これらの推測はあくまでも推測に過ぎない。
ザグマルマン七世はじわじわと沈没していたザハマンを
深海に沈め込んだ王として記録されるしかなかった
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