ヘネシーの物語 第2話
八百三十六年四月五日
しばらくは平穏な時間が流れた。
ペイオードが争いに積極的ではなかったからか、より強力に頭角を現す王子がいたからか、競争相手の中で彼の存在感が少しずつ薄れていった。
そのため、ヘネシーはペイオードとの穏やかな未来を夢見ることができた。
いや、本当にそうなり得ただろう。
もし、彼女が 突然ヒストリアの王にならなかったのなら。
ヘネシーは当然これを拒絶したかったが、
彼女を除き、周りの全ての人が彼女が王になることを望んだ。
ヒストリアの貴族たちは限りなく弱い王が必要であり、
カレン側はヒストリアの学術情報を得たかったので、
自国から王が輩出されるのはいいことだったのだろう。
ヒストリアはムーヴシュとも緊密な関係にあったので、
この家門の子孫は両方の国の君主になる資格を得る。
だから、ヘネシーの家門ではこの機会を逃したくなかった。
全てが波のようにヘネシーを王の岸辺へと押し流した。
ヘネシーはこの時に自身が頑なに抵抗できなかったことを後悔していた。
本当に拒否したかったのなら、何か方法があったのかもしれない。
しかし、ヘネシーは運命を拒んだことがなかった。
少なくとも、この件は彼女が後悔しなくてはいけない最初の出来事ではなかった。
例えて言えば、数年前に冗談でペイオードと家出について話した時のように、巨大な波が彼女の人生を覆う前に些細な反抗を試みなくてはいけなかった。
一度でも、禁忌とされている行動で自身の運命に抗わなくてはいけなかった。
しかし、成年となるまで
一度もそんな行動をしたことがなかったヘネシーは
八百三十六年四月五日、運命が定めた通りにヒストリアの王となった。
ヘネシー・バッテンベルクはヒストリアに支持勢力がほぼなかった。
それでも、シャロン家はカレン出身の家門だったので、彼らだけは女王に支持を送った。
即位後七年まで女王の座は常に危うい状態だった。
基盤を強化するために貴族の家門と結婚もしたが、間もなくして夫君が死亡する。
彼女は再びバッテンベルクという姓を取り戻し、その後は独身のままだった。
ヒストリアのヘネシーではなく、バッテンベルクという姓でずっといたのもカレン出身であることを強調するためのものと思われる。
そうでもして権威を示さなくてはならないくらい女王の権力は危うかった。
八百四十三年、カレンからペイオードという王子が亡命した。
八百四十五年、王に即位したカレン五世は亡命したペイオードの送還を要求した。
外交的問題であり、多くの貴族たちが送還するよう願ったが、女王はその要請を受け入れなかった。
女王とペイオードの艶聞についての悪意的な噂が広まった。
しかし、これはどれも事実ではなかった。
貴族たちの憂慮は杞憂に終わりカレン五世の報復はなかった。
また、女王はシャロン家門とカレン五世の結婚を斡旋した。
このことで女王の外交的評判は高まったが貴族たちが彼女を牽制し始めた。
牽制の一環として、その後しばらくしてから、ナタリーンを王室血統であると認め復権させた。
ヘネシー・バッテンベルクの王権が強固だったことは一瞬たりともなかった。
- 『ヒストリア、その最後の王について』より抜粋
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