第297話 このダンジョンの主は誰ですか? 俺です。俺のはずなんです

 ギブルとの決戦に向けて、みんなが修行やらパワーアップやらをしている中で、俺は深層のとある場所にいた。

 目の前に在るのは巨大なカプセル。その中に入っているのはもう一人の俺だ。

 そこからかなり焦っている気配が伝わってくる。


『――そろそろ本格的に戻る方法を探さないとマズイな……』


『限界が近いのか?』


『ああ。このカプセルのおかげで維持は出来てるが、それでも完璧じゃねぇ。少しずつだか分離し続けている影響が出てきてる。このままじゃ――』




「――このままじゃ、なんだい?」



 俺達しか居ないはずの空間に返答があった。

 その声に、俺は背筋が凍りつくのを感じた。

 だって、その声の主は、俺にとってギブルの次に聞きたくない声だったからだ。

 振り向けば、そこには予想通りの人物がいた。


『……アジル?』


 少年の姿ではあったが、そこには間違いなく皇獣アジルが立っていた。


「久しぶりだね、ギブルの息子アース。……本当に僕と戦った時から魔力が増えているとはね。忌々しいヤツだよ、君は」


『なんでお前がここに居る? 拘束されてるはずだろ!?』


 というか、なんでギジーは警報を鳴らさなかったんだ?

 どうしよう。こんなところでコイツに暴れられたらダンジョンが――。


「落ち着きなさいな、駄龍。コイツを連れてきたのは私。だから安心しなさい」


『エリベル……?』


 転移門からエリベルが現れる。

 どういうことだ? コイツがアジルを解放しただと……?


「ちょっとコイツと取引をしてね。今のところ、私達と敵対するつもりはないから安心しなさい」



『ごめん、なにがなんだかさっぱり分からないんだが……?』


「まあ、それは後で説明するわ。とりあえず今は、そっちを優先させましょう。アジル、それじゃあお願い」


「……ふんっ」


 アジルが俺達へ向けて手をかざす。

 俺の足元に魔術陣の光が発生する。

 この魔術陣を俺は知っている。これは――『聖域踏破』の魔術だ。


「――対象を設定。消費する魔力をダンジョン及び対象個体より流用……成功。さあ、とっとと元の状態に戻って貰おうか。――『聖域踏破』発動」


『ぐっ……ぐぁぁああああああああああああああああああああああ!?』


 凄まじい魔力の奔流と共に、何かが俺の中へと戻ってくる感覚。

 同時に、体内の魔力がごっそりと消失する。

 やがて光が収まると、俺の体には明確な変化があった。


『『これは……』』


 重なる声。

 体の中に感じる確かな魂の気配。


『……もう一人の俺が、俺の体に戻ったのか?』


「そう、聖域踏破でアンタの体を、アジルとの戦いの前まで戻したの」

「……本当に成功するとはね」


 その結果に満足そうにうなずくエリベルと、少し驚いた表情のアジル。


「……『聖域踏破』の反動が一切ない。星脈の魔力を代用してようやく発動出来た魔術をこうもあっさり発動できるとは……。本当に呆れるほどの魔力量だね、君は」


『ど、どういうこと?』


「要はアンタの魔力を使って『聖域踏破』を使ったのよ。アジルは聖域踏破を使えるけど、自前の魔力だけじゃ足りないからね。アンタの魔力で肩代わりした」


『そ、そんな事が出来るのか?』


「出来るから、今、こうしてアンタの体は元に戻ったんでしょうが」


『……』


 そう言われると、何も言えない。


『でもどうしてアジルがこんな――俺達に力を貸すような真似を……?』


 そもそもこの件は、レーナロイドがすでに交渉を断られているはずだ。

 アジルが俺達に力を貸す理由なんてない。


「勘違いするなよ。君を元に戻したのは、それが僕達の取引に必要だったからだ」


『取引……?』


 首を傾げる俺を尻目に、アジルはエリベルの方を見る。


「エリベル。アースの体は元に戻った。契約通り、そのカプセルに入ってる憑代は、素材として使って構わないんだな?」


「ええ、勿論」


 アジルはカプセル越しに、もう一人の俺が入っていた憑代を見つめる。

 成体の地龍をモデルに作り上げた地龍型ゴーレム。シュラを除けば、俺の造ったゴーレムの中でも最高傑作だ。


「……素晴らしいね。これ程見事な憑代は見たことが無い。まったくどうしてこんな知性、品性の欠片もない存在から、創造の極致とも言える憑代が創りだせるのか理解出来ないよ」


「それについては私も同意見だわ」


 おっと急に心を殴られたぞ?

 ねえ、痛いんですけど? そういうの本人のいないところで言って貰えます?

 泣くよホント?


「触媒としては申し分ないな……。魔力はさっきみたいにコレや君たちのダンジョンから流用して構わないんだよね?」


「ええ、勿論。こちとら魔力だけは豊富にあるからね」


「……羨ましい限りだね。しかしこれを触媒に術式を組むとしても、既存の理論じゃあまり意味がないな……」


「そうね。それじゃああくまでも聖域踏破と同じ神王級の括りを出ない。なにかもっと別の理論や体系を組み込まないと……」


「そうなるとレーナの知識にあったアレを使ってみるのはどうだい?」


「いいわね。ついでにここもこうして、これをこうして――」


「なるほど、その発想は僕にはなかった。人類の魔導技術も侮れないな」


「まあ、そこはほら、私って天才だから。それにこんなのを加えて――」


「いいね。じゃあ、こっちは――」


 ……なんだろう。物凄い疎外感。

 なんかこの人達、俺を無視して話を進め過ぎじゃない?

 というか、もうこれ説明するつもりもないよね?


『……諦めろ、相棒。あとでギジーにでも事情を聞けばいい。とりあえず俺達が元の状態に戻れただけでも儲けもんだ』


『具合はどうだ?』


『もう問題はないさ。ただ戻ったばかりで、まだ魂の適応には時間がかかる。しばらくは眠るから、後は頼むぞ……』


『分かった。ゆっくり休んでくれ』


『ああ……――』


 もう一人の俺の意識が内側で静かになる。眠りについたのだろう。

 それを確認してから、俺はギジーに念話を送る。


『えーっと、ギジー。アジルの件について事情を説明して。なんでコイツが自由に行動できてるの?』


『了解しました。情報を転送します』


 ギジーから情報を送って貰って、アジルがここに居る理由をようやく把握できた。

 ……というか、こういうのって普通俺や他の眷属に連絡あるんじゃないの?

 ひょっとして俺だけ放置されてた……?

 え、いつものこと? 本当に泣くぞ終いには。……ぐすん。


『お父様、もう一件、急を要する案件があります』


 えー、なに? ていうか、もう別に俺に伝えなくても他の眷属達が上手くやってくれるでしょ、どーせ。

 ちょっといじけモードに入った俺に、ギジーのフォローが入る。


『そんなことはありません。お父様が居るから、我々はこうして各々行動出来ているのです。それよりも急報です。“嚇牛”クシャスラの治療が完了しました。彼女から星脈の情報を得ることを推奨します』


 あー、そうなんだ、クシャスラがね。

 そういえばザハークだかっていうでっかい黒い蛇の魔王軍幹部と戦って酷い怪我してずっと寝たきりだったんだっけ?

 すっかり忘れてた。


『了解。んじゃ、そっちに行くか。念の為、動ける眷属にも連絡入れておいてくれ。ギブルがなんか干渉してくるかもしれないし』

『了解しました』


「――で、これをこうして……」

「いいわね。じゃあ、魔術の階級を上げる為にここに新しい理論を――……」


 なにやら盛り上がっているエリベルとアジルを置いて、俺はクシャスラの元へと向かった。





あとがき

すいません、しばらく更新がちょっと不定期になると思います。

ね、年末進行なんかに絶対負けないんだから!

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地龍のダンジョン奮闘記 よっしゃあっ! @yoshyaa

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