ザグマルマン七世の物語 第2話

八百四十六年九月二十日




 突然上げられた税金に市民の反発が続いていた。

 八百四十四年には市民が大規模に集結し王宮に向かい行進する出来事があった。 この時、ザグマルマン七世は非常に慌てた。

 民が税金を納めるのは当然の義務ではないのか?

 もちろん、民がこれほど搾り取られることになったのは、

王が貴族たちになんの指針も与えなかったためだ。


 この時もグルノーブルはいろいろな意見を出したが全て黙殺された。 前の王の時もそうだったが、彼の意見が反映されることはほとんどなかった。 それにも拘わらず、自分を傍らに置いている王が不思議だった。 もっとも、そんな自分も王の傍を離れられずにいるのだが……


 いずれにせよ、ザグマルマン七世は市民の反発にすぐさま両手を挙げた。 市民が王宮に到る前に、増税は全て撤廃すると宣言した。


  つまり、彼は単純に悪い人間にもなれないのだ。

  彼は……ただ愚かなだけだった。

  いい時期に王になっていたら、どうにかして良い国主になっていたかもしれな

  い。 ……いや、それは既にザグマルマン六世がなっていた。

  結局税金は勅令が出される前よりも低くなった。


  他に方法のなかったザグマルマン七世は

 王室の財産ではない国家の財産を売り払うことにした。

  隣接国のカレンにアーケイン鉱山の採掘権を譲渡しようとしたのだ。


  未だに立憲君主制も導入していないザハマンにこれを止められる勢力はなかっ

  た。 健全な時期だったら議員たちが止めていただろう。


 しかし、この時はそんな時期ではなかった。


 そのため、グルノーブルはこの納得のいかない取引のためにカレンに向かった。 この時期、カレンは若い王が登極したばかりだった。

 そのため、グルノーブルは若干の希望を抱いてカレンに向かった。

 あちらもまだ政治に慣れていない若輩者だろう、

ひょっとしたらザハマンに有利な契約を交わせるかもしれないと……




八百四十六年九月二十日




 しかし、若い王は交渉場所に直接現れ、

全ての状況を主導してグルノーブルに署名を慫慂した。

 下手をするとザハマンの鉱山採掘権は永久にカレンに譲渡されることになる。 なんとかしていくつかの条項を挟み込みはしたが守られるかは疑わしかった。 彼は自身の仕える王とは違い間抜けではなかった。


 その契約書を手にザハマンに戻った時、ザグマルマン七世は大笑いした。 そして、王座から飛び降りグルノーブルの肩を叩いて褒め称えた。


 「誠にご苦労であった。最近ではアーケインストーンなんて溢れかえってるだ ろ。だから売れるのか心配してたんだ」


  溢れかえっているだなんて……

  ザハマンではまともに事業化されていないから

  アーケインストーンが余っているだけなのに。


 そんなに溢れかえっているなら、

なぜ他の国々が採掘権に舌なめずりをしているのか。


 「殿下……それほど手放しで喜んでいられることではありません」

 「もちろん、問題がないわけはないだろう。問題はあるさ。だが、我々が今まで どれだけ苦労してきたんだ? 数日だけでも一息つこうじゃないか! 貴君がいな かったらどうなっていたか!」


 幼子のようにはしゃいでいる王を見つめる老いた宰相は  

苦笑いを浮かべるしかなかった。


 限りなく愚かだが、悪人にはなれない自身の王たちの下を

彼は離れることができなかった。


 世界は変わり、今では共和制を採択している国も多い。

 この先この世界から王は消えてしまうだろう。

 王がすなわち国だった旧時代的な慣習も消えるだろう。




八百四十六年九月二十日




 「あ! カレン五世に贈り物をしなくてはいけないな。彼も王位に登ったばかり だから、さぞかし悩みも多いことだろう」

 「……そうでしょうね。悩みも多いことと思います」

 「いや、それよりも! 今回のことで一番苦労したのは貴君だから、まず貴君へ の褒美を準備しないとな!」


 ザグマルマン七世はカレン五世の性格やカレンの情勢については訊かなかった。 今後、採掘権がどうすれば戻ってくるかについても訊かなかった。

 グルノーブルは

ザグマルマン七世がザハマンの最後の王になるかもしれないと思った。


 しかし、グルノーブルもやはり旧時代の人間だった。

 そのため、彼は王を自身の国のように愛するしかなかった。

 愚かとはいえ、彼が我が王であり、彼が治める国が我がザハマンだ。


 しばらく息を整える時間が与えられたので、

財政をすぐに立て直さなければならなかった。

 そして、採掘権を取り戻さなければならない。

 グルノーブルは足を引きずりながら外に出た。

 これからは杖が必要かもしれないと思いながら。



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