第295話 魔王と賢者、魔女と天龍
「こうして直接会うのは初めてになるかな。初めまして、エリベル・レーベンヘルツ。君たちに破れた哀れな魔王にいったい何の用かな?」
その少年は鉄格子越しに笑みを浮かべる。
手足を鎖で繋がれ、部屋一面に拘束、弱化、呪詛といった様々な魔術が施されたその部屋は、将級や王級の魔物ですら、数分もすれば絶命するであろう。
だが、少年はけろりとした様子でエリベルを見る。
それは彼自身が絶対的な強者である事の証。
それが皇獣アジル・ダカール・レイノルズなのだ。
「……もう傷も殆ど癒えてるなんて。あの馬鹿程じゃないけど、アンタも大概化物ね……」
「化物じゃない、魔王さ」
「そ」
そっけなく応対するエリベルに対し、アジルはまだ笑みを浮かべている。
「それで? もう一度問うがいったい何の用だい? まさか本当にただ世間話をしに来たわけじゃないだろう、あのレーナロイドのように」
「あのクソババア、まめにアンタに会いに来てるみたいね」
「……毎日来てるよ。正直、ちょっと辟易していた……」
アジルはほんの少し疲れたような表情する。
「……そこだけは本気で同情するわ」
「本人に悪気はないんだ。それが尚のこと性質が悪い……」
「まったくもってその通りね」
レーナロイドに懐かれるということの面倒臭さを身を持って知っている者同士。
でもエリベルもアジルも別方面で面倒な性格をしているのだが、本人たちにその自覚はない。
「じゃあ、単刀直入に言いましょうか。力を貸して頂戴」
「断る」
即答。
エリベルの提案を、アジルは即座に切り捨てる。
「まだ内容を話してないわよ?」
「どうせギブルとの戦いに備えて、戦力を集めたいんだろう? だとしたら答えはノーだ。僕達の戦いはあくまでも僕達の為の戦いだ。君たちの戦いに干渉するつもりはないよ」
散々、人のダンジョンを巻き込んでおいてよく言う。
だが、そんなのはおくびにも出さず、エリベルは笑みを浮かべる。
「結論を出すのは話を詳しく聞いてからでもいいんじゃないかしら? 別に力を貸してほしいっていったのは、あくまで戦力としてじゃない。アンタの
「……なんだって?」
まるで予想外だったというアジルの反応に、エリベルは内心笑みを浮かべる。
「アンタは私以外の唯一、神王級の魔術師。私の聖域踏破すら扱い、あまつさえそのリスクすら踏み倒している」
エリベルのような聖域踏破の反動が、アジルからは感じられない。
魔術に使用した魔力が本人のものではなく、星脈の魔力だということも関係しているだろうが、それでもそれはアジルが魔術師として破格の性能を備えていることに他ならない。
「加えてあの空に浮かべた魔術陣は私ですら解析することが不可能だった。その叡智で、私と一緒にある術式を開発してほしいのよ」
「ある術式……?」
「聖域踏破の先。神王級すら超える究極の魔術を」
「――!?」
エリベルの言葉に、今度こそアジルの表情が変わる。
「まだ未完成だけど、理論自体は二百年前から組み上げていたの。私とギジー、そしてアンタが居れば、その術式を完成させられるかもしれない。どう? 魔王としてじゃない。皇獣としてでもない。ただのいち魔術師として興味はない? 神王級を超える魔術の神髄に」
「……」
エリベルの言葉に、アジルはしばし黙考する。
そしてややあって、彼は口を開く。
「まったくレーナといい、君といい、どうして、どいつもこいつもこう変わり者ばかりなのかね。……僕が気に入る相手というのは」
その言葉に、エリベルは笑みを浮かべる。
ただ一つだけ、訂正を入れる。
「あのクソババアと一緒にしないで頂戴。そこだけは心外よ」
「僕に言わればそっくりだと思うけどね。まあいい。その不愉快な提案に乗ってあげようエリベル・レーベンヘルツ――いや、賢者よ。神王級を超える究極の魔術。この僕が完成させてやろうじゃないか」
「……交渉成立ね。まあ、完成させるのはアンタじゃなくて、この私だけどね」
こうして人と魔物の頂点に君臨する魔術師同士が手を結ぶ。
それはダンジョン、否、この世界における新たな魔術の歴史の幕開けであった。
◇◆◇◆◇
――一方その頃、ダンジョンのある場所にて。
「この人選は間違ってると思うなぁ……」
レーナロイドはそうぼやきながら、目の前のソレを見つめる。
そこにあったのはアースやエルジャの本体が入っているのと同じ治療カプセルに似た魔道具だ。
ただし半透明の液体で満たされたそれに入っているのは魔物ではなく剣だ。
――龍剣アスカロン。
天龍ヤムゥを封印し、先のアジルとの戦いでは猛威を振るった魔剣である。
いまではあちこちにひびが入り、今にも封印が解けそうな状態だが、それをこの特殊なカプセルによって維持、修繕しているのである。
「えーっと確か、これを繋げて、こっちの魔道具を操作してっと」
レーナロイドはあらかじめ教えられていた操作を行い、カプセルと別の魔道具を繋ぐ。
魔力を流し込むと、魔道具から四角いホログラムの様な映像が発生した。
ザザザと、ノイズが数秒。やがてその画面はクリアになる。
そこにはお目当ての人物が映し出された。
『――よくもまあ、俺様の前に顔を出せたもんだなぁ、魔女よ?』
金髪の若い男――天龍ヤムゥである。
レーナロイドがカプセルに繋げたソレは、龍剣アスカロンに封印されたヤムゥとコンタクトを取ることが出来る魔道具であった。
(いやぁ、流石にこれは私には荷が重いと思うよエリちゃん……)
彼女がエリベルから受けた指令。
それは天龍ヤムゥを味方に引き入れること。
超絶人見知りのレーナロイドにはあまりにも達成不可能なミッションであった。
「あはは、久しぶりだねヤムゥ」
『久しぶり、か。俺様が封印されてからどれだけ経った? 戦いはどうなった』
ヤムゥの意外な質問に、レーナロイドは少しだけ驚く。
「……アスカロンの中で把握してるんじゃないのかい?」
『感じられるのはほんの僅かだ。だがテメェがこうして俺様に接触を図るってことは、そうか。アジルは負けたのか……』
「うん、そうだね。エリちゃん達が勝った。魔王軍もほぼ壊滅状態。隊長格で生き残ったのもザハークをはじめとしたほんの数人だけさ」
『ちっ……忌々しい連中だ、クソが』
「苛立ってる割りには驚いてないね。ひょっとしてこういう結末も予想してたのかい?」
『……さあな』
ヤムゥの返答に、レーナロイドは内心複雑だった。
本当にアジルといい、ヤムゥといい、どうして彼らはこんなにも不器用な生き方しか出来ないのだろうか?
「……とりあえず君が封印されてからのことを詳しく話すよ。それに君が知らない――いや、忘れていた記憶もね」
『……どういうことだ?』
「それも含めて話すよ。少し長くなるけどね」
レーナロイドはアジルとの戦いの顛末、アンから得た星脈のダンジョンに関する情報、そしてこれから起こるであろうギブルとの決戦について話した。
『――なるほどな。そういう事だったのかよ。くそったれが』
「話を聞いて、記憶に何か変化はあるかい?」
『……いや、変化はねぇな。だが納得はした。ギブルに対する怒りは増すばかりだ』
「ならもう一度、私達と手を組まない? ギブルとの決戦に協力してくれるなら、その封印も解くよ?」
『断る。俺様が動くのは、あくまで俺様の為だ。誰がテメェらの都合に付き合うかよ』
「……アジルには付き合ってたくせに」
『あくまで利害が一致しただけだ。というか、魔女。テメェ、バァルはどうした? まさか――』
ヤムゥの視線が一気に鋭くなったのを感じ、レーナロイドは慌てて弁明する。
「大丈夫、大丈夫だって。バァル君なら、ダンジョンでのんびり遊んでるよ。アース君とずいぶん仲良くなってるみたいだね。無事、無事。すっごい元気だよ」
『本当だろうな?』
「こんな事で嘘はつかないさ。なんならここに連れて来るかい?」
『それは止めろ』
子供にこんな姿は見せたくないのだろう。
本当に変なところに拘る龍である。レーナロイドはゆっくり立ち上がると、ヤムゥに背を向ける。
「まあ、断られるのは分かってたし、今日はもういいや。またその内、来るからその時にはいい返事を聞かせてね」
『二度と来るんじゃねぇ』
「来るさ。何度だって来る。君と私達の目的は近いところにあるんだ。だから――絶対に君の首を縦に振らせてみせるよ」
そう言って、レーナロイドは転移門をくぐり、居なくなった。
静かになった空間で、ヤムゥは目を細める。
『ちっ……本当に面倒くせぇ女だ』
その後、ヤムゥは本当に何度も――それこそ一日に朝、昼、晩とやってくるレーナロイドに、真の意味での面倒臭さを知り、辟易することになるのだが、それはまた別のお話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます