第294話 ラセツとシュラ

 ――ラセツは悩んでいた。


「……」


 思い返すのは天龍ヤムゥ、そして皇獣アジルとの死闘。

 その中で、自分は大して役に立っていなかった――と、ラセツは感じている。

 特に天龍ヤムゥでは、あまりにも無様を晒してしまった。

 学習と進化が追いつかず、手も足も出なかった。


「情けない……あ、ござる」


 こんな時でも語尾を忘れない。彼は根が真面目なのだ。

 彼が魔王軍隊長アルマティとの戦いで披露した『魂魄変化・黒』は相手の強さを学習し、それに適応するように魂を進化――いや、昇華させる能力だ。


 理論上はどんな相手にも勝てる無敵の術式。


 しかし対応する相手の能力があまりにもラセツと隔絶していた場合、適応が追いつかないし、天龍のように無限の等しい攻撃手段を持っている相手とも相性が悪い。


「どんな相手であっても適応する。いや、戦った瞬間に適応できるくらいにならないといけないです……ござる」


 その為にはやはり実戦で自身の力を磨くしかいのだが、ここ最近はそれもマンネリ化している。

 アンもゴンゾーも素晴らしい強さを持ち、その強さには敬意を払うが、既に訓練相手としては頭打ちに近い。というのも、お互いに手の内を知りすぎてしまい、もはや訓練にはならないのだ。


「もどかしい……ござる」


 ラセツには確信があった。

 もう少し。本当にあともう少しなのだ。

 あともう少しで、自分は『神災級』の領域へと足を踏み入れることが出来るという確信が。その一歩を踏み出す為の、相手が居ないことが、どうしようもなくもどかしかった。

 そう思っていた次の瞬間、ラセツは凄まじい魔力の波動を感じた。


「ッ―――!? こ、これは……?」


 一瞬、彼はこのダンジョンが崩壊したかのような錯覚すら覚えた。

 それ程までに圧倒的な魔力の奔流であった。

 すぐに魔力を探知すると、発生源はダンジョンの奥底、大好きなパパの作業部屋だ。

 その近くに新しい魂の鼓動を感じる。


「家族が増える、ござる……♪」


 おそらくはアースが新たなゴーレム・ホムンクルスを作ったのだろう。

 ラセツの予想は正しく、そのすぐ後にギジーによるアナウンスが全ての眷属へ発信された。


「……シュラ」


 新しい兄弟の名前を知り、ラセツは居ても立ってもいられなくなった。

 シュラがアースに言われた通り、眷属達へ挨拶をしに来ると知ると、すぐに彼はシュラに向けて魔力を放った。


「ハッ! ……ござる!」


 きっとこれだけで、向こうも気付いてくれると信じて。

 ラセツの予想は正しかった。

 シュラは転移門を通ると、すぐに自分の元へとやって来てくれた。


「アナタがラセツお兄ちゃんですか? ワタクシはシュラと言います。新参ではありますが、何卒よろしくお願いします」


「うん。初めましてでござる、シュラ」


 ラセツはそわそわしていた。

 一方で、シュラは落ち着いた様子。


「……眷属にあのような剣呑な魔力を放つのは頂けません。パパ――あ、我が主の望みは眷属が仲良くすること。あれではまるで挑戦状です」


「……うん。ごめんね、ござる」


 普通に正論で怒られて、ラセツは反省した。

 反省し、謝罪しつつ、ラセツは大太刀を構えた。


「……何故ワタクシに剣を向けるのですか? ワタクシは眷属と仲良くするように命令されてます」


「うん。だから――仲良くなろう?」


「意味が分かりません」


「とぼけなくていい、ござる。だって――」


 ラセツは間をあけて、



「君、笑ってる」



「――」


 ラセツの言葉に、ようやくシュラは己が笑みを浮かべ、あまつさえ武器を構えていることに気付いた。


「戦いたくてしょうがないんだよ、ござる」


 ラセツは一目見て確信していた。

 目の前の新たな兄弟は、間違いなく自分と同じ側の存在だと。


 ――すなわち、戦い大好き。


 しばしの沈黙ののち、シュラは諦めたように口を開く。


「やはり、難しいですね……」


 口元が、更に三日月のように深く、深くぱっくりと割れる。


「――己の本能を誤魔化すのは」


 ゴゥッ! と、その瞬間、シュラの体から凄まじい魔力が放たれた。

 それを感じ取り、ラセツも歓喜に震える。


「あっは♪」


 この子だ。

 この子こそが、自分に足りなかった最後のピースを埋めてくれる存在だ。

 ああ、なんて素晴らしい魔力なのだろう。


「シュラ」


「はい」


「仲良くなろう?」


 その言葉に、シュラは頬を紅潮させ、花が咲くほどの満面の笑みを浮かべた。


「――うんっ、ラセツお兄ちゃんっ♪」


 何の迷いもなく二人は前に出る。


 ズガガガガガガガガガガガガガ!

 キン!キン!キン!キン!キン!

 ズドォオオオオオオオオオオオオオオンッ!

 バキッ!ドッカーーーーーーーーーーンッ!

 キィィィン………ズガガガガガガガガガガガガガガガガ!

 ズババババババ!シャキン!シャキン!シャキン!

 ギューーーーン!ドッカアアアアアアアアアアアアアンッ!

 ドッドッドッドッ―――ズガアアアアアアアアアアアアアアアンッ!


「あはははははははははははは♪」


「わーい♪ わーい♪ たぁーのしなぁ~~~~♪」


 実戦訓練というにはあまりにも壮絶な殺し合いを、彼らは三日三晩続けるのであった。

 あまりの激しさに、作者の描写力が追いつかず効果音のみになってしまう程だ。

 決して手抜きではない。ないったらない。

 一瞬でも遅く、ギジーが空間断絶結界を四重にして張らなければ、きっとその被害はとてつもないものになっていただろう。


 後日、二人はダンジョンの一部を破壊したとして、アンとエリベルにしこたま怒られるのだが、後悔はしていなかった。


 ……だって、本当に楽しかったのだから。


 こうして、ラセツとシュラはとても仲良しになるのであった。



 ◇◆◇◆◇



「……まったくあの馬鹿、とんでもない奴を作ったわね……」


 ダンジョンの状況を確認しながら、エリベルは溜息をつく。

 シュラの力は戦力としては申し分ない。

 だが、流石にただの訓練でこれはやりすぎだ。


「とはいえ、それくらいの戦力じゃなきゃギブルとの決戦には戦力にはならないも確かなのよねぇ……」


 ギブルとの決戦まであと二カ月もない。

 その間に、ギブルと現星脈の階層守護者を相手に出来るだけの戦力を揃えなければいけない。


「……やっぱり足りないわね」


 エリベルは自分の両手を見つめる。

 シミ一つない綺麗な人間の――とても、とても無力な手を。

『聖域踏破』を使った反動で、彼女は百年近く魔術が使えない。 

 最初はそれでもいいと思っていた。

 しかし状況はひっ迫し、彼女が無力で居ることを許さない。

 

「四の五の言ってられないか……」


 己の気持ちに整理を付けると、エリベルは転移門をくぐり、ある場所へ向かう。

 そこはアースのダンジョンの中でも厳重に結界が張られ、一際その存在を隔離されている空間。

 その理由も、ここに居るのがだとすれば、納得しかない。



「……レーナロイドといい、君といい、このダンジョンは随分と捕虜の元を訪ねてくるね。そんなに暇なのかい?」



 そこに居たは、不敵な笑みを浮かべつつ、口を開いた。

 アース達にとって、ギブルに次ぐ危険人物であり、かつて魔王と呼ばれた魔物。

 元星脈のダンジョン第八階層守護者。


 ――皇獣アジル・ダカール・レイノルズである。


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