第296話 聖龍の憂鬱、スライムの決心


 ――聖龍エルジャ・ルードは聖王国に戻り、他の聖龍たちと共に、アースのダンジョンを国家として固める為に奔走していた。


 アースのダンジョンにおける他国との窓口は主にベルクとルギオスが担当しているが、実際には聖王国の上層部がそれを補佐する形で、膨大な実務を執り行っている。

 シュヴァイン卿とオリオンを筆頭に、エルジャ、ポロロ、その他の聖龍たちは休みのない日々を過ごしていた。


「ギジーちゃんから指示があった魔術陣の設置は、わが国では完了。ハザン帝国、エンデュミオンでも七割方、設置が完了したみたいですわね。シスター・ディアから連絡はありましたか?」


「提示報告はちゃんと上がっているよ。ボルヘリック王国の冒険者やあぶれた騎士達もかなりの数が集まっているとのことだ。受け入れ先の方も問題ない」


「それは重畳ですわね。……はぁ」


 エルジャは疲れたような溜息をつく。

 ポロロはなんとなくその理由を察しながらも質問する。


「どうしたんだい? そんなに憂鬱そうな顔をして」


「……どうして私はアース様のダンジョンではなく、ここに居るのでしょうか……?」


 予想していた答えに、ポロロは一瞬、目を伏せる。


「今の聖王国には支えが必要だ。聖龍ハルシャ様に代わる精神的な支柱が。その役目は、彼の娘である君にしか出来ない。……そう、君も納得しているだろう?」


「分かっていますわ、そんなこと。それに、今の私にはこうする以外に、アース様のお役に立つ事が出来ませんもの……」


 エルジャは己の手を見つめる。

 今の彼女の体は、彼女本来の体ではない。

 アースの憑代と同じ、作り物の体だ。

 彼女の肉体は先の魔王軍との戦いで、隊長モルダの強力な呪いを受けて、致命的な状況に陥った。

 その呪いを、彼女の父――聖龍ハルシャの魔核を使う事で、時間をかけて浄化している最中なのだ。

 エリベルとギジーの予測では、呪いが浄化されるまでは少なくとも一年以上は掛かるらしい。

 つまり彼女はギブルとの決戦には参加できない。

 

 ――戦力外。


 その事実が、彼女の胸を締め付ける。

 客観的に見れば、あれは誰であっても予測不可能な事態だっただろう。

 しかしエルジャにとっては自身の慢心と油断が招いた結果だと、そう思っている。


「もどかしいですわね……」 


「……」


「力のない事が、こんなに悔しい事だなんて思いませんでしたわ……」


「……どうやら君は少し疲れているようだ。向こうのダンジョンでしばらく休むといい。残りの仕事は僕と他の聖龍たちで片付けておくよ」


「……ありがとうございますわ」


 あからさまなポロロの気遣いに、エルジャは素直に礼を言う。

 その言葉に、ポロロは思わず目を丸くし、苦笑した。


「やめてくれ。君がそんな調子じゃ、僕たちも調子が狂う。それに僕が好きなのは、そんな悲しみに暮れる君じゃない。いつだって自信満々で、太陽のような笑みを浮かべて、好き勝手に皆を巻き込んで笑顔にする。そんな君なんだ。僕が愛する君に戻るのなら、尽力するのは当然じゃないか」


「……弱っている女につけこむなんて悪い男ですわね」


「なら早くいつもの君に戻っておくれよ。僕の好意なんて尻尾ではじき返すくらいのいつもの君に、ね」


「……分かってますわよ」


 少しだけいつもの調子に戻ったエルジャは転移門を発動させると、光の中へと消えてゆく。

 その姿を見つめながら、ポロロは少しだけ嫉妬した。

 惚れた弱みというやつだろう。

 どうしたって、彼女の愛は、自分へ向けられないと分かっているのに、手を焼かずにはいられない。


「まったく、損な役回りだな本当に……」


 備え付けられた端末を操作すると、アースのダンジョンへ連絡を入れる。


 ――聖王国のお転婆姫をどうかよろしく、と。


 少しでも彼女の心が回復する事を祈って……。



◇◆◇◆◇



 一方その頃、トレスとぷるるは深層の森でチュランたちと修行をしていた。


「うーん、どうすればもっと強くなれるのかなー?」


「ぷるぅー……」


 シュラが新たに眷属として加わったことで、修行相手が増えたことは確かだ。

 使える技の熟練度や実勢経験は確かに増えた。

 しかし、劇的な能力上昇には至らない。


「『進化の魔石』もまだ作るのに時間がかかるみたいだしねー」


「ぷるぅー……」


 先の魔王軍との戦いでツムギとゴンゾーの力を爆発的に上昇させた『進化の魔石』はすでに使い切ってしまった。

 既にエリベルとギジーが新規生産を行っているが、決戦までにはぎりぎり間に合うかどうかというところだ。

 急いで作ってほしいと思いつつも、エリベルもギジーも既にマルチタスクで様々な作業を並行して行っているのだ。これ以上を求めるのは、あまりに酷だろう。

 ならばこれ以上、短期間で力を上げるにはどうすればいいか?


「……」


 実を言えば、ぷるるはもうとっくにその『答え』を出している。

 だがそれをするための決心がまだつかなかった。

 しかし決戦の時は刻一刻と迫っている。


「……ぷー」


「ん? どうしたの、ぷるる?」


 ぷるるはトレスの腕から飛び出ると、そのままぴょんぴょんと飛び跳ねてどこかへ向かう。


「あ、待ってよ、ぷるるー」


 トレスも慌ててその後を追う。

 深層の森を出て、いくつかの転移門をくぐった彼女達が辿り着いたのは、ダンジョンのとある場所だ。

 その扉の前で、ようやくぷるるは動きを止めた。


「ぷるぅー。ぷぷぅー」


「え? この扉の奥にぷるるを劇的にパワーアップさせるものがあるの? え、なになに、そんな凄い隠し玉があるのになんで今まで黙ってたのさ? 凄いじゃんっ」


「……ぷぅ」


 ぷるるのパワーアップの手段があると知って、トレスはとても嬉しそうだが、対照的にぷるるはどこか元気がない。

 ともすれば、申し訳なさそうな雰囲気だ。


「パワーアップできるのに、ぷるるは嬉しくないの?」


「ぷぅ。ぷぷぅー、ぷぅ~……」


「だーりんや眷属みんな申し訳ない? だーりんってお父―さんのことだよね? なんで?」


「……」


 トレスの疑問に、プルルは答えない。

 何故ならこれはぷるるの、ある意味では感情の問題だからだ。

 ぷるるはツムギと同じ、このダンジョンの純粋な魔力から生まれた存在だ。

 ツムギがアースのダンジョンや魔物としての例外的な気性や特性を受け継いで生まれたのに対し、ぷるるはアースの魔物としての本来の特性や本能を強く受け継いで生まれた。


 アースの魔物としての特徴――すなわち地龍の『暴食』を。


 進化の魔石によってグラトニー・ヘル・スライムに進化したのもそれが理由だ。

 ぷるるはアースの『暴食』の術式を強く受け継いでいるのだ。

 故にぷるるは食べれば、食べる程に強くなる。


 かつて彼女と同じように、食べて、食べて、食べ続けて、最強へと至ったスライムが居る。


 ――皇獣アジル・ダカール・レイノルズ。


 スライムの頂点にして、ぷるるの完成形とも言える存在だ。

 その領域へ踏み入る為にすることはただ一つ。

 ぷるるはトレスと共に扉を開ける。

 扉の内側にあった大量のそれをみたトレスは唖然とする。


「これって……」


 そこのあったのは大量の魔物の死体だ。

 キラー・アント、森の魔物、地上で死んだ魔物、魔王軍の魔物。

 そして魔王軍隊長格六名の死体に、皇獣アジルの巨大な首。

 先の戦いで散っていった戦死者たちの死体だ。

 キラー・アントに至っては四十万以上もの途方もない数に及ぶ。


「ぷぅー……」


 皇獣アジルが最初に魔物の死体を食べて力と理知を得たように、ここにある全てを死体を吸収することで、ぷるるはその力を爆発的に上昇させることが出来るのである。

 無論、エリベルやアンの同意は既に得ている。

 トレスはぷるるの強化手段があると知って、まるで自分のことのように喜んだ。


「凄いよぷるる! ……あれ? でもこんな凄い手段があるならなんで今までしなかったの?」


「……ぷるぅ」


「え? 姿が変わればだーりんに嫌われるかもしれないから……?」


 皇獣アジルも大量の魔物を取り込んだ影響で、元のスライムの形を保つことが出来なくなった。

 これだけの魔物を取り込めば、ぷるるもそうなる可能性が高い。

 そんなしょうもない理由と思わなくもないが、ぷるるにとっては大問題だ。

 なにせぷるるはアースの癒し担当。

 このぷにぷにのスライムボディこそが至高であり、らぶりーなのだ。


「……たぶん、お父ーさんはぷるるの姿が変わっても全然気にしないと思うよ?」


「ぷるぅー?」


 本当? とぷるるは疑わしげな眼差しを向ける。


「本当だよ。なんなら聞いてみよっか?」


「ぷっ!?」

 

 え、ちょっと待ってとぷるるが止める前に、トレスはアースに念話を送る。


『――ん? トレスか? どうした?』


『お父ーさん、ちょっと質問なんだけど、もし仮にぷるるの姿が変わったら、お父ーさんはぷるるのこと嫌いになる?』


 トレスの質問に、ぷるるの内心はバクバクだ。

 永遠とも思える間――ぷるるにはそう感じられたが、実際にはすぐにアースから返事があった。


『え? そんなわけないだろ。ぷるるはどんな姿でもぷるるだろ? なんでそんな質問するんだ?』


『じゃあ、皇獣みたいな姿になっても平気?』


『んー、まあ平気かなぁ。確かにアジルはめっちゃ怖かったけど、ぷるるならどんな姿になっても怖くないだろうし』


『――!』


『……そっか。ありがと、お父ーさん』


『いーよ別に。というか、急になんでそんな質問を?』


『なんでもないよ。それじゃあねっ』


 そう言ってトレスは念話を閉じる。

 にんまりと笑みを浮かべて、ぷるるの方を見た。


「――だってさ、ぷるる」


「ぷぅー! ぷぷぷぅー!」


 ぷるるは抗議の声を上げるように、トレスに体をぶつける。


「あはは、ごめん、ごめん。そんなに怒らないでよ。でもこれで分かったでしょ? ぷるるはどんな姿になったって、私達の大事な眷属かぞくだって。嫌いになるわけないじゃん」


「……」


「だから大丈夫だよ。ぷるるの心配するようなことには絶対ならないから」


「! ……ぷう!」


 トレスの言葉に、ぷるるは自分が囚われていた思いが消えるのを感じた。

 なにをつまらないことで悩んでいたのだろうか。

 自分には、こんなにも自分のことを思ってくれる眷属かぞくが居るというのに。


「ぷるぅー」


 ぷるるはもはや迷うことのない動きで、扉の奥へと進む。

 

 これから約二か月を掛け、ぷるるは全ての魔物の屍骸を吸収し、その力を爆発的に高めることになる。







あとがき

レーナロイド「つまりぷるるちゃんの能力って要は喰虚グロトネリア――」

エリベル「オーケー、ストップ。自重しなさいクソババア」

レーナロイド「みんな大好きアーロニーロ・アルルry」

エリベル「自重しろつってんでしょうがっ!!」


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